昨日、靴やコートの整理をしていました
もう何年も履いてない靴もあって、処分すればいいんだけど、、、
捨てられない

夫は走っていた人で、靴選びが得意でした
なので、靴を買うときは夫に選んでもらっていたのです

いや、今、考えると洋服以外、バックやコートなどの値が張るものは
夫と選んでいた私でした



 
「一緒に選んだ靴なんだよな」
そう思うと手放せない

そんな夫の面影の欠片に、しがみついてる自分なんだな、、、
そして、矢継ぎ早にいろんな事を思い出し
ちょっと悲しくなった

もう、そうなると
いつもは私の心の中
定位置にいる夫が、隣にやってきて笑いかけてくる、話しかけてくる

そんな、活きいきとした夫が
満ち溢れた日常が
当然だったのに、、、と、
昨日の事のように思い起こされ、寂しくなる
この空洞を埋める代わりは残念ながら、なにもないのです



昨年のTVドラマに「ウソ婚」というのがあって
原作は漫画だと思います
友人に勧めら観ていました


幼馴染の男性の母親が
しばらく合わない間に
亡くなっていたことを知った
このドラマのヒロイン
彼女がこう言うのです


「それは、悲しいね」と



なぜ、「悲しかったね」じゃなくて
「悲しいね」なんだ?と彼が聞く




「えっ、だって居なくてなって
それで悲しいのが終わりじゃないでしょう

いつもは心の中の奥にある
箱の中にその人は居るんだけど
知らない間にその蓋が勝手に空いて出てきてしまうときがあるんだよ
 
そして、どんどんいろんな事を思い出して、
悲しくなるでしょう、居なくなって
それで悲しいは終わらない、ずっと悲しいでしょう」



うろ覚えだから、ちがうセリフだと思うけど
たぶん、こんな内容だっだと思う


この作者は大切な人を亡くした人なんだな、と思いました



今、二ヶ月に一度お願いしている
母の訪問理容師さん、70代の方なんですが
50歳になって間もなくご主人を亡くされたそうです

「いつまで経っても悲しいし
いいところばかり思い出すんだよね」 

「けど、なんとかやって行けるもんだよ
しっかり悲しみながらも人間、なんとか生きていけるもの
だから、大丈夫」と、励ましてくれました



私もこんなふうに
誰かに言える時が、いつか来たらいいな、と思うのです


夫婦一緒に仲良く
あの世に行ける人なんて
そんなにいるものではなく
早いか遅いかの違いはあれ
皆いつか伴侶を見送るのだから



でもね
その「早いか、遅いか」のその違い、、、、

う~ん、若干、早い💧と正直まだ私は思ってしまうのです🥲