80’sの好きな為末のブログの一部を紹介します。
元アスリートであった方や今そうである方にはわかる人もいるかと思いますが、どこかで自分のライバルが活躍したとき、まるで自分の価値が落ちたと感じた事がありませんか。
相手が如何に大した事ないやつかを説明するのに必死になった事はありませんか。
本当は、自分で相手の活躍と自分の人生は関係ないとわかっていながら、その沸き上がる嫉妬心を止められなかった事はありませんか。
お金も似た状況を作ります。誰かが稼ぐと、まるで自分の財布の中からお金が減った気分になります。そんなとき大人は直接言うのは抵抗があるので、こんな言葉がついてでます。
『そんなに稼いで何に使うんだ。お金があったって幸せとは限らないんだ。世の中の価値はお金じゃないと知るべきだ』
あまりにも執拗に正論を言うとき、人は裏側に嫉妬とコンプレックスが潜んでいます。大人になると面と向かって嫉妬心は出てきません。もう少しいびつな形で噴出します。
自分の人生の目的は、他人に勝つ事で達成されるものでしょうか。そうだとすれば、世の中の大方の人間の人生の目的は達成されません。細かく区切って、『日本の中では』『この業界では』『社内では』とすれば、かりそめの勝者という感覚は得られるかもしれませんが、それは比較を制限しているだけです。
自分でもわかっていながらつぶっているその眼を開いて、世界中どこも比較対象にしたら、ほとんどの人間は敗者です。
しかし、果たしてそういうものが人生の目的かなと私は思います。もっと根源的な、誰にも評価されてもされないでも全く気にならない、自分だけの価値観があるんじゃないでしょうか。
例え勝者になったとして、それは勝ちたくて勝ったのか、それともみんなが賞賛するから勝ちたかったのか。後者の場合、勝つ事で自分の本当の望みは達成された事になるんでしょうか。
お金儲けは悪い事ですか?お金は力の象徴です。表面のこれまで習ってきた倫理観ではじいてしまわずに、よくよく深い所で自分に問うてみます。もし逃げなければ、何か深いところに到達できるかもしれません。
いや~、難しい話だけどいい話。
深いねぇ。
80’sもこれくらい深い内容のblog書けたらいいんだけど。。。
あと、いつも為末の文章は一段下げて書き始めていることに気付くんだけど、いや~凄いなって思います。
小学校で文章を書くときの基礎だよね。
一段下げて書き始め。
それがいつの間にか、こうやって頭っから書いちまうんだもんなぁ。。。
どんな事でも基礎があって、それはいつまでも変わらないもの。
すぐに基礎を飛び越えて、やっていたとしても行き着くところはやっぱり基礎なんだよね。