ミシェル・ペトルチアーニとは彼の訃報と共に出会った。
深夜ラジオから流れだした最初のワンフレーズで彼の全てを理解した。
狂気、痛み、絶望から産まれた彼の音色は、極度の鬱状態から躁に移り変わる瞬間の高揚感があった。闇の中に差し込む強い光の様な苦しくも美しい。

殆どの人にとっては、彼は優れた音楽家であろう。 しかし、本当は常に危険な領域に身を置いていた表現者であった。

そういった訳で、少年の頃、僕はミシェル・ペトルチアーニになりたかった。

PS.Conference De Presseはフランス盤のオリジナルではVol.1とVol.2で出ていたけど、日本だとデュオ・イン・パリというタイトルで2枚組になっていた。僕が聴いているのは日本盤です。

Conference de Presse, Vol. 2 [Import CD from Fr.../Louiss

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ジャケットのせいか、ケンプのシューベルトを聴くと故郷の冬を思い出す。

ヴィルヘルム・ケンプの音色は、『失ったものは二度と手に入らないこと、それでもまだ僕は生きているということ、雪は時として人の肌よりもずっと温かいこと』をずっと前から教えてくれていた。

気付いたのはつい最近のことだけども。

Piano Sonatas/Franz Schubert

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良く言えばヴァーサタイルな、悪く言えば雑多なアルバムだった。しかし、たとえ作品の統一感を差し引いたとしても、幾つかの曲は非常に面白いし、繰り返し聴くに耐えうる内容であることは嬉しい驚きだった

おまけの写真集を見ながら思ったのだけど、彼女たちのスタイルは物凄く中性的である。特に身長が高め(167センチ)の3人は細身で胸がない。これは韓国のTV文化の中で、ガールズグループも女性ファンの支持が必要だからなのだろうか?それとも我々が性を喪失しつつあるがためだろうか?個人的には後者だと感じている。彼女達は両性具有(アンドロギュノス)を全く感じさせないからだ。

ただ、辛いことを言うとマスタリングが悪いし、ちょっと細部の音作りは雑だと思うな。ウンジョンの太ももはアジアの宝ですがw

BREAKING HEART(初回限定版)/T-ara(ティアラ)

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初めてこのCDを聴いた時に、アルトサックスの音をピアノのフォルテシモと錯覚した。上京したばかりの俺は、独学で続けていたピアノを無理やり止めていた。ピアノが弾ける部屋になんて住めるはずがないのだ。
ポータブルCDプレイヤーに突っ込んで、何時間も真夜中の街を自転車で走った。どこまで行っても俺は俺でしかなかった。
もっとも今だって同じ場所でのたうちまわっているだけだ。
阿部薫は俺のことなんて嫌いだろうな。

光輝く忍耐/阿部薫

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減衰していくピアノの音は美しい。その中でもシューベルトの和音が消えていく様は、僕が最も心惹かれる瞬間の一つだ。

デヤノヴァの慈しむようなタッチが作る音は、燕尾服を着た演奏家と着飾った聴衆で埋め尽くされたコンサートホールの関係ではなく、もっと精緻で個人的な対話を求めているのだと思う。

Piano Sonatas/Franz Schubert

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ミシェル・ペトルチアーニがアメリカ時代に取り組んだ、フュージョン的アプローチの集大成的なライブ盤。そしてブルーノートレーベルの最終作でもある。

アダム・ホルツマンのキーボードや、スティーブ・ローガンのベースあたりはかなりファンク色が強いが、音楽自体はかなりシンプルで清廉な印象すら受ける。それはペトルチアーニの即興がそれほど前面に押し出されていないからかも知れない。

だからといって、詰まらないアルバムと言うわけではなく、その時代にペトルチアーニが志向したサウンドだというだけであろう。この後にフランスに帰った彼は、バリバリにアコースティックなジャズをやって、血の滴るような即興演奏をしているのがまた面白い。

ペトルチアーニは18歳から36歳の間に驚くほどスタイルを変えていったピアニストである。トータルのミュージシャンとして、彼の抜群のセンスの良さはどの時代でも変わらないし、このライブの3カ月前に亡くなったマイルスとの共通点でもある。ちなみにこのアルバムには『miles davis licks』という追悼曲らしいものが収録されている。

僕はわりと大雑把なこのアルバムの雰囲気が好きで、購入した10年以上前から年に1、2回聴いている。

ライヴ/ミシェル・ペトルチアーニ

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