Haus für Mozartに観に行った、この日2つめのオペラは、アルバン・ベルクのヴォツェックです。

 

 

SALZBURGER FESTSPIELE 2017

ALBAN BERG

WOZZECK

 

(HAUS FÜR MOZART)

 

Vladimir Jurowski, Musikalische Leitung

William Kentridge, Regie

 

Matthias Goerne, Wozzeck

John Daszak, Tambourmagor

Mauro Peter, Andres

Gerhard Siegel, Hauptmann

Jens Larsen, Doktor

Tobias Schabel, 1. Handwerksbursch

Huw Montague Rendall, 2. Handwerksbursch

Heinz Göhrig, Der Narr

Asmik Grigorian, Marie

Frances Pappas, Margret

Burkhard Höft, Chor-Solo

Mélissa Guex, Andrea Fabi, Darsteller

Claudia Carus, Gregor Schulz, Mimen

 

Wiener Philharmoniker

Angelika-Prokopp-Sommerakademie der Wiener Philharmoniker, Bühnenmusik

Konzertvereinigung Wiener Staatsopernchor

Salzburger Festspiele und Theater Kinderchor

 
 
 
ヴォツェックを観ての感想ですが、

 

とにかく凄いものを観た!!!

自身の観劇人生の中でほとんど至上最高、見事に調和の取れた上演!

 

こんなにもオケ・歌・演出・舞台・美術など完璧に調和したオペラ上演を私は知りません。2時間弱の公演でしたが、もうそのまま引き続き5回くらい連続で観たい気持ちになりました!以下、個々の感想です。

 

 

舞台は尾瀬の湿原と木道のような場所に、家や大きなタンスや椅子などいろいろな木の工作物、映写機、スクリーンなどが所狭しと並び、まるで表現主義の画家の一大作品のようです。開演前に座席に着いた時点で、既に幕が上がっていてその舞台が目の前に広がっていました。度肝を抜かれるとともに、これを観ただけで、今日は最高の上演になるのではないか?と直感で感じました。

 

 

第1幕。大尉は映画監督、それもアンディ・ウォーホルのような風情、ヴォツェックは映写機を扱う技師のようです。その映写機から流れる映像は、馬の骨だけの絵、ヒンデンブルク号、表現主義の絵画など、様々な映像が出てきます。これだけも十分芸術作品になる内容。バックにお腹の大きな鼓手長の絵が大写しになって、ヴォツェックの人生に影響を及ぼすことを暗示します。

 

マリーは赤い服、青のベレー帽で登場、可愛らしく、まだあどけなさすら残す印象です。マリーの子供は人形遣いが操りますが、何と!毒ガス用のマスクをかぶっています。不条理な大人の社会の沼気を吸ったら子供は死んでしまう、ということを示していると思われます。マルグリートとあてこすりのやりとりの後、マリーが居眠りして、鼓手長の夢を見る時のハープとチェレスタの憧れを伝える響き!

 

ヴォツェックとアンドレスの不安感をあおるやりとり。ウィーン・フィルは厳しくも美しい音色、その響きにもうメロメロになります。マリーはヴォツェックのことをフランツと呼びます。フランツ!私のアメブロでのハンドルネームではないですか!実はリストとシューベルトから取らせていただいたのですが、ヴォツェックも含めたいくらい、今回のマティアス・ゲルネさんのヴォツェックの歌と演技には大いに共感しました。

 

ヴォツェックと医者とのシーン。最初のチェロの医者の底意地の悪さを表すかのような響き。これをウィーン・フィルが何と不気味に、そして美しく奏でることか!「見事な局部性精神錯乱の第二種だ」「豆を食べろ」の医者のセリフの辺りの素っ頓狂な音楽が、何と意地悪くでも美しく響くことでしょう!ウィーン・フィルの表現力の凄さに感動しまくりの展開。

 

マリーがとうとう鼓手長にくどき落とされる場面。一度は抗ったマリーですが、遂には鼓手長をぐるぐるふり回して、自分から家の中に招き入れてしまいます…。1幕ラストの不気味な音楽の咆吼に痺れる瞬間!

 

 

 

休憩なしで、第2幕にアタッカで続きます。大尉と医師のやりとりの場面。戦争時には任務で人を殺さざるを得ない大尉が人を救う話をし、逆に人を助けるべき医師が人が何人も死んだと自慢げに話す、とても皮肉の効いたシーン。ここは新国立劇場の2014年の公演時のインパクトのある2人のやりとりも良かったですね。

 

ヴォツェックが登場して、大尉と医師からマリーの浮気をほのめかされる場面…。ヴォツェックという作品は、本来純粋なヴォツェックとマリーが貧しさや周りのいじわるな人々に翻弄され、結局ヴォツェックがマリーを殺して自分も死に至る、社会的な悲劇のオペラです。ヴォツェックはもちろんのこと、貧しい救いのない生活の中、鼓手長に口説かれ惹かれてしまうマリーに何の罪がありましょう?現に、マリーには罪の意識に苛まれるシーンも沢山出てきます。マリーもヴォツェックと同様、被害者だと感じます。私はオペラの登場人物の女性では、例えば先月のタンホイザーのエリーザベトが大好きですが、ベルクのオペラのマリーとルルにも非常に惹かれるものがあります。

 

みんなでダンスを踊る場面。R.シュトラウス/ばらの騎士のオックス男爵のワルツのパロディが切なく響きます…。またこれを演奏するのがウィーン・フィルという皮肉。第1の徒弟職人と第2の徒弟職人のやりとりの場面は、2人が人形遣いとなり、登場人物全員がマリオネットのように動きます。いろいろと奇っ怪な人物も出てきて、ほとんど地獄絵図のよう。今年前半の東京の美術展シーンを牽引したヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲルの絵画を思わせます。マリーと鼓手長は男女の関係を思わせる非常に直接的な踊り。それを見て、身悶える可哀想なヴォツェック…。

 

第1の徒弟職人が「全ての者が愛すべく、また美しいのだ…とは言っても、地上のものすべてが虚しいんだ」と哲学を語る場面。ウィーン・フィルのトロンボーンの弱音が絶品でした!インパクトありまくりの白痴に突っ込まれ、うろたえるヴォツェック。ボリス・ゴドゥノフといい、白痴の言葉は真実を伝えます。

 

ヴォツェックが鼓手長にのされる場面。ヴォツェックは2度ほど決然と抵抗しますが、遂には立派な体格の鼓手長の腕力に負けてしまいます。貧しい中、さらに豆しか食べていなければこうなってしまいますね…。マリーを寝取られた挙げ句に力でも負けてしまい、ヴォツェック本当に可哀想…。マリーの贖罪の場面。マリーは神様に祈り、背景には地図が投影され、マリーが行くべき道が矢印で示されますが、結局、最後は道がぐちゃぐちゃになってしまい、行き場がなく救済されない可哀想なマリー…。

 

そして、涙涙のマリー殺害の場面。ヴォツェックとつきあって3年になる、と昔の思い出を話す場面でのいろいろな楽器のグリッサンド!殺害の後のC音のユニゾンは衝撃の響き!そしてヴォツェックが水死する場面。マリーへの思いを現世に残すように、ゆっくり登る弦の美しいグリッサンドが涙を誘います…。

 

そして、古今東西あらゆるオペラの中で最も悲しいラスト…。マリーとヴォツェックが死んでしまって、両親のいなくなった子供が馬で遊ぶ、Hopp! Hopp! (はいどう!はいどう!)のかけ声が本当に悲しい…。

 

 

 

いや、オケといい、歌手といい、演出といい、舞台といい、美術といい、完璧な調和の信じられない公演!!!もの凄いものを観ました!!!とにかく、演出と舞台、美術がとんでもなく素晴らしい!演出のウィリアム・ケントリッジさんは南アフリカの現代美術家で、手描きのアニメーション・フィルムで有名な方だそうです。その手法がものの見事にズバリとはまっていました!個々の感想は上の通りですが、間奏曲の間に奇っ怪な登場人物による不思議なダンスを入れたり、不条理な物語とベルクの音楽を200%視覚化した、ピタリとはまる素晴らしい演出でした!

 

と、言葉で書いてもなかなかイメージできないと思うので、良かったら、google”Salzburger Festspiele Wozzeck picture”で画像検索されてみてください。驚きの舞台画像が沢山出てきます。

 

歌手はヴォツェックのマティアス・ゲルネさん(先月のタンホイザーのヴォルフラム)、マリーのアスミク・グリゴリアンさん(リトアニアの美貌のソプラノ。これからどんどん出てくると思います。)、大尉のゲルハルト・ジーゲルさん(新国立劇場の最初のニーベルングの指環のミーメ)、鼓手長のジョン・ダザックさんをはじめ、みな良かったですが、誰が突出して良かったというより、みんな充実の歌かつバランス良くまとまっていた、という印象でした。チームの勝利です。

 

そして、何と言ってもウィーン・フィル!!!始まる前は、美しい音色と響きのウィーン・フィルがこのオペラを演奏するとどんな風になるんだろう?ベルクの音楽からすると、ドイツのもっとハッキリした音のオケの方が合っているのでは?とも思いましたが、いや~、やっぱりウィーン・フィルは凄かった!音楽的に完璧だったこともありますが、ベルクの音楽を、美しい音色や響きでありながら、さらに凄みや不気味さ、不条理さ、哀しさなど、いろいろなニュアンスを伝えてきます。改めて、ウィーン・フィルの表現力の幅広さ・奥深さ・凄さを思い知らされました。指揮者のウラディーミル・ユロフスキさん、曲的になかなか個性を出すのは難しいところだと思いますが、上手くまとめていて見事でした。

 

新国立劇場の2014年のヴォツェックも、水面を印象的に使ったアンドレアス・クリーゲンブルクさんの演出が素晴らしく、歌手も揃って非常に見応えのある公演でしたが(個人的に新国立劇場の公演のトップ5に入ると思います)、やっぱりザルツブルク音楽祭は凄すぎた。繰り返しですが、自分の観劇人生の中でほとんど至上最高。DVDが出たら、光速で購入して、もう何度でも観返したいと思います!

 
 

(写真)観劇後の1杯(ザルツブルクのビール)とヴォツェックのプログラム(右)と皇帝ティートの慈悲のプログラム。この日はオペラがダブルヘッダーだったので、当初の予定では、まっすぐホテルに帰って休むつもりでしたが、最高のオペラの感激がそうはさせてくれませんでした(笑)。

 

(写真)第1幕のマリーのセリフに「冷えたぶどう酒じゃなくちゃダメ」があったので、ついついそれをもう1杯…。オーストリアのワインと言えば、グリューナー・フェルトリナー。