(この夏の旅行記の続き)ワーグナー博物館とヴァーンフリートを楽しんだ後、夜は前日に引き続き、バイロイト音楽祭を観に行きました。演目はさまよえるオランダ人です!
Bayreuther Festspiele
WARGNER
DER FLIEGENDE HOLLÄNDER
Musikalische Leitung: Oksana Lyniv
Regie: Dmitri Tcherniakov
Bühne: Dmitri Tcherniakov
Kostüm: Elena Zaytseva
Licht: Gleb Filshtinsky
Dramaturgie: Tatiana Werestchagina
Chorleitung: Eberhard Friedrich
Daland: Georg Zeppenfeld
Senta: Elisabeth Teige
Erik: Eric Cutler
Mary: Nadine Weissmann
Der Steuermann: Attilio Glaser
Der Holländer: Thomas J. Mayer
Das Festspielorchester
Der Festspielchor
(写真)本公演のパンフレット
(写真)バイロイト祝祭劇場
(写真)様々なベリーのタルト。さまよえるオランダ人は休憩なしの2時間20分の公演。開演前にスイーツでしっかり栄養補給します。
開演前、私の席の前をドイツ人の老夫妻が通り過ぎましたが、列を1列間違えてしまったようです…。引き返して前の列に移るのかと思いきや、奥様が何と!大胆に座席またぎで前列に!もしかして、元アスリートの方とか?
仕方なさそうに旦那さんも続きますが、旦那さんの方は足腰が頼りない雰囲気…。大丈夫なのか?しかし、無事にまたぐと、周りからは拍手が起こらんばかりの安堵感!昨日に続き、今日も観客席は賑やかです、笑。
冒頭に、「これはH.氏のトラウマの物語である」と字幕が出ます。「H.」とは?Holländer(オランダ人)のHかな?と思ったところ、序曲が始まりました。母親と子供が登場しますが、どうやら母子家庭のようです。母親は子供が学校に行くと、その間に男性と逢い引き。学校から抜け出してきてしまって、その最中を目撃してしまう子供…。
時が流れ、母親と男性の別れの場面。すがりつく母親を振り捨てるようにして男性は別れますが、どうやら男性はダーラントで、まちの有力者という雰囲気。その後、教会に行っても周囲の人が席を外すなど、まちの人たちに完全にシカトされてしまう母親が切ない…。
そして…、序曲の終わりの方で…。何と、悲観した母親は首を吊って自殺してしまいます!その宙づりの足にすがりつく子供…。この悲惨すぎるトラウマを抱えることとなった子が、オランダ人なんですね…。信じられないような衝撃的な幕開けから始まりました!
そして、「オランダ人(H.Kerth)が久しぶりに故郷に帰った」という字幕。冒頭の合唱はまちの酒場。ダーラントが仲間たちとお酒を楽しんでいるシーンから始まります。不穏な音楽になって、豊かな髭でスキンヘッドの強面のオランダ人が酒場に入ってきます。オランダ人のモノローグは、昨年11月の新国立劇場のザックス(ニュルンベルクのマイスタージンガー)も見事だったトーマス・ヨハネス・マイヤーさんによる渾身のモノローグ!過去最高レベルの圧巻の歌!
オランダ人はまちの人たちに打ち解けようと、ビールを振る舞います。オランダ人はお金をふんだんに持っている様子。ダーラントとのやりとりが始まりますが、みるみるうちにオランダ人に惹かれていくダーラント。ダーラントとオランダ人と航手の3人でシュナップスで乾杯して盛り上がります。それを酒場の裏で聞くエリック。
舞台転換のシーン。まちの家々が、まるで船のように動いて場面が変わります。今回の演出では、最後の場面で海は見えるものの船は登場せず。きっと、家の一つ一つが船(人生や家族)を表わしているのでしょう。
女性たちの賑やかなシーンは、マリーが女性合唱団の指導者で、マリーの指揮に合わせて歌う女性たち、ゼンタは歌の練習を真面目にしない不良娘、という設定です。
ゼンタはマリーのかばんの中から写真をひったくって取り出しますが、それが冒頭の子供(=オランダ人)の写真でした!つまり、マリーは何らかの愛着あるいは後ろめたさがあって、その写真を持っていた、ということなんだと思います。(実は冒頭の序曲のシーンで、教会でオランダ人の母親をまちの人たちが敬遠する中、一人の女性だけが真っ直ぐ見つめていました。マリーなんだと思います。)
ゼンタのバラードはその写真を持ちながら、自分がその人を救う!と歌います。エリザベス・タイゲさんによるふくよかで素晴らしい歌!途中で女性たちが写真を回し見て、ゼンタの歌に共感していって合唱で加わるのは感動的!エリックが諭しますが、逆にオランダ人の到来を喜ぶゼンタ。
ダーラントがオランダ人を自宅に連れてきて、そこでオランダ人と対面するゼンタ。すぐにお互いのことが気になります。歓迎の食事のシーンとなりますが、食事の用意のために登場した女性が…何とマリー!!!ええ~???こんな展開の演出は初めてです!!!
つまり、マリーがダーラントの妻でゼンタの母親という衝撃の展開!しかもオランダ人を認めても、全く目を合わせないマリー。マリーは自分の夫がオランダ人の母親と不倫をして、自殺に追い込んでしまった。その全てを知っていて、罪の意識に苛まれているんですね…。
4人が揃って、ダーラントが乾杯をするも、それが耳に入らないくらいに見つめ合うゼンタとオランダ人。ダーラントはいい婿が見つかったと至って脳天気、そして複雑な表情のマリー…。後半はダーラントとマリーが座っていた席にオランダ人とゼンタが座って、まるで結婚式のような二重唱でした。
場面転換の音楽。舞台は海沿いの広場。まちの人たちは歌で盛り上がりますが、オランダ人と一緒にまちに来た仲間たちは、暗くて無愛想で無反応。お酒も入ったまちの人たちがちょっかいを出しますが、オランダ人の仲間たちの合唱になると、まちの人たちを威嚇するように歌います!
それに対してまちの人たちが椅子を上げて殴りかかったり、過剰に反応しますが、何と!合唱の最後の荒れ狂う場面で、オランダ人が3人のまちの人たちを銃殺してしまいました!それを目撃して動揺するゼンタ…。
エリックとゼンタのやりとりを聞いて、オランダ人が口笛を鳴らして独白を始めると、まちの大勢の人たちがそれを見に広場に集まります。すると、何と!ガラ空きとなったまちの家々が火の海となりました!オランダ人の仲間たちが家に火をつけて回ったのでしょう。これは大変なことになった!と、慌てふためき狼狽えるダーラント。きっとこのまちの市長なのでしょう。
ダーラントだけに留まらず、オランダ人の復讐は自分の母親を死に追い込んだ、まちやまちの人たち全体に向けたスケールの大きなもの。絶望するまちの人たちの前で、高らかに「さまよえるオランダ人と人は呼ぶ!」と正体を明かすオランダ人!しかし、私が救うと決して見放さないゼンタ!この辺りの緊張感溢れる歌の応酬はもの凄い迫力です!
果たして、このゼンタの揺るがない愛情が、復讐の塊のオランダ人に通じるのか?と思っていたら、最後は何と!マリーがオランダ人を猟銃で射殺してしまいました!死にゆくオランダ人を看取るゼンタ…。さらに放心状態のマリーをゼンタが優しく抱き起こして幕となりました。
うひゃー、何という壮絶な展開なのでしょう???
こんなにぶっ飛んだ「さまよえるオランダ人」、初めて観ました!!!
いや〜、とんでもなく衝撃的な公演でした!序曲での母親と子供の悲痛なエピソード、マリーがゼンタの母親という驚きの設定、誰も救われない不条理なラスト。全く新しく、しかも物語的には見事に成り立っている、驚きのストーリーに読み替えた、斬新すぎる演出にぶったまげました!
まず、この演出で感心したのは、オランダ人のキャラクター設定に十二分に足を踏み入れたこと。さまよえるオランダ人では、これまでゼンタの「私がオランダ人を救う」という想い(あるいは妄想)をどのように扱うか、発展させるか?その観点からの演出が多かったように思います。
そしてオランダ人はモノローグで語ることが全てで、むしろそれ以上には捻らず、それによって不気味な存在感を高める演出が多かったように思います。そこを今回は子供の頃のエピソードを入れて、オランダ人側からの視点でこの物語を捉えたところが、とてもユニークだと思いました。
しかし、どうしてもスッキリしないことが一つ。この不条理なラストの驚きの演出による「さまよえるオランダ人」のメッセージや教訓。それは一体何なのでしょうか?
いろいろ考えて思ったのは、トラウマの恐ろしさと、真の「さまよえるオランダ人」は誰なのか?ということ。オランダ人は復讐が成就して、死によりある意味トラウマから救済されたのかも知れませんが、オランダ人を裏切らなかったものの救えなかったゼンタ、娘だけは辛うじて守ったものの殺人を犯してしまったマリー。2人とも大きなトラウマを抱えて、今後の人生を歩まなければならなくなってしまいました…。
とりわけ、己の不祥を罰せられたのみならず、(おそらく)市長として守るべきまちを焼かれてしまったダーラントのトラウマは、ほとんど生き地獄のよう(ダーラントは最後、現場から逃亡していたように見えました)。
オリジナルの物語では、オランダ人は船旅でのうぬぼれと傲慢により悪魔の呪いを受けて、死ぬことも叶わなくなり海を放浪しますが、家族という「船」を蔑ろ(ないがしろ)にして傲慢に振る舞い、ダーラントはトラウマの連鎖を引き起こし、自業自得ですが、永遠の責め苦を負うことになりました。
今回の演出では、オランダ人はもともと被害者なので、このダーラントこそ真の「さまよえるオランダ人」ということなのかも知れません。さらには、「さまよえるオランダ人」は「船乗り」「オランダ人」という特定の人物のことではなく、人生という名の航海において、その立ち振る舞いによっては誰もがその境遇になり得る可能性や危険性がある。そのことを教訓として伝えていたように、私は感じました。
かなり衝撃的で、不条理な演出で、果たしてどんなメッセージ性があるのか?については、今後もいろいろ考えたいと思いますが、将来、さまよえるオランダ人を他の演出で観る時に、演出を読み解く着眼点を与えてくれた、さすがはバイロイト!という驚きの公演でした!
音楽面では、トーマス・ヨハネス・マイヤーさんのオランダ人が貫禄の歌!エリザベス・タイゲさんのゼンタも豊かな歌で大いに惹き込まれました。このオペラは合唱が重要ですが、バイロイト祝祭合唱団の迫力の合唱は本当に素晴らしかったです!
そして、最も印象に残ったのが、ウクライナ出身の女性指揮者、オクサーナ・リーニフさん!ゆっくり歌わせたり、速くなったり、かなり緩急を付けた指揮で、実はオケと合唱とがズレる場面がしばしばあって、かなりヒヤヒヤしながら聴いていました、笑。
しかし、踏み込んだ表現がなければ、感動もないですよね。ロシアのウクライナ侵攻を受けてではなく、2021年のバイロイト音楽祭から抜擢された注目の指揮者。とても小柄な方ですが、カーテンコールで登場した時に観客席から大歓声が湧き起こって、何だかとても温かい気持ちになりました!(続く)
(写真)終演後は前日に続き、お約束のマイゼルスヴァイス(バイロイトの白ビール)。手に汗を握る観劇で熱くなった身体をクールダウンしてくれる、本当に素敵な相棒です。
あれっ、フランツさん、この日の朝は寒気がするとか言っていたのでは?全く調子がいいなあ~笑。