自分だけのものにしたくて。


あぁ、簡単なことだ。


笑えば好いんだ。


写真は、無邪気な笑顔が僕に向けられている。




そうして、写真は、僕の手で灰となった。

今夜は酒蒸しサザエ!


 いやぁ、うまうまです。お酒が進みます(ぉぃ)。


 お刺身たご飯もいいですが、つぼ焼きが一番!


う~む、つぼ焼きをやると、台所やらトースターがひどいことになる(笑)


 とゆ~ことで、酒蒸しとなりました。


苦味は、大人の、ミ・カ・ク♪

あまりに、ばかばかしいので、同時に、腹も立つので、こちらに。

 母子殺害事件の差し戻し審がありました。

 これは、最高裁が、無期懲役に対し差し戻した事例です。

 大きな争点は、少年であること、少年に極刑が適用できるかということでしょうか。

 法解釈は、この際、司法に任せます。個人的には、少年法なんてもの、刑事裁判に情状酌量がある以上、特別必要ないんではないかと考えますが、そこは職務の迅速化、判断基準はより具体的に、ですよね。

 さて、先の事件について、差し戻し審の報道内容は、被告人の、ただの自己正当化です。

 弁護人は、弁護士であり、事実から酌量の余地のある事柄を拾い上げるのが仕事であるはずなのに、なぜ、被告人に、法廷で無駄口を叩かせるのでしょうか。

 重度の精神障害者や知的障害者を装わせて、酌量を求めているようにしか思えません。まぁ、差し戻し審のため、急激に変化した主張をそうそう呑むとも思えませんけど。

 この弁護人の法廷戦略は、司法に関わる人をばかにしているとしか思えません。

 儀式だのドラえもんだの、いまさら語らせていますが、警面、検面など一見記録からして、明らかなものを、遊んでいるようにしか思えません。

 言葉は悪いが、法律に、直に関わって働く人間を、馬鹿にしないでもらいたい。思想家なら、法廷外で、一私人として、好きに活動してもらいたい。

 法廷で語るのは、真実だけであって欲しい。

 その願うだけです。

 日本には、無期懲役という名の有期刑が存在するからこそ、極刑が必要なのだ。

 人の権利を語るのはいいが、それは立場から考えるのでなく、客観的に考えてこそ、法に関わる公益なのではないだろうか。

 弁護士は私人であり私益を得るが、公益に限りなく近いのだ。

 忘れてはいけない、弁護士の業務は、己の主義・思想が入り得る領域ではないのだ。

 さて、私としましては、異性(同性愛者なら同性含む)に(明示・黙示の)許可無く触れたりするものは、総じて極刑にしてしまえばよいと思います。性犯罪者なんて身の回りにいたとしたら、それだけで恐ろしいものです。事前にその者が罪を犯さないようにこの手で壊すことが出来たなら、残ったその存在を認めることができるかもしれません。

 

 犯罪者がいらないと言っているのでなく、犯罪を犯しても、(行動・精神に)常習性が残る人、或いはその可能性が極めて高い人には、己以外の他者に関わって欲しくないのです。

 最後になりますが、この日記で取り上げた事件の遺族の方にお詫びを申し上げますとともに、亡くなられた2人の命が、優しい魂のまま過ごされることを切に願います。