ライプツィヒから列車で1時間半、この日はベルリンに移動しました。ベルリンはR.シュトラウスが1898~1918年の20年間、ベルリン宮廷歌劇場の第1カペルマイスター・音楽総監督を務めていた、大変馴染みのある街です。ベルリンのマックス・ラインハルトの小劇場で芝居を見てインスパイアされ、「サロメ」と「エレクトラ」を書いています。





(写真)R.シュトラウスが1913~1917年に住んでいた家。ここで「ナクソス島のアリアドネ」と「影のない女」を書いています。今は宝石や金を扱うお店。「影のない女」の乳母が店長で魔法で宝石を出現させていたりして?「ダナエの愛」のミダス王がいたら大助かりです(笑)。




(写真)絵画館。名作が目白押しですが、私はブリューゲル「ネーデルラントのことわざ」という作品に惹かれました。※購入した絵葉書より


(写真)ベルリンの観光名所と言えばブランデンブルク門。かつて、この門のすぐ後ろにベルリンの壁がありました。手回しオルガンのおじさんが何と「チャールダーシュの女王」の「女なんか」を奏でていました!「女なんか相手にするか、目もくれないぞ!」と強がりで始めながら最後は「この世に女がいなけりゃすべては終り」と降参するボニの面白おかしい歌です。おじさん、いい味出していました(笑)。


(写真)ドイツ連邦議会議事堂の近くのベルリンの壁跡のプレート。2014年はベルリンの壁崩壊25周年だったこともニュースで流されていましたね。


(写真)壁博物館。トンネルを掘ったり子供を旅行鞄の中に隠し入れたり、どうやって壁を突破したのか、興味深い展示がありました。壁崩壊の瞬間に人々が喜びを爆発させている写真も感動的です。


(写真)そしてベルリン名物カリーヴルスト。雪が舞い寒さに震える中、本当に温まりました!


上の写真のR.シュトラウスの家は旧西ベルリン側にあるので、東西ベルリンに分かれている時代だったら、仕事場のベルリン宮廷歌劇場(旧東ベルリン)に辿り着けなかったこととなります。壁が崩壊して、今はベルリン・フィル(西側)とベルリン国立歌劇場(東側)の両方を楽しめる平和な時代になりました。ベルリンはあちこちで工事をしていて、ヨーロッパの他の落ち着いた街と比べると、まだまだ発展する街という印象を持ちます。益々の発展を祈っています!