今年ピアノのリサイタルで最も楽しみにしていた公演を聴きに行きました。ゲルハルト・オピッツさんによるベートーベンの後期ソナタ3曲のリサイタルです!

 

 

ゲルハルト・オピッツ ピアノ・リサイタル

(東京オペラシティコンサートホール)

 

ベートーベン/ピアノ・ソナタ第30番ホ長調

ベートーベン/ピアノ・ソナタ第31番変イ長調

ベートーベン/6つのバガテル

ベートーベン/ピアノ・ソナタ第32番ハ短調

 

 

 

会場に着くと、音大生と思われる若い学生さんが沢山!このリサイタルは東京オペラシティコンサートホールの企画なので、おそらく学生さんたちの枠を沢山確保しているんだと思いますが、こういうのは本当にいいですね。

 

 

 

まずはピアノ・ソナタ30番。私が夏場に一生懸命第3楽章を練習した、ベートーベンの「神曲」と信じて疑わない曲です。そもそも非常に難しかったり(難しい熱情ソナタの第1楽章よりも、さらに難しいと実感)、秋から仕事が非常に忙しくなり、残念ながら仕上げることは叶いませんでしたが…、何度も最後まで通して弾いたので、よくイメージを浮かべることのできる曲です。

 

 

第1楽章。アルペジオや左手が和音を刻み右手が展開する場面をゆっくり目でしっとり弾いていたのが印象的。この楽章はエレガントな音楽なので、軽やかに弾いた方が味が出ると思っていましたが、しっとり弾いても味わいがありますね。とにかく凛として美しい曲です。

 

第2楽章。私の愛聴盤、ヴィルヘルム・バックハウス盤のドラマティックなピアノに比べると、オピッツさんはメゾフォルテくらいで柔らかく弾きます。何か諦念を持ちつつ人生の厳しさに向かう心境のよう。この演奏にも、とても惹かれました。

 

まるでバックハウスが人生の明と暗、喜びと悲しみのコントラストを付けているとすれば、オピッツさんはそう簡単には切り分けられない人生の奥深さを語っているかのよう。いずれにしても、第3楽章の前に、どうして短かめの2つの楽章を置いたのか?よく伝わってくる演奏です。

 

 

そしていよいよ神曲と信じて疑わない第3楽章。冒頭から自然体で進む中、時折オピッツさんの絶妙なニュアンスが差し込む演奏に魅了されます。第1変奏の2回目をごく弱音にして弾いたのには大いなる感動!何か美しい人生の中に、ふと感じる侘しさのようなものを感じます。もう涙涙…。

 

(参考)ベートーベン/ピアノ・ソナタ第30番第3楽章の第1変奏。個人的にここを弾きたくて練習をし始めました。全曲仕上げることはできませんでしたが、第1変奏を弾く醍醐味は大いに堪能できました。

 

 

第2変奏ではリズミカルな展開の後(スタッカートではない指遣いが見事!)、2回目のトリルの場面の最後の、トリルが飛翔するシーンでは、オピッツさん、何も変化を付けずに素直にトリルを刻みます。ここは第2変奏の山場で転調も入り、感情のほとばしりを大いに感じる音型なので、何か変化を付けても良さそうですが、これはこれで味わい深いものを感じました。

 

(参考)第2変奏のトリルのシーン。オレンジ色の丸が上記のトリルが飛翔するシーンで、ここをどう味わい深く弾くか?夏場に練習した時にかなり試行錯誤しましたが、真っ直ぐ素直に弾かれたオピッツさんの演奏に、逆に大いに感動しました!

 

 

第4変奏のゆっくり旋律をつなぐシーンの後、不思議な和声の進行のシーンの2回目では、オピッツさんが3回和音の強調を入れました!この場面は夢のような優しい音楽の後に、不思議な和声が聴こえて、まるで幸せはいつまでも続かない、どことなく黄昏を感じさせる場面ですが、オピッツさんの強調は、あたかも無駄とは知りつつも運命に抗いたい心意気を示すかのよう。人生を大いに感じます。

 

第5変奏は弾けるようにかなりリズミカルに弾かれて、右手と左手の旋律線の出し入れが見事。バッハの音楽との繋がりを大いに感じます。ちなみに私がこの曲で大いに難儀したのはトリル地獄の第6変奏ですが、この第5変奏も指遣いがかなり難しかったです。

 

第6変奏はプロのピアニストにとっても難しいのか、オピッツさんにして、必ずしも完璧に弾けていた訳ではないように感じましたが、私はこの場面はその趣旨から、ベートーベンが敢えて超絶技巧のトリル地獄の音楽を書いたように感じていて、むしろ苦難やそれを乗り越えるパッションを感じさせつつ弾かれた方が感動的と思いました。最後は最初のシンプルな主題に戻ってたっぷり終わりました。心の底からの感動!

 

 

いや~、素晴らしい30番でした!基本的には澄み切った境地の、気品のあるオーソドックスなピアノでしたが、得も言えぬニュアンスもところどころ感じた、絶品の30番でした!そして、ベートーベンの書いた音楽の曲想やオピッツさんがどのような想いでニュアンスを付けたのか、非常によく分かりました。今年この曲にトライしてみて、本当に良かったと思いました。

 

 

 

続いてピアノ・ソナタ31番。30番の後に31番冒頭が始まると、調性の違い、似た雰囲気の中での違いを感じて、とても惹かれます。第1楽章はオピッツさんのピアノはゆっくり目で、よく聴かせる素敵な演奏。第2楽章は途中のきらびやかな場面にショパンを先取りした音楽を感じました。この曲が女性陣に人気がある一つの理由なのかも知れません。

 

第3楽章。とても雰囲気のある導入に惹かれます。切々として弾かれる、リストっぽい短調の和音の連続が素晴らしい。途中の鐘の音のような場面からフーガに移行する間合いが絶妙!そのフーガではオピッツさんが低音を強調していたのが印象的。高まっていく中での装飾音には天使を感じます。ラストはたっぷりで大いに感動!この第3楽章もいつか弾いてみたい曲だと大いに感じました。

 

 

 

後半は6つのバガテルから。途中で拍子がユニークに変わる第1曲、意表を突いた連打が楽しい第2曲、第31番の世界観に似た第3曲、中間部の広がり感が素晴らしい第4曲、チャーミングな第5曲、ベートーベンがいたずらしているようなユニークな導入の第6曲。大いに楽しめました!

 

 

 

最期はピアノ・ソナタ32番。オピッツさん、バガテルの拍手もそこそこに始めます。6つのバガテルはベートーベンが最晩年に書いた曲ですが、それに引き続くピアノ・ソナタ32番。この曲順にはとても意味があると思いました。

 

第1楽章。堂々たるピアノで始まります。主題が始まる前の引きずるような音楽のシーンは、バックハウス盤が主題を迎えるべく緊張感を高めていくのに対して、オピッツさんのピアノは力強さを感じず、まるで達観の境地で運命を粛々と受け入れるかのよう。非常に魅せられます。

 

主題が始まると、リズミカルでメリハリがあって聴き応え抜群のピアノに大いに魅了されます。どちらかと言うと、老練な表現が目立った今回の来日公演のオピッツさんにして、最も力強く充実のピアノ!大いに魅了されます!最後の和音の後の余韻をたっぷり取っていたのも印象的。

 

第2楽章はその余韻の中で引き続き始まった導入。全く異なる調性に惹き込まれます。格調の高い正統派の演奏!30番ではあんなにニュアンス豊かに弾いていたのに、この辺りはまるで霞を食ったように素直にストレートに弾いて行きます。それにより、ベートーベンの音楽の素晴らしさがより一層感じられるという、正に至芸のピアノです。

 

リズミカルで楽しげな旋律の場面は意外なほどに速いインテンポで進みます。この場面はベートーベンが晩年に行き着いた境地のように思えて、本当に好きなシーン。高音のトリルの可愛らしい場面は、1音1音がくっきり聴こえるくらいに、オピッツさんかなりゆっくり弾いていたのが印象的。まるでこの世への名残惜しさを示すかのよう!

 

あるいは愛らしい天使がベートーベンを迎えるシーンを思い浮かべます。その後のトリルの連続の場面が何と心に沁みることか!ショパン/幻想ポロネーズの終盤のダブルトリルとともに、魂の浄化を大いに感じる素晴らしいトリル。オピッツさんが最後の音を弾いた後の、たっぷりの余韻の時間も素晴らしかったです!

 

 

 

ゲルハルト・オピッツさんのベートーベン後期ソナタのリサイタル、全く見事なピアノで、素晴らしいリサイタルでした!

 

3日前に聴いたベートーベン、シューマン、リストのリサイタルでは、曲による表現の弾き分けを大いに感じましたが、今日のリサイタルは随所で様々なニュアンスは付けていたものの、基本的にはベートーベンの後期ソナタの深遠な音楽を真摯にピアノで音にしていた演奏と思いました。ただ、それだけではここまで曲想が見事に伝わってくる演奏とはならないでしょう。正に至芸!の一言。

 

この最高の曲目による最高のリサイタルを、ベートーベン生誕250周年に聴くことができ感無量!大いなる感動に包まれ、忘れられない思い出となりました!

 

 

 

(写真)極めて味わい深いリサイタル、ということで、終演後は美味しいウイスキーで余韻に浸りました。神戸のポートピア‘81を記念して山崎蒸溜所で造られたウイスキー、何とまだシングルモルトウイスキー山崎が世に出る前のウイスキーです。

 

ゲルハルト・オピッツさんの至芸のピアノによる、ベートーベンの至高の最後の3つのソナタを堪能した後に飲む年代物のウイスキー。それはそれは、とても味わい深いものでした。