「不安な夜 12 」




 蓮は暫く考え込んでから、深い溜息を吐いて口を開いた。


「俺の本名とプロフィールは、両親と社長しか知らないトップ・シークレットなんだけど……」


 そう言って、チロリと琴南さんを流し見る。
 琴南さんは驚いて表情を動かした。
 赤裸様に伺える動揺に、蓮は微かに憂いを秘めた表情をして視線を遠くに向けた。


「『キョーコちゃん』の事は、彼らも知らないほどの、俺のトップ・シークレットなんだよね」


 おい、それって、お前しか知らないって事なんじゃ……。
 俺は内心青くなって琴南さんに視線を向けると、彼女も青い顔をしていた。
 つまり、蓮にとってはそれほど重要な秘密、という事で、それを共有する覚悟が俺達にあるかというと………。


「けっ……結構です!!! そこまで重大な秘密を敦賀さんと共有する気はありません!」


 琴南さんが慌てて口を開いた。琴南さんと俺の安堵の溜息が重なって大きく響く。冗談じゃないよ。そこまで重大な秘密を蓮と共有するなんて。いくら俺がマネージャーでも、お兄ちゃんを自認していても、踏み込んで良いテリトリーを越えているよ、そこまでとなると。況して琴南さんは、蓮の想い人の親友ではあるけれど、蓮と個人的に付き合う気はないみたいだから、そこまで踏み込みたくない筈だ。蓮はふと苦笑を浮かべた。


「ありがとう。いずれその事は最上さんには話すけど、他の人にはあまり話したくない事だから」


「……キョーコには、話す、と?」


「目標を達成したら、最上さんには本名明かす心算だから、その時にね」


 ん? 本名明かす時と『キョーコちゃん』て蓮が呼ぶ子供の頃に遊んだ相手が連係するのか? それって、キョーコちゃんがその『キョーコちゃん』だったりする、とか?ちらりと視線を向けると、キラキラ光の矢が刺さる笑顔を浮かべている蓮がいた。
 ブスッ! ブススッ!
 ……痛いんですけど、蓮君。
 解ったよ、詮索するなって事なんだろう?


「え~~っと、話を戻しましょうか」


 器用に光の矢を避けた琴南さんが無傷で口を開く。尊敬するよ、琴南さん。これだけの至近距離で、蓮の光の矢を避ける事が出来るなんて。


「つまり、キョーコが誤解している『自分と同じ名前の敦賀さんの好きな人』というのは、キョーコの認識間違い、という事ですね?」


「最上さんと同じ名前の別人という認識は間違っているよね。俺が好きなの最上さん本人だから」


「キョーコは無理矢理にでも誤認したいみたいですから、ね」


 蓮の周囲で『キョーコちゃん』て言ったらキョーコちゃんしかいないのに、蓮が普段『最上さん』と呼ぶから蓮が『キョーコちゃん』と呼ぶなら自分じゃないと思い込むなんて、もうこじ付けだよ、キョーコちゃん。


「キョーコが言うには、敦賀さんは『キョーコみたいな子供には手を出さない』と仰ったそうで」


 蓮~~~! お前そんな事言ったのかよ~~! 女の子はすぐに大人になるって言ったろう!?
 蓮は暫くの間眉を顰めて考え込み、ふと思い至ったという表情になった。


「もしかして、『DARK MOON』の打上げの時の事なのかな? あんまり無邪気に煽られたから少し本気モードになったら青くなってたから『君に手は出さないよ』って言った事あるから」


「? 君みたいな子供に、手は出さない、じゃなくて?」


「泣かれたら困るから、君に手は出さないよ、だったね」


 呑み込んだ言葉と読み取った言葉が食い違っていたわけか。


「どうして本音を言わなかったんですか?」


「今は、本気で口説いてるけど、最上さんは冗談にして受け取らないから逃げない。でもね? あの頃なら、本気で受け取ってくれた代わりに逃げ出して二度と近付いてくれなかったと思うよ?」


 苦み走った笑みを浮かべて蓮は視線を逸らした。
 最近、蓮はキョーコちゃんを遠目に見詰めてこんな笑みを浮かべる事が多くなった。敦賀 蓮が素で浮かべるキョーコちゃん言う処の神々スマイルはキョーコちゃんにしか向けられない。この切なそうな笑みは、近くにいながら距離を置くキョーコちゃんに向けられる笑みで、スタッフの女性陣が『切ない』と言って身悶えしている表情だ。
 キョーコちゃんの曲解ぶりの物凄さは、俺も傍で目にするから知っている。傍で見ていても解る。キョーコちゃんは、蓮の気持ちに気付いていないわけじゃない。本気だと受け取りたくないからこじつけて逃げているんだ。
 ふと、琴南さんを見ると、琴南さんは、何事か考え込んでいる。


「キョーコは、心の中では敦賀さんの気持ち、解っている訳ね。はっきり認めてしまうのが怖いから逃げてるだけで」


「怖いって、何が怖いんだ? 蓮が本気だって解れば……」


「最上さんは……」


 蓮が目を眇めて遠くへ視線をやる。


「母親に愛された記憶もなく、傍にいた不破に全力を傾けて想いを返して貰えなかったから、臆病になっているんだろうね。たった二人に、全力を傾けて返して貰えなかったから、他の人も同じだと思い込んでいるんだと思うよ」


「「母親に愛された記憶がない?」」


 異口同音になった俺と琴南さんに、蓮ははっとしたように視線を戻した。気不味そうに視線を彷徨わせてから、深い溜息を吐いた。
 不破の仕打ちは知っていたけど、母親に愛された記憶がない? 蓮はどうしてそこまでキョーコちゃんを知っているんだ?


  続く






 



 

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

旧年中はこのような拙いブログにお運び頂きありがとうございました。

本年もお引き立てのほど、よろしくお願い申し上げます。

 昨年のキョコ誕生日企画に張り切り過ぎて体力切れを起こしてしまいましたので、今年はペースを落として更新したいと思います。

 のんびりペースになりますが、お見捨てなきようお願い致します。




 お見捨てなくと言いながら、スキビ二次はアメンバー限定にさせて頂きます。

 蓮誕生日とかバレンタインとかの企画の度に、全員公開になるかと思いますがp(^-^)q



 アメンバーは申請とメッセージで簡単な自己総会を頂ければOKですので、どしどし御申込み下さいね。





   亜梨沙 拝

「不安な夜 11 」




 モー子さんに言われた言葉が引っ掛かりながらも、私はその正解を出す事を拒絶している自分に気付かないわけにはいかなかった。
 『トラジック・マーカー』のBJを演じる為にカイン・ヒールに成りすます敦賀さんをフォローする為に雪花・ヒールを演じた時に完全に鍵が壊れてしまった時、逃げ出そうとした。演技の為に自分の感情を育てろと社長さんに言われたけれど、愛される望みのない拒絶される事が前提の恋を育てる事に意味など見出せなかった。だから、敦賀さんの揶揄いは哀しかった。
 敦賀さんは私みたいな子供に本気で迫ったりしないって言ったもの。宣言された私が、敦賀さんに揶揄われても本気に受け取らない事がお解りだから、敦賀さんは私を揶揄って遊んでらっしゃるのよ。
 モー子さんは私が告げた事実を溜息を吐きながら聞いていたけど、やがて私の言い分に納得してくれたのか、何も言わなくなった。
 納得、してくれたと思ったのに、翌朝、モー子さんと一緒にモー子さんのマンションを出る時に言われた。


『認めるのが怖いからって、いつまでも逃げていちゃ駄目よ、キョーコ』


 別に事実を認める事からは逃げてなんていないのに、本当に変なモー子さん。
 大丈夫よ。
 私は間違っても、敦賀さんの思わせぶりな物言いに惑わされて誤解して、敦賀さんに好かれているなんて思い上がったりしないわ。
 そんな身の程知らずな真似はしないわ。私はあくまでも敦賀さんの事務所の後輩の一人。少し親しくさせて頂く機会があったのは、食欲中枢が麻痺している敦賀さんが食べられる料理が作れるから、それだけよ。
 敦賀さんが好きな子って選りにも選って私と同じ『キョーコ』って名前みたいだから、このまま敦賀さんがいつかその彼女とうまくいったら、私は増々傍にはいられなくなるわ。
 ああ、だから、敦賀さんは私のこと『最上さん』って呼び続けているんだわ。
 好きな子と混同したりしないように。
 将来彼女とうまくいった時、私の事を『キョーコちゃん』なんて呼んでいたら彼女に失礼だから。
 ほら、やっぱり敦賀さんが好きなのは私なんかじゃないじゃない。
 敦賀さんを好きになってしまった事は不覚だけれど、いつかこの想いが冷めるまで、自分の内に秘めて誰にも見せないようにしなきゃ。社長さんには気付かれたけど、当たって砕けて来いと言われたわけじゃないもの。隠し続けていても構わないわよね。
 誰かに想いを向けて応えて貰う事なんて、もう二度と期待しないわ。
 産みの母にも、子供の頃から一緒にいたショータローにも受け入れて貰えなかった私を、一体誰が受け入れてくれるというの。
 そんな有り得ない事に期待をして裏切られる苦痛など、二度と味わいたくない。
 そうよ。恋なんかに現を抜かしている暇なんて私にはないのよ。私は演技で自分を磨くの。

ショータローから離れるまでずっと抑え続けてきた自分を新しく作るんだもの。
 演技で自分を磨いて、自分という存在を確立するのよ。
 一つ一つ確実に積み上げていかなくちゃなんだから、まずは今出演しているドラマで苛め役のイメージから脱出よ!
 私は久し振りに昼間に取れた時間をラブミー部室で過ごすべく事務所に立ち寄った。
 タレント部に顔を出してスケジュールや新しいお仕事の確認をして、ラブミー部室に向かう途中で、小会議室へ連れだって入っていくモー子さんと敦賀さんを見掛けた。
 モー子さんが敦賀さんと?
 珍しい組み合わせだわ。
 モー子さんは何故か敦賀さんに近付く事を敬遠しているから、ツーショットなんて見る事ないのにな。
 あ、っと。
 他事に気を取られている場合じゃないわ。
 私がやるべき事は、ドラマの撮影で敦賀さんの足を引っ張らないような演技をする事。
 役作りは出来ているから、台詞を完璧に覚えなくちゃ。
 まだまだペーペー女優だけど、素人じゃないんだから、敦賀さんに引き摺られて演技させられるなんて事にはなりたくないわ。
 頑張るのよ、キョーコ!
 完璧な演技をすれば、敦賀さんだっていつまでも私を子供扱いして揶揄って遊ぶなんて事しなくなるに違いないんだから。


  続く









 むむっ゛(`ヘ´#)

 キョーコ,手強い!(ノ´▽`)ノ




 日付変更と共に投下したかったのですが、間に合いませんでした・°・(ノД`)・°・

 今年の、Xmasつまりキョーコちゃんの誕生日企画の仕上げに短編を1本。

 短編といっても『不安な夜』の特別番外編です。

 Upが遅くなってしまったので、当サイトにおけるスキビ二次の全員公開期間を延長いたします。

最低限年内は全員公開にしておきます。


 では、キョーコちゃん誕生日企画最後の1本です。

不安な夜、はまだ続きますよ~~♪
 




 

   【We wish your happy birthday】

 

 

 

 Side 奏江


 今年も宝田社長宅の迎賓館を使って開かれた『ハッピー・グレイトフル・パーティー』は盛況だった。
 マリアちゃんの為にキョーコが計画し、社長が盛り上げて纏めたらしいこのパーティーは、趣旨こそ多少変わったものの、毎年続いて開かれている。
 そして、このパーティーは、日付が変わるとほぼ同時に敦賀さんが一番初めにキョーコに誕生日プレゼントのバラを贈り、ハッピー・バースディが流れて巨大なケーキが運ばれてくるパターンは変わらない。
 初めての年の時は、知らなくて敦賀さんに遅れを取ったけど、次の年からは遅れを取るまいとしていた私を、社さんやマリアちゃんが散々邪魔してくれたのよね。
 尤もいつでもキョーコは、敦賀さんからバラを贈られて嬉しそうにしてるけど、私からプレゼントを贈ると狂喜乱舞するから、毎回溜飲が下がる思いをしていたけど。
 そういえば、敦賀さんは、キョーコに一番初めに「誕生日おめでとう」って声を掛けるけど、その後はキョーコがみんなに囲まれている姿を微笑ましそうに見ているのよね。
 キョーコが、知人友人から誕生日のお祝いを言われて喜んでいる姿をこそ、嬉しそうに見守っているような。
 今年は流石に敦賀さんと張り合おうなんて思わなかったわ。
 まぁね。
 いくら親友でも、出来立てのカップルのロマンティックを邪魔するほど野暮にはなれないもの。
 それにしてもこのバカップルには苦労させられたわよ。
 キョーコは聞きしに勝る湾曲解釈振りで事実誤認を続けるし、敦賀さんは奥歯に物の挟まったような物言いをするし。
 今回あまりにもキョーコの事実誤認の激しさに流石の私も敦賀さんに同情を覚えてしまって動いたけど、あれだけ口説いていたのにストレートには言った事がなかったって何よね。
 まぁねぇ。
 逃げ場を残しておいたからキョーコが逃げずにいたと判断した敦賀さんは正しかったみたいだけど、敦賀さんの方が追い詰められちゃったんじゃね。
 それにしても〝あんな事態”に陥っていたのに、よくもマスコミに流れなかった物だわ。
 そこはやはり事務所の力なのかしら?
 LMEを選んだ私の判断は正しかったという事ね。尤も事務所が守ってやろうと思わせる女優でいなければ、敦賀さんと同じような恩恵に与る事は出来ないわけだから、精進あるのみ、だけど。
 キョーコの好きそうなアイテムよりも、私からプレゼントを貰う事の方が嬉しいらしいキョーコ。敦賀さんは毎年クィーン・ローザ〝だけ”を贈っていると称して、毎年小粒の宝石を忍ばせている。キョーコが高価な物を決して受け取らないから苦肉の策、って事らしいけど、後でばれた時どうする心算なのかしら?
 今年もバラに蕾が混じってるところを見ると、また仕掛けているわよね。キョーコったらいつになったら気付くのかしらねぇ。
 でも、高価なプレゼントだと受け取らないって解っていながらも、敦賀さんはいつでもキョーコに《本物》を贈る。芸能人は身に着ける物も本人の価値を評価するアイテムになる。敦賀さんは、キョーコを自分がいる高みまで引き上げる気でいるって事なのかも知れない。
 それだけ、敦賀さんはキョーコに本気、って事なのね。
 恋人でもない内から嫉妬してたらしい敦賀さんの独占欲は気になるけど、キョーコを高みへ導こうとする男は、キョーコの周りには敦賀さんだけみたいだし。
 社長は、引き上げる代償に遊びまくるのは必至だから対象外よね。
 キョーコを幸せにしてくれるなら、芸能界一良い男なんて評価を受けている男でも、まぁ、良いわよね。敦賀さんはフェミニストで通っているみたいだけど、殊キョーコを守る事に関しては、かなり苛烈みたいだから。敦賀さんの評価が多少落ちても、キョーコさえ守ってくれるなら、私には文句はないわ。

「誕生日、おめでとう。キョーコ!」
「モー子さん、ありがとう!」

 この笑顔を見られるなら、女友達では一番、というこの立ち位置も、うん、悪くないわ。




 Side マリア


 今年も無事にこの日を迎える事が出来ましたわ。
 初めて【ハッピー・グレイトフル・パーティー】を開いた頃は、私はこの日が嫌いでした。
 だって、私がママに帰って来て欲しいと我儘を言ったばかりに、ママは飛行機事故に巻き込まれて亡くなってしまったのですもの。
 ママの飛行機事故以来、私にとって誕生日は1年で最も呪わしい日になってしまっていましたのに。
 お祝いなんて出来ない日。世間はクリスマス・イブでパーティーを開いて楽しく過ぎていくこの時期を、私が楽しむ事は、ママに対して申し訳なくて出来なくなっていました。
 それを変えて下さったのはお姉様でしたわ。
 この1年で出遭った人達に感謝をするの、と。
 私達の力だけで小さなパーティーを開きたかったのに、おじいさまの匿名での乱入で、パーティーの規模は大きくなってしまって、お料理を担当されたお姉様の負担がとても大きくなってしまったのは困り物でしたわ。
 お祝いするのではなく、感謝をする日、に摩り替えて下さったお姉様の気遣いのお蔭で、私はこの日を楽しく過ごす事が出来ました。
 最後の最後で、おじいさまに真打登場宜しくお株を奪われてしまったのは残念でしたけど、あんなプレゼントがあるなんて、なんて幸福な日になった事でしょう。
 パパの『愛してるよ』の言葉は、まるで呪いを解く呪文のように、私の心を解いてくれましたわ。小さな子供のようにパパの腕の中で泣き疲れて眠ってしまった私は、一番の功労者であるお姉様の誕生日が祝われていた事も知らずに眠ってしまった事を翌朝になって知らされて、随分と情けない思いをしましたっけ。
 翌年からは、お仕事も増えて忙しくなったお姉様のフォローも兼ねて、私が主催して開くようになったパーティーは、日付が変わると同時にお姉様の誕生日パーティーに切り替わる事が定着しました。
 蓮様が日付が変わるのと同時にバラをプレゼントなさり「誕生日おめでとう」と仰ってから、ですけど。
 ワゴンで運ばれてくる巨大なバースディ・ケーキにお姉様が笑み崩れて、プレゼントに喜ぶお姉様を、蓮様がとても愛しそうに見守っていらっしゃるお姿を拝見するのも恒例の事。
 蓮様が誰か他の女の方にお心を向けられるのは淋しいですけれど、お姉様がお相手なら、私、認めますわ。

「お姉様、お誕生日、おめでとうございますですわ」
「ありがとう、マリアちゃん」

 蓮様、お姉様の満面の笑みを、これからも守って下さいましね。



 Side 社


 売れっ子俳優のマネージャーなんてしてると、どうしても大勢で会場に入るなんて事出来ないから、蓮と二人だけで受けなきゃいけないんだよな、ファン・ファーレ。
 このパーティーの延長線上に、キョーコちゃんの誕生日パーティーがなければバックれたいよ、ほんと。
 担当俳優がここ数年片想いを続けて、漸く想いが通じたばかりのキョーコちゃんの誕生日を真っ先に祝いたいという、蓮の希望を無碍に出来る筈もない。片想いを続けていた時ですら、蓮はぎゅうぎゅうに詰まっていた仕事のスケジュールを馬車馬のように消化してパーティーに行けるようにしていたくらいだ。両想いになった今年に一番にキョーコちゃんに「おめでとう」を言わせてやらなかったら、俺が恨みを買ってしまうよ、ほんと。
 あれだけ蓮に口説かれ続けても曲解しまくりで蓮の気持ちに気付かなかったキョーコちゃんが、とうとう年貢を納めたんだから。
 まぁねぇ。
 蓮が〝あんな事”になるほど思い詰めている相手がキョーコちゃんだとはっきり知らされて、それでも逃げようとした時は、流石にお兄ちゃんもどうしたものかと本気で悩んだよ。
 紆余曲折はあったものの、あちこちで蓮に掛けられる「良かったねぇ」という感慨深い声を耳にして、キョーコちゃんも往生したらしい。
 蓮にもキョーコちゃんにも、まだまだ不安要素はあるらしいけど、この先は二人で一つ一つ乗り越えていくんだろう。
 毎年、蓮が最初にキョーコちゃんに「おめでとう」の言葉とプレゼントを渡すのを邪魔しようとしていた琴南さんも、今年は流石に引いてくれたみたいだ。マリアちゃんと共同戦線を張って蓮に協力していたけど、今年はあの苦労がないだけでも砂糖の山を吐き出す苦労が報われている気がするよな。

「キョーコちゃん、誕生日、おめでとう」
「ありがとうございます、社さん」

 毎年一番乗りでプレゼントを渡した後の蓮が、その後はずっと見守る位置に着いて見つめている満面の笑み。
 これからもこの笑顔を守り続けるんだぞ、蓮。
 その為になら、おにいちゃんいくらでも頑張って協力するからな。



 Side ローリィ


 クリスマス・イブで世間が浮かれるこの時期に、俺にとってはめでたいマリアの誕生日にも拘らず、数年前まではろくに騒ぐ事も出来なかったこの日。
 今年も盛大にパーティーが開かれている。
 最上君の発案で開いた【ハッピー・グレイトフル・パーティー】は、自分の誕生日を楽しむ事をしなくなっていたマリアを心から楽しませてくれた。この機に乗じて、と息子を呼び寄せて会わせた事は功を奏した。
 あれ以来、このパーティーの主催は、忙しくなった最上君に替わってマリアが陣頭指揮を執っている。
 初めてパーティーを開いた年は、まだ幼かった事もあり、父親の腕の中で泣き疲れて眠ってしまったマリアは、最上君のバースディを祝う事が出来なかった事をひどく悔しがっていた。
 翌年からは最上君の誕生日を祝う計画を中心になって立てている。
 蓮が最上君に日付が変わると同時に祝いの言葉とプレゼントを贈るのを、マリアは率先して手伝っていた。琴南君が蓮の邪魔をしようとするのを、マリアは社と連携して妨害していたものだが、今年は琴南君が邪魔する気配がない。
 蓮から、漸く最上君と付き合う事になったと報告があった。
 最上君の親友である琴南君がそれを知らない筈もないから、出来上がったばかりのカップルに遠慮の一つもしたのだろう。
 日付が変わると同時に、蓮が大輪のバラをほんの数本最上君に渡す。最上君はこの瞬間はにかみながら受け取る。
 このプロセスは毎年のパターンになっている。
 一つのセレモニーを終えてから、『ハッピー・バースディ』の曲が流れる中で、厨房のスタッフが巨大なバースディ・ケーキをワゴンで運んでくる。
 パーティーを楽しんでいる参加者は、曲を聴いて初めて日付が変わった事に気付くようで、最上君が招待した人達が最上君へのプレゼントを持ち寄る姿が目に入る。ケーキを目の前にした最上君へ、美味しい料理への感謝を込めた拍手が贈られるのもパターンだが、毎回心が籠っている。
 嬉しそうな最上君を見守る蓮の顔は穏やかだ。

「最上君。誕生日、おめでとう」
「社長さん、ありがとうございます」

 ふわりと満面の笑みを浮かべる最上君は、輝く笑顔を浮かべている。
 蓮、この笑顔を守るのはお前の役目だ。





 Side 椹


 仕事の合間を縫ってこのパーティーに参加させて貰って何年になるだろう。
 社長からパーティーの趣旨を聞いた時は、最上君の発想に驚きつつも感動したものだ。
 最上君と蓮が付き合う事になったと聞いた時は驚いた。日付が変わる瞬間にこのパーティー会場にいたのは初めてながらも、日付が変わった途端に、蓮が最上君に大輪のバラをプレゼントする姿に照れを覚えたが、それが毎年のパターンだと聞いた時は、本気で驚いた。今まで蓮と最上君が付き合う事にならなかったのが不思議だった。
 あんなに良い笑顔を浮かべている最上君が、何故、今まで蓮の気持ちを受け入れようとしなかったのだろう。
 疑問は多々あるが、今この瞬間の最上君の笑顔はとても幸せそうだ。
 この笑顔が続けば、最上君のこれからの活躍も大いに期待できるというものだ。

「最上君、誕生日、おめでとう」
「椹主任。ありがとうございます」





 Side だるまや女将


 クリスマス・イブは居酒屋のうちにとっては稼ぎ時ではあるんだけど、キョーコちゃんから招待を受けた時は行ってあげたいと思ったんだよね。
 うちの人はクリスマス・パーティーには興味のない人だけど、何でも感謝の為のパーティーだという事だし、社長さんから日付が変わったらキョーコちゃんの誕生日だからサプライズ・パーティーにする心算なんだという話を聞いて、うちの人は二つ返事で行く事を承諾したっけねぇ。
 初めての年には気付かなかったけど、翌年からは人気俳優の敦賀 蓮さんが、キョーコちゃんに好意を持っている事に気付いた。うちの人は気に入らないみたいだったけど、でも敦賀さんはキョーコちゃんを本当に大切にしているようだしねぇ。
 大輪のバラをプレゼントして、その後はみんなに囲まれて笑顔を浮かべているキョーコちゃんを、敦賀さんは嬉しそうに見守っているものねぇ。
 敦賀さんがキョーコちゃんを大切にしているのはその表情からも解るから、うちの人も納得せざるを得ないみたいで、仏頂面ながらも反対はしていないみたいだよ、最近は。
 キョーコちゃんが幸せになれるなら、相手が人気俳優だろうとそこらのサラリーマンだろうと構わないんだからね。

「キョーコちゃん、誕生日、おめでとう」
「大将、女将さん。ありがとうございます」

 可愛い笑顔を浮かべるキョーコちゃんが幸せそうで何よりだよ。うん。





 Side 蓮


 漸くキョーコに想いが通じて付き合い始めた初めてのクリスマス。
 俺にとってはクリスマスよりもキョーコの誕生日の方が大切なイベントだ。
 キョーコがマリアちゃんの為に始めた【ハッピー・グレイトフル・パーティー】は、マリアちゃんの誕生日パーティーからキョーコの誕生日パーティーに移行する。
 これは毎年の事になっている。
 世間の恋人達のようにクリスマス・イブに恋人と過ごすというのもロマンティックで、キョーコの好みだろうとは思う。
 けれどそれよりも、俺はキョーコに『クリスマスのついでではなく、キョーコの誕生日を祝う気持ち』に包まれて欲しい。
 幸い明日の午前中は社さんの計らいで仕事がオフになっている。
 パーティーが終わったら、キョーコと一緒に過ごす約束を取り付けてある。
 パーティーの後片付けは、スタッフがやるらしいから、キョーコは片付けたがるけど、他の人の仕事を取り上げたらいけないと言って連れ出せるだろう。
 いつものように、日付が変わる直前に届けて貰った用意しておいたバラをキョーコに差し出す。今年は琴南さんが妨害しようとする気配もなくて、マリアちゃんと社さんの仕事が減ったみたいだ。まぁ、今年だけかも知れないけど。
 パーティーがお開きになって、キョーコを連れ出すまで、キョーコが楽しい時間を過ごすのを、俺は見守っていたい。

「キョーコ、誕生日、おめでとう」
「ありがとうございます、蓮さん」

 はにかむ笑顔が可愛らしくて、人目がなければ抱き締めたいところだけど、流石にここでそれをするわけにはいかないからね。
 パーティーがお開きになったら、俺のマンションで過ごす約束だから、その時は遠慮なく抱き締めたい。
 今は、キョーコの誕生日を祝ってくれる人達にこの場を譲っておくよ。



  We wish your happy birthday!












 最上キョーコちゃん

 お誕生日おめでとう!


 

 

 

 

「不安な夜 10 」



 社さんから聞かされた琴南さんからの呼び出しは、最上さんの事で話があるという。
 俺が最上さんを好きだという事を知らないのは、当の本人ばかりなりな状態に陥っている。
 当然琴南さんも知っているだろう。噂とかじゃなくて、琴南さんはラブミー部室に出入りする俺を見ていて俺の気持ちなど気付いていただろう。今まで何を言うでもなく、俺が最上さんと親しくしていると割り込んでくる事さえあった琴南さんが、最上さんの事で俺に話って一体何だろう?
 疑問と不安を抱えながらも、仕事は仕事。尤も仕事中は、個人的な事など忘れてしまえるから、仕事に支障を来す事などないが。
 順調に仕事を片付けて、琴南さんを俺のマンションに招くわけにはいかないから、事務所で待ち合わせた。ラブミー部室だと最上さんが来るかも知れないからと、小会議室を借りた。社さんが買ってきてくれた飲み物を片手に話を始める。


「それで?」


 琴南さんの顔を見ると、琴南さんは何か考えているような表情で俺を見つめてから口を開いた。


「敦賀さんは、キョーコに好きな子の事、話した事あるんですか?」


「最上さんに、俺が好きな子の事?」


 こくりと頷く琴南さんに、俺は首を傾げた。最上さんを相手に好きな子の事を話したという経験は、ない。


「最上さんに向かって、俺が好きな子の話をした事なんてないよ。……俺が好きな子は最上さんだし。ここ何年か、口説いてるんだけど、最上さん本気にしてくれなくてどうしたら良いか悩んでるくらいなのに」


 思わず溜息が漏れた俺に、琴南さんも小さく溜息を吐いた。
 口元に指を当てて小声でぶつぶつ何事かを呟き、きゅっと唇を引き結んだ。


「キョーコは、敦賀さんに好きな相手がいる事を知っているんです。それが誰かは知らないみたいなんですけど、その相手を敦賀さんが譫言で『キョーコちゃん』て呼んでいたって言ってました」


「譫言?」


「なんだよ、蓮。譫言でキョーコちゃんを呼ぶくらい思い詰めてたのか? ってか、譫言で名前呼んでもキョーコちゃんは蓮が好きな相手が自分だと思わないわけ?」


 社さんの驚きは一入だ。


「キョーコの思い込みって半端じゃないんですよ。『敦賀さんにキョーコちゃんなんて呼ばれた事はない。いつも最上さんて呼ばれるもの』って言って……」


「まぁねぇ。面と向かって口説かれても『冗談は大概にして下さい。他の人なら本気にしますよ』って返してて本気に受け取らないくらいだしなぁ」


 社さんの同情に満ちた視線が注がれる。いつもの事で慣れた。

 慣れた自分が何やら空しいけど。

 それにしても、最上さんの前で譫言なんて言った事あったっけ?暫く考えてみて、ふと思い出した。


「記憶はないけど、譫言言ったとしたら考えられる機会は一度あったね。ただ、あの頃は好きな人いなかったんだけどな」


 それに『キョーコちゃん』と呼ぶとしたら、あの頃の事を思い出した時だけだろう。覚えてはいないけど、あの時に言ったんだろうか。
 ん?


「最上さんが仮に俺に好きな人がいると知っていたとしてもね? それが何故『キョーコちゃん』て譫言で呼んだ事と繋がるんだい?」


「え?」


 琴南さんは思いも掛けない事を聞いたという顔をしている。詳細の説明まではしなくても構わないだろう。少しくらいは話しても大丈夫かな。


「俺は覚えてないけどね? 少なくとも最上さんの前で譫言を言ったとすれば、代マネをして貰った時くらいなんだ。少なくとも、その頃に譫言で誰かの名前を呼んだとしても、好きなコってのは有り得ないんだけどね」


「……少なくとも、敦賀さんには『キョーコちゃん』て呼ぶ覚えのある女の子はいる、と?」


 流石に琴南さんは冷静だな。


「そうだね。子供の頃に一緒に遊んでて、俺が暑気あたりを起こした時に、面倒見てくれた子の名前が『キョーコちゃん』だったね」


 懐かしい想いに囚われて口元が緩む。正面にいた琴南さんも隣にいた社さんもぴきっと固まった。


「? 琴南さん?」


 声を掛けると、琴南さんも社さんもはっとした。琴南さんが僅かに視線を逸らしてコホッと小さく咳払いをして顔を戻す。


「これが噂の〝蕩けるような顔”なのね。私まで見惚れそうになったわ」


 小さく何やらぶつぶつと呟いた琴南さんが、ふと気付いたように表情を変え、そして、考え込んだ。


「琴南さん? それが何か関係あるのかい?」


「え、いえ。キョーコが、自分は敦賀さんに『キョーコちゃん』なんて呼ばれた事なんてないと言っていて、そのくせ敦賀さんが好きな相手の名前が『キョーコちゃん』だなんて言ってる根拠が何かな、と思ってたんですけど。もしかして敦賀さんの表情が原因かなって」


「表情?」


「小さい時に一緒に遊んだという『キョーコちゃん』の話をする時の敦賀さんの表情って、キョーコの事を話す時の表情と一緒ですよ」


「!」


 思わず息を呑んだ。同じ表情でって、確かに同じ表情になるだろうな。同じ相手だし。
 琴南さんと社さんの視線が集中してるな。


 さて、どうやって誤魔化そう?


  続く








 クリスマス・イブにお送りするには些か物足りないお話になりました(;^_^A

 いや~どうしよう∑(-x-;)

 うちの蓮さんてうっかりさんだわっ!