このブログは、
フライス工業株式会社の藤川 剛のブログです。
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朝晩、めっきり涼しくなりましたね?
今回は、ネット上で見つけた、ちょっといい話を、
紹介します。
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小学生のとき、少し足し算、引き算の計算や、
会話のテンポが少し遅いA君がいた。
でも、絵が上手な子だった。
彼は、よく空の絵を描いた。
抜けるような色遣いには、子供心に驚嘆した。
担任のN先生は算数の時間、
解けないと分かっているのに答えをその子に聞く。
冷や汗をかきながら、指を使って、ええと・ええと・と答えを出そうとする姿を周りの子供は笑う。
N先生は答えが出るまで、しつこく何度も言わせた。
私はN先生が大嫌いだった。
クラスもいつしか代わり、私たちが小学6年生になる前、
N先生は違う学校へ転任することになったので、
全校集会で先生のお別れ会をやることになった。
生徒代表でお別れの言葉を言う人が必要になった。
先生に一番世話をやかせたのだから、
A君が言え、と言い出したお馬鹿さんがいた。
お別れ会で一人立たされて、どもる姿を期待したのだ。
私は、その時のA君の言葉を忘れない。
「ぼくを、普通の子と一緒に勉強させてくれて、ありがとうございました」
A君の感謝の言葉は10分以上にも及ぶ。
水彩絵の具の色の使い方を教えてくれたこと。
放課後つきっきりでそろばんを勉強させてくれたこと。
その間、おしゃべりをする子供はいませんでした。
N先生がぶるぶる震えながら、
嗚咽をくいしばる声が、体育館に響いただけでした。
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この間ラーメン屋で30分待ちで並んでいた時のこと
前にいたオバサンが携帯でなにやらゴソゴソ話をしていた。
別に聞く気は無かったのだが、どうも買い物している友人に、
今からラーメン食べるところだからこいということらしい。
それから20分位経って俺の番まで後5人位になったとき、
オバサンの友人が二人現れ、
こっちっこっちと呼ぶオバサンの後ろ私の前へ何のためらいも無く割り込んできた。
あまりのずうずうしさに唖然としたが、どうにも腹の虫が収まらず
「非常識でしょう、割り込みは」と文句を言ったら
「最初から彼女たちの分も取っていたんです」
と並んでいたオバサンに平然と言い返されたれた。
それを見ていたオバサンの前に並んでいた、
20才位の学生さんらしき彼が、
私を始めその後ろに並んでいた14・5人に向かって一言
「いやー久しぶりです。皆さんの分取っておきましたから私の後ろへどうぞ」
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今日、凄いのを見た。
街で若いカップルの女の方が俺を見て、
「見てアレw キモくない?」
とか、私を指差して笑ってたんだが、
男の方はそんな女を嫌な顔で見てて
「ねぇ、見てみなよw」としつこく言う女の頬を平手打ち。さらに
「お前の性格の方が最低だな。二度と連絡すんな」的な言葉を吐き捨て、
そのまま颯爽と一人何処かへ
マジで格好良かった。と同時に、
涙目で困惑顔の女を見てなんだかすっきりした。
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2年前旅行先での駐屯地祭で、
例によって変な団体が来て私はやーな気分。
その集団に向かって一人の女子高生とおぼしき少女が向かっていく。
少女「あんたら地元の人間か?」
団体「私達は全国から集まった市民団体で・・・云々」
少女「で、何しにきたんや?」
団体「憲法違反である自衛隊賛美につながる・・・云々」
少女「私は神戸の人間や。はるばる電車のって何しにここまで来たかわかるか?」
団体「・・・・?」
少女「地震で埋もれた家族を助けてくれたのはここの部隊の人や。
寒い中ご飯作ってくれて、風呂も沸かしてくれて
夜は夜で槍持ってパトロールしてくれたのもここの部隊の人や。
私は、その人たちにお礼を言いに来たんや。
あんたらにわかるか?
消防車が来ても通り過ぎるだけの絶望感が。
でもここの人らは歩いて来てくれはったんや・・・・」
最初、怒鳴り散らすように話し始めた少女は次第に涙声に変わっていった。
あまりにも印象的だったのではっきり覚えている。
団体は撤退。
彼女が門をくぐった時に、守衛さんが、
彼女に社交辞令の軽い敬礼ではなく直立不動のまま敬礼していた。