カンボジア5 | CANTIKとバリ島を愛する占い師

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愛娘犬CANTIKと大好きなバリ島!
そして、占いのお話しを詰め込んで♪

急に寒くなって寒い


冬支度が間に合いませんあせあせ




12世紀前半に、


スーリヤヴァルマン2世によって、


30年以上の歳月を費やして作られた、


「アンコールワット」カンボジア


歴史上では、


タイのアユタヤ王朝に支配され、


1431年頃アンコール王朝が崩壊泣


プノンペンに都が移り、


アンコールワットは忘れ去られた存在となり、


1860年にフランス人のアンリ・ムーオによって発見されるまで、


ジャングルに覆われ忘れさられていたとされていますむっ


しかしshokopon


ガイドさんに言わせるとバリニーズ


アンリ・ムーオをよって、


広く世界に知られるようになっただけで、


国内ではその存在はず~と認識されていたんですってやれやれ


いかにも400年ほど誰にも知られず、


ジャングルの中で眠っていたかのように言われていますが・・・


そりゃそうだよね苦笑


200ヘクタールビックリ


東京ドーム約15個分の広さのある寺院が、


誰にも知られないでいる訳ないよね苦笑


1546年から1564年に、


その当時の王様が未完成だった所に手を加え、


仏教寺院へと改修工事を行い工事中


1586年には、


ポルトガル人のアントニオ・ダ・マダレーナが西欧人として、


初めてアンコールワットを参拝一休さん


1632年には、


日本人の森本右近太夫一房が参拝一休さん


柱に落書きをしておりますなにもない





内戦のとき塗りつぶされ、


読みにくくなっているのですが、


内容はこちら


寛永九年正月に初めて此所に来る。

生国日本、肥州の住人、藤原の朝臣森本右近太夫一房、

御堂を心がけ、数千里の海土を渡り、

一念の儀を念じ、生々世々娑婆寿世の思いを清める者なり。
其の為に仏四体を奉るものなり。
摂州津国の住人森本儀太夫右実名一吉、

善魂道仙士、娑婆の為に是を書くものなり。
尾州の国名谷の都、

後、其の室老母の亡魂、明信大姉の後世の為に是を書くものなり。
    寛永九年正月廿日


と書かれているそうですほー


でも、落書きはいかんですねむっ


1887年にフランスの植民地になり、


1970年には内戦が始まり軍地使用され、


1992年に世界遺産に登録されますうなずく☆


残ってて良かったよ感動泣き


アンコールワットえへ








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