初代国立劇場のさよなら公演の白眉と言える素晴らしい企画、文楽の通し狂言 菅原伝授手習鑑を観に行きました。

 

 

 

初代国立劇場さよなら公演

文楽 令和5年5月公演

通し狂言 菅原伝授手習鑑 

(すがわらでんじゅてならいかがみ)

(国立劇場小劇場)

 

初段

 大内の段

 加茂堤の段

 筆法伝授の段

 築地の段

 

二段目

 道行詞の甘替

 安井汐待の段

 杖折檻の段

 東天紅の段

 宿禰太郎詮議の段

 丞相名残の段

 

 

 

(写真)本公演のチラシ。筆の達人にして徳の高い菅原道真公を尊敬する人たちが集まりますが、逆にそれが故に妬む人たちもいる。本作品にどれだけ多くの人物が登場して、サブストーリーも含めて物語を展開するのか、よく表す本当に素敵なチラシです。

 

 

 

 

 

国立劇場はこの秋に一時閉館となるので、このところ「さよなら公演」と銘打った特別感のある公演が続いています。中でも、今回の菅原伝授手習鑑はこの5月に初段と二段目、9月に三段目から五段目が上演される、超大型の目玉企画です!

 

私は文楽の菅原伝授手習鑑の通し狂言は2002年に一度観ています。先代の吉田玉男さんの遣う菅原道真公(菅丞相)が素晴らしく、特に藤原時平の悪だくみを聞いて、雷神に変身する「天拝山の段」が圧巻だったことをよく覚えています。今回はその時以来の観劇です。

 

さらに今回は上演機会の稀な「安井汐待の段」「北嵯峨の段」「大内天変の段」も上演されます。これらの段を含む本格的な通し上演は、何と1972年以来、51年ぶりなんだそうです!とても楽しみです!

 

 

 

 

 

初段

 

 

大内の段。冒頭、権力を我がものにしようとする左大臣・藤原時平の横暴。病の帝の身替わりを務めようとするのと、身替わりを務めた斎世親王から帝の装束を奪おうとするのを、右大臣・菅丞相が上手く諫めます。藤原時平の「ぐぬぬ…」という声が聞こえてきそう。波乱の幕開けです。

 

 

加茂堤の段。斎世親王と菅原道真公の娘・苅屋姫の逢い引きの場面です。恥ずかしがってもじもじする苅屋姫を吉田簑紫郎さんがいい感じで遣っていて、最後、桜丸の女房・八重が苅屋姫を「春風で御寒いならば」と、親王の車の中に「えいっ!」とばかり押し込むのが楽しい!笑

 

藤原時平の手下が出てくると、車の中を見せまいと桜丸がしっかり対応。手下を投げ飛ばして豪快さを魅せます。逢い引きの発覚を恐れて親王と姫が駆け落ちしてしまい、追いかける桜丸。後を任された八重が、車を引く牛がなかなか動かないので「ええい、どんくさい!」と牛を引っぱたくの場面には、会場から笑いが起こっていました、笑。

 

 

筆法伝授の段。ここは筆の達人、菅丞相が自らの筆法を弟子に伝授するシーンです。選ばれる気満々の古参の弟子の左中弁希世の言動が全くもって小賢しい。実力がないのに、口だけはああだこうだとうるさく、権利だけはやたら主張する男。私の大っ嫌なタイプです。

 

そこに4年前に勘当された武部源蔵と妻・戸浪が現れました。菅丞相は勘当したことは別として、筆の実力を認めて、源蔵に菅家の筆法を伝授するのでした。源蔵の神妙さと武士の心持ち、戸浪の菅丞相への想い、それを知って計らう菅丞相の御台所の優しさに心打たれました。

 

 

築地の段。親王と苅屋姫の駆け落ちを理由に、藤原時平が帝に讒言して、菅丞相は流罪となってしまうのでした…。機転を利かせて若君(菅秀才)を逃がす梅王丸と源蔵の、主人想いの忠義に胸が熱くなります。

 

その一方、筆法を伝授されなかった希世は、逆恨みで菅丞相をまさかの竹棒打ち!こいつ、どんだけ人でなし、小さい男なんでしょう!最後は「勘当されているので主人がない」(なので菅丞相に迷惑がかからない)と言って、源蔵が希世をコテンパンにやっつけます。心の底からスカッとしました!笑

 

最後は源蔵のことを語る、「忠義忠義を書き伝ゆる、筆の伝授は寺子屋が、一芸一能名も高き、人の手本となりにけり」。豊竹靖太夫さんの見事な義太夫で締まりました。

 

 

 

 

 

二段目

 

 

道行詞の甘替。「さくらあめ」を子供たちに売る桜丸。ほのぼのとした場面で始まりますが、その飴売りの籠の中には斎世親王と苅屋姫が入っていて、何とも重そうな桜丸がユーモラス、笑。駆け落ちした2人は苅屋姫の実母の住む河内国土師の里へと向かうのでした。

 

 

安井汐待の段。ここは菅丞相を流罪の地(太宰府)まで送る判官代輝国殿の見せ場!現れた斎世親王を悟し、帝に菅丞相の潔白を説くべきと勧める場面。また、立田前の頼みを聞いて菅丞相を土師の里で一泊させる温かい仕切り。

 

表を立てながら人情を感じさせる小気味よい差配。輝国殿、その佇まいも含めて、大いに魅了されました!豊松清十郎さんの人形遣いが、また雰囲気ありました。今回、久しぶりとなるこの輝国殿の活躍する「安井汐侍の段」を観ることができて、本当に良かったです!

 

 

(写真)幕間にいただいたどら焼き。10:45に始まって17:15に終演の6時間半の長い観劇。甘いものをしっかり補給して、集中力を維持します。

 

 

 

杖折檻の段。菅丞相に一目会いたいという苅屋姫を、菅丞相の義理から折檻して諌める伯母覚寿。吉田和生さんの凛とした見事な人形遣いに魅了されます。三度掘り直したという菅丞相の木像が折檻を止めるミステリアスな現象は、この後の「丞相名残の段」の木造の奇跡のシーンにつながります。

 

 

東天紅の段。「東天紅」とは暁の空が染まる様と、その刻を告げる鶏の鳴き声を掛けた言葉です。菅丞相をニセの迎えで罠に嵌めて暗殺するため、出発の合図となるニワトリを早く鳴かせようと画策する悪役の宿禰太郎と父・土師兵衛の2人。

 

そのことを偶然聞いた立田前の口を封じて池に沈め、池に死人がいると鶏が鳴く、という故事のもと鶏を早鳴きさせます。そんな故事のことを知ってるくらい博識なら、悪事なんて働かせずに真っ当に生きろよ!と憤りを感じるシーン。文楽の鶏の動きはコミカルで笑いを誘いますが、やるせなさを感じます。

 

 

宿禰太郎詮議の段。菅丞相がニセの迎えで出立した後、立田前がいないことを不思議に思う覚寿たち。探したところ、池の底から亡くなった立田前が見つかりました…。自分が真犯人なのにも関わらず、宿禰太郎は、見つけた奴(やっこ)の宅内が怪しいと拷問に掛けようとする悪逆ぶり。宿禰太郎、どんだけ下衆な野郎なのか!

 

そのことを見破って、毅然として宿禰太郎を討ち果たし、娘の仇を討つ覚寿が見事!刀を敢えて抜かずに、「こいつはマちつと、苦痛をさす(宿禰太郎はこのまま苦しませておけ)」に拍手喝采!

 

 

丞相名残の段。ここは悪者たちが引き取った菅丞相は木像だったという不思議な現象が起きます。現れた本物の菅丞相は紫色の装束、気品があって素晴らしい!吉田玉男さん、動きの少ない菅丞相を雰囲気たっぷりで遣っていて見事でした。

 

最後は菅丞相が旅立つ別れの場面。ひと目会いたいという苅屋姫。それに対して。和歌を通じて親心をそれとなく伝える菅丞相。苅屋姫は最後の最後に姿を拝むことができました。竹本千歳太夫さんの義太夫が盛り上げるだけ盛り上げて、涙涙の感動のラストとなりました!

 

 

(写真)本公演のパンフレット。「丞相名残の段」で紫色の装束で現れる、気品溢れる菅丞相。

 

 

 

 

 

いや~、素晴らしい!さすがは3大狂言と言われる菅原伝授手習鑑、めちゃめちゃ感動しました!終わった後に、近くの席で女性の方お2人が目を見合わせて、「良かったね~!」と歓喜の声を上げられていたのが印象的でした!9月公演の三段目から五段目も今から本当に楽しみです!!!

 

 

 

 

 

 

 

(追伸)翌14日(日)は東京交響楽団のR.シュトラウス/エレクトラ(演奏会形式)の公演を聴いてきました。私は歌手の演技や演出、舞台、衣装のあるオペラの公演が観たいので、演奏会形式の公演に行くことはほとんどないですが、エレクトラの場合、R.シュトラウスが最も現代音楽に接近した、不協和音が随所で炸裂する衝撃的な音楽が大好きなんです。

 

いやはや、こちらも最高の公演でした!エレクトラ役のクリスティーン・ガーキーさん始め歌手が揃って、東響も万全。ジョナサン・ノットさんの、曲の勢いを感じさせる指揮も素晴らしかったです。

 

ノットさん、曲が曲だけに、もっと大見得を切ってもいいのでは?と思う場面もありましたが、スピード感を重視。ラストの勢いのまま突き進んだ指揮は、2014年に観たキリル・ペトレンコ指揮のR.シュトラウス/影のない女(バイエルン国立歌劇場)の第2幕ラストを思わせました。

 

 

それにしてもエレクトラの音楽って、本当に素晴らしい!衝撃的な和音で始まる冒頭、エレクトラの長大なモノローグ、クリテムネストラ登場の不気味な音楽や光を!と叫ぶ狂気のシーン、オレストが死んだとクリソテミスが告げる激烈な音楽、遂にアガメムノンの仇を討った弾ける勝利の音楽などなど。音楽の完成度・凝縮感・先進性が半端なく、大いに魅了されました!音楽だけであれば、ほとんどR.シュトラウスの最高傑作に思えてきます。

 

 

(なお、全くの余談ですが、私はエレクトラのオペラ公演はこれまで3回観たことがありますが、全て海外で(2007年のウィーン国立歌劇場、2010年のデンマーク王立劇場、2011年のライプツィヒ歌劇場。中でも一時期話題となった、ラストの歓喜の音楽の中、みんな銃殺されてしまうという、ペーター・コンヴィチュニー演出の衝撃の舞台が非常に印象的。)、国内ではなぜか演奏会形式しか聴いたことがありません。エレクトラのオペラは海外でしか観ていなくて国内は演奏会形式のみ、という「珍記録」が今回も継続、笑)

 

 

 

前回記事の通り、このGWは最高の国内旅行を楽しんで来ましたが、続く土日も文楽にエレクトラと、最高の週末となりました!この次の週末も楽しみなイベントが控えています。存分に楽しもうと思います!