《目次》
一 はじめに
二 独占禁止法
(一) 不公正な取引方法
(二) 独占禁止法違反と私法上の法律関係
(三) 独占禁止法違反に基づく損害賠償請求
三 中小小売商業振興法
四 信義則に基づく情報開示義務
(一) 情報開示義務の根拠
(二) 情報開示義務の範囲
(三) 情報開示義務違反の効力
五 損害担保・保証
六 おわりに
一 はじめに
フランチャイズ契約の定義としては、「フランチャイズとは、事業者(『フランチャイザー』と呼ぶ)が他の事業者(『フランチャイジー』と呼ぶ)との間に契約を結び、自己の商標、サービス・マーク、トレード・ネーム、その他の営業の象徴となる標識、および経営のノウハウを用いて、同一のイメージのもとに商品の販売その他の事業を行う権利を与え、一方、フランチャイジーはその見返りとして一定の対価を支払い、事業に必要な資金を投下してフランチャイザーの指導および援助のもとに事業を行う両者の継続的関係をいう」とされている(1) 。このようなフランチャイズにおいて、一定のフランチャイズシステムを展開しているフランチャイザー(本部)と新たにフランチャイズに加盟しようとするフランチャイジー(加盟店)との間に締結される契約がフランチャイズ契約である。
フランチャイズ契約は、通常、フランチャイザーがあらかじめ作成した契約書をこれからフランチャイズを受け入れようとする者に対して提示して署名させる、という方法で締結される。これらのフランチャイジーにはいわゆる脱サラ組型、中小企業の経営多角型、事業転換型、主婦等の一般人副業型などの様々なタイプのものがあるが、通常は法律知識のない者が多い。よって、フランチャイズ契約は、対等な事業者間の合意であるとはいえ、フランチャイザーがフランチャイジーに対して交渉力において優位に立つことになり、フランチャイザーにとって一方的に有利な契約となったり、フランチャイジーの営業活動に不当な制限をくわえる契約となりやすい。このことがフランチャイザーとフランチャイジー間の法的紛争原因となり、ひいてはフランチャイザーの事業展開に支障を来すことにもなる。
フランチャイズ契約の特質として、付合契約に属する、継続性がある、契約当事者間の情報格差が激しい、という点が挙げられる。
フランチャイズ契約は、フランチャイザーがあらかじめ準備したフランチャイズ契約書に基づき締結している。また、フランチャイズ・システムは、同一のパッケージを多数のフランチャイジーに提供するシステムであるから、多くのフランチャイジーとフランチャイザーの間で多数のフランチャイズ契約が締結され、これらは同一の内容であることが要請される。他方、フランチャイジーは、当該フランチャイズ契約の大幅な修正を要求することができない。そして、フランチャイザーは、フランチャイズ・システム統一性維持のため、それらの要求に応じることは事実上不可能である。その結果、フランチャイジーにとっては単に当該契約を締結するか否かの選択肢が残るのみである。以上のことから、フランチャイズ契約は一種の付合契約に位置付けられる。また、契約書の内容は相当期間にわたって変更する必要のないものに作成されており、適時変更することが予想される経営内容などに関する具体的な内容は、別にマニュアルを定めるのが一般的である。
契約締結に至る過程において、現代の取引社会では各種の情報が非常に重要な役割を果たしている。しかし、フランチャイズ契約では契約当事者間の知識や情報量の格差が激しい場合が多い。このようなフランチャイズ契約の特質から契約締結にあたって、フランチャイザーからの口頭の説明、説明書、広告といった情報がフランチャイジーにとって決定的な役割を果たしている。そこで弱者保護の観点からも、フランチャイジーを保護するための特別な配慮が必要である。その手段のひとつとしてフランチャイザーは、フランチャイズを受けようとする者に対してフランチャイズを受けるかどうかを判断するのに必要かつ適正な情報を開示することが要求される。
以上のような観点から、フランチャイズ契約締結に際しフランチャイザーが虚偽ないし不適切、不十分な情報を相手方に提供した場合に生じる問題を検討する。具体的には、フランチャイザーの調査・解明・告知・説明義務(いわゆる情報開示義務)が存在するのか。そして、これらの義務違反があった場合に、どのような法的問題が生じるのかを検討することが本稿の目的である。
このような観点から、問題を検討すると、まず、通常、契約締結過程に問題がある場合、民法上の詐欺や錯誤の問題となり、契約の無効主張または取消権行使が可能である。また、これらとあわせて(あるいは別個に)不法行為に基づく損害賠償請求をおこなうのが一般的である。しかし、わが国では詐欺・錯誤ともに成立要件が厳しく、フランチャイズ契約の場合、契約を適正化する法的手段として機能していない。なぜなら、詐欺では欺罔行為および故意の立証がきわめて困難であるし、判例でこれらが認定されたものはまれである(2)。他方、錯誤については、動機の錯誤が民法95条に適用されるのかに争いがあるのみならず、錯誤が当該契約の要素に該当しなければならないため、その認定は大変難しい。これらのことから、民法上の一般的な法的手段である詐欺・錯誤を成立させることは難しく、フランチャイズ契約の適正化については有効ではない。
詐欺・錯誤の適用が難しいことから、本論ではフランチャイズ契約に関連する取締法規(経済法規)である独占禁止法、および中小小売商業振興法を検討する。次いで、この2つの法令では実効力に疑問があるため、民法上の信義則からフランチャイザーの情報開示義務を導き出し、フランチャイズ契約適正化の法的手段としての可能性をみていく。最後に、「消費者契約法」に簡単ではあるがみていく。この法令は、現在(1999年1月末)ではまだ試案の段階であるが、将来的にはフランチャイズ契約の適正化に大きく影響するはずである。以下、順に具体的に事例なども挙げながら検討していく。
二 独占禁止法
フランチャイズ契約の特殊性から、加盟希望者をだまして保証金をまきあげたり、予想収益を誇大に表示したり、取引条件(フランチャイジーの投資額、フランチャイジーが受ける取引上の制約、フランチャイザーの供給するサービスの内容等)を有利であるかのように不当に表示する事例が数多く存在する。フランチャイジーになった者は、一定の投資をおこない、事業者として営業活動に従事する。そのため、フランチャイズ契約を解約することは金銭的・時間的な損失をもたらし、場合によっては事業者としての名誉を傷つけることにもなりかねない。それゆえに、フランチャイジーは解約を恐れ、フランチャイザーの不当な要求を受け入れざるを得ないことが多い。このようなことから、フランチャイジー募集時に不当な表示がおこなわれないように規制する必要がある。
(一) 不公正な取引方法
フランチャイズ契約締結に関連している法令として「私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(独占禁止法)」がある。 独占禁止法第19条は「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない」と規定している(3)。これを受けて不公正な取引方法の一般指定第8項は「自己の供給する商品又は役務の内容又は取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係わるものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引すること」と定め、ぎまん的な顧客誘引行為を禁止している(4)。そして、この独占禁止法違反行為がある場合、公正取引委員会は当該行為の差止め、契約条項の削除その他当該行為を排除するために必要な措置を命じることができる(同法第20条)。これによって、フランチャイザーのフランチャイジーに対する虚偽または誇大な情報に基づく勧誘行為は規制される。
また、公正取引委員会は「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方について」(5)を公表し、フランチャイズ契約が独占禁止法にふれることがないよう、一定の留意点を示している。それには「本部が、加盟者の募集に当たり、その誘引手段として、重要な事項について、十分な開示を行わず、又は虚偽若しくは誇大な開示を行ったときは、不公正な取引方法の一般指定の第8項(ぎまん的顧客誘引)に該当するおそれがあろう」とされている。また、誤認を与えないよう注意すべき点として、6項目をあげるとともに、フランチャイジーにも事業者として、これらの項目は相当程度考慮されるべきであるとして、留意する必要があると述べている。
6項目の要旨は、①商品等の供給条件、予想収益等、②事業活動上の指導の内容・方法、費用負担等、③加盟にさいして徴収する金銭の性質、金額、その返還の有無・条件、④加盟者が定期的に払うべき金銭の額等、⑤損失補償等、⑥契約期間、更新・解除等である。なお予想収益などを示す場合には、加盟後の実績と完全に一致する必要はないが、類似した環境にある既存店舗の実績など根拠のある事実に基づくべきとしている(6)。
しかし、この「フランチャイズ・システムに関する独占禁止法上の考え方」は情報開示についての望ましい姿を提示しているに過ぎず、6項目を開示しないと即座に独占禁止法違反になるわけではない。また、フランチャイズ契約締結時において積極的に虚偽または誇大な情報を開示するのではなく、消極的に開示すべきものを表示または提示しなかった場合に第8項の適用はあるのかという問題がある。これについては「十分な開示をおこなわなかった場合には第8項に該当する恐れがあろう」と述べているので、適用はあり得るという立場を取っていると考えられる。そこで、フランチャイザーはどのような場合に積極的に情報を開示する義務を負うのだろうか。
一般的には、それらの情報に関して開示がなければ、フランチャイジーが誤解することが明白であったり、当然予想すべきであったのに、それを怠った場合であろう。ただ、個別的・具体的にどのような場合にそのような積極的な開示義務が負わされるのかの判断を確定するのは困難である。よって、一般指定第8項というおおまかなものではなく、独占禁止法第2条第9項第3項に基づく特殊指定を設け、違法とされる不当表示をより明確にするべきである。なお、現在までに一般指定第8項の適用による排除措置が命じられた事例はないようである。
(二) 独占禁止法違反と私法上の法律関係
独占禁止法による排除措置が命じられない場合であっても、フランチャイズ契約が独占禁止法に違反していることを理由として、フランチャイジーがその効力を争うことは許容されている。よって、一般化すれば経済法規(取締法規)に違反した私法契約の効力の問題といえる。
前述したように、独占禁止法では不公正な取引方法が禁止され、不公正な取引方法によって、ぎまん的な顧客誘引行為が禁止されている。しかし、独占禁止法に違反する法律行為の私法上の効力については明文の規定はなく、この点は解釈にゆだねられている。そこで解釈論上の問題が生じる。
この問題に関する学説には、無効説、原則有効説、相対的無効説(制限的無効説)、個別的解決説の対立がある。考慮すべき点は、①独占禁止法の趣旨、②行為の禁止、制限に対する社会的要請の強さ、③取引の安全への考慮、④当事者間の信義・公平の4つである。これらの点を重視し諸説をみていく。
無効説は、違反状態を作る原因となった私法上の法律行為の効力は、独占禁止法による
禁止の趣旨を達成するために、当然否定されるべきであるとしている(7)。原則有効説は、法改正により、排除措置のおよぶ範囲が拡大されたのを契機とし、独占禁止法の目的は十分に実現可能であるということから生まれたものである。違反行為を無効とすることは、独占禁止法の目的達成に不必要であるだけでなく、権利関係や取引の安全に混乱をまねくものであるとしている。なお、この見解でも、取引の安全に直接関係なく、しかも効果意思の内容も明らかである場合(カルテル協定など)には、公序良俗上無効となることがあることを認めている。相対的無効説とは、独占禁止法違反の契約は無効であって、当該契約に基づく権利行使に法的保護は与えられないが、任意に当該契約が履行された結果として生じた状態については、法は効力を否定しない。独占禁止法の目的は公正取引委員会の排除措置によって達成される、というもの。つまり、独占禁止法と私法の制度理念の調和をはかるべきであり、効力の存否は一律ではないとしている。個別的解決説は、独占禁止法による禁止の趣旨を考慮して無効とされるべき行為の類型化をおこない、かつ、具体的事案に即して、取引の安全をはかるのに必要な限度で、多面的な観点から判断基準をたてるべきであるとしている(8)。
最高裁の判例(9)では、公序良俗に反するような場合は別として「独禁法第19条が強行法規であるからとの理由でただちに無効であると解すべきではない」と判示し、原則有効説の立場を採っている。法令違反行為の効力判断における考慮要因として、当該規定の趣旨、倫理的批判の程度、取引の安全、当事者の信義・公平を取り上げる以上、法令違反を公序良俗違反から切断することはできない。近時の判例においても、独占禁止法に違反するのみではなく、公序良俗違反を論じた後に結論を導くものが多い。すなわち、判例は、法令違反行為を無効とするに際して、ただ法令違反というだけで無効とすることは少なく、当該違反行為に公序良俗違反といえる事情があるかどうかを検討する傾向にある。結局、法令違反行為の効力否定の根拠は民法90条の公序良俗違反に求めているわけである(10)。実際、大部分の裁判例はそのようにしている(11)。
以上から、どのような場合に公序良俗に反するのかという問題が提起され、民法90条の問題へと移行する。しかし、フランチャイズ契約において、公序良俗違反を理由に契約無効を成立させるのは難しいと思われる。なぜなら、明らかに強引・詐欺的な勧誘方法を用いている場合には、公序良俗に反すると判断できる。しかし、それらの場合を除くと、フランチャイジー募集の勧誘は通常口頭でおこなわれることもあり、立証は難しい。また、それらのセールス・トークは、現代の取引社会において、わが国の商慣習から考えても十分許容される範囲であると判示される裁判例も多い。よって、フランチャイズ契約締結段階において、独占禁止法を介してフランチャイジーを保護することは期待できない。
(三) 独占禁止法違反に基づく損害賠償請求
独占禁止法違反行為がなされた場合、違反行為によって損害を受けた者が、違反行為者に対して損害賠償請求をすることは、当然に予定されている。独占禁止法は3条および19条の違反について、特別な損害賠償責任を定めている。独占禁止法の定める損害賠償責任は、行為者が故意・過失がなかったことを立証しても責任を免れることができない無過失損害賠償責任である(独禁法25条)。一般に、独占禁止法違反行為を含む違法行為によって損害を受けた者は、行為者に対して不法行為責任を追及し、不法行為を根拠に損害賠償請求をすることが可能である(民法709条)。しかしながら、この場合には、行為者に対して、故意または過失の不法行為および行為者の違法行為と損害との因果関係を明らかにしなければならない。
この無過失賠償責任の請求権は、公正取引委員会による審決が確定した後でなければ、裁判上主張できないとされている(独禁法26条)。これは審決を確定することが、当該違反行為の存在が認定されたことになり、裁判所の判断を拘束し、被害者の損害賠償請求を容易にするためである。これは、独占禁止法違反行為の存在は、強制調査権のある公正取引委員会によっても立証することが困難な場合が多く、それを被害者が改めて立証することはきわめて困難で、不可能と考えられていることに基づいている。このような点から独占禁止法25条および26条の重点は、審決で認定された排除措置命令の対象となった違反事実については、それを被害者が立証する負担を免除したということである(12)。
しかし、現在までのところ、フランチャイズ契約締結に関連して公正取引委員会による不公正な取引方法の一般指定第8項の適用による排除措置が命じられた例はない。すなわち、被害者は損害賠償請求をおこなうことが出来ないことになり、この請求権はフランチャイジーの契約締結段階における法的保護手段としては機能していない。
では、民法上の損害賠償請求はどうなのだろうか。これについては、独占禁止法違反行為に対して、それが違法行為であることを根拠として、民法709条により不法行為として損害賠償請求ができる。よって、フランチャイザーが積極的に虚偽または誇大な情報を提示した場合には、独占禁止法19条に違反しているものとして、フランチャイジーが不法行為に基づく損害賠償請求をできるということに問題はない。しかし、表示すべきものを表示または提供しなかった場合には問題があり、情報を開示しないという不作為が問題となる。不法行為の成立要件として、故意または過失の行為があることが必要とされ、単なる不作為だけでは、その主体の作為の内容を特定することが出来ないし、他人の権利侵害の危険性を考えることも出来ない。不作為による不法行為は一般に作為義務を負っていなければならない。作為義務の根拠として法令、契約、慣習ないし条理があげられている(13)。ここでは、法令として独占禁止法が根拠となるかが問題となる。しかしながら、第一節で述べたように、一定事項を表示しないと即座に独占禁止法違反になるというわけではない。したがって、独占禁止法第19条違反を根拠として不作為の不法行為に基づくフランチャイジーによる損害賠償請求は困難であるといわざるを得ない。