こんばんわ。
ブログお久しぶり。

先に話すと、骨折しました。(あっさり)
骨折してから今日に至るまでのお話を綴りたいと思います。




今年の3月に専門学校を卒業して早2ヶ月が経ちました。
すなわち現在社会人2ヶ月目です。生まれたてのほやほやです。


社会人になって何か変わったか?と聞かれれば答えはNOです。
専門2年生の4月からインターンとして現場に出させてもらって
7月には内定をもらって、それからというもの学校で過ごす時間よりも
現場で過ごす時間の方が多くなっていき、気がついたら学校を卒業して
気がついたら社会人になってしまっていた、という感じです。
しいていうなら、現場が休みの日に学校に行かなくてよくなったことくらい。
あれ、むしろ楽になったのかしら??笑
だから社会人になったからといって生活が一変した、とか
そんなことは特になく、相変わらずな生活を送っています。


大きいところだと
さいたまスーパーアリーナとか、
東京ドームとか、
エコパスタジアムだとか。

小さいところだと
Zeppとか
地方のホール会場だとか。

いろいろ経験してきたよ。


いい感じに成長してきたよ。
これからもっと頑張らないと、って。
社会人になったらもっと頑張らないと、って。


思ってた矢先に、の出来事でした。



5/2(月)23:30頃
リハスタ終わりに豊洲駅ホーム階段を下っていたところ、




階段から落ちました。



身長の高い先輩と真面目な話をしながら階段を下っていたんです。
真面目な話をしていたので目を見ながら話していたんです。
小学生のときに話をするときは相手の目を見て話しなさいって習ったから
目を見て話すために目線は上の方にあったんです。

そしてそろそろ階段おわるかなぁ、と思って一歩踏み出したら、



残り3段もありました。



そのまま落ちて、せめて上手に着地できれば良かったんです。
でもたかはしの鈍臭さはピカイチでした。



ぼきっ!!と音を立てて着地しました。



3分くらい、あまりの痛さに立ち上がることが出来ず。
しかし先輩もRHおわりで疲れていて早く家に帰りたいであろうに、
こんなわたしのドジに巻き込むわけにはいかない、と思い
気合いで立ち上がってみたら、なんとか歩けてしまい、そのまま気合いで帰宅。



でも帰宅してから痛みが増して増してついには号泣。
痛くて泣くのとか何年ぶりだったかな...笑


我慢できなくて夜間病院を探すことに。
でも内科とか外科の夜間病院はあっても
なかなか整形外科のある夜間病院ってないのね。


電話しまくること2時間。
そのときの時刻既にAM2:30。
明日も仕事が入ってるから昼間に病院はいけない。
ってゆーか世の中GWだから病院自体お休み。
絶体絶命だったところ、うち内科しかないけど診てあげようか?
と言ってくれた優しい先生を見つけて病院へ向かいました。


そこでレントゲンを撮って診断されたのは、
左足腓骨遠位端骨折でしたー。

まぁようは左足のくるぶしあたりをぼきっとやっちゃったってことです。


しかし内科の先生に診てもらったが故にそこでは応急処置のみ。
ギブスとか専門的な治療は後日改めて整形外科に行ってやってもらいなさい、
との指示を受けてこの日は帰宅。
この時点で時刻AM5:00。


そこから今行ってる現場のチーフとうちの会社の社長に
骨折しちゃいましたすいませんのメール入れて。
次の日というかもうこの日の10時からまたリハがあったから、
ほぼ寝ないで慣れない松葉杖使ってスタジオ向かって。


それからそれから5/12まで松葉杖の状態でスタジオと現場こなしたよ。
現場では松葉杖移動が困難なところもあるから台車に乗っかって
それを車いす代わりにしたりして。笑


でもそしたら整形外科に行く時間見つけるのも大変でね。
やっと半休もらって病院行ったら、安静にしてなきゃいけないのに
安静にしてなかったもんだから脚がぱんぱんに晴れ上がっちゃっててね。
これじゃギブスは出来ないって言われて追い返されちゃったんだわ。
ギブスって腫れが引いてないとできないんだって。


もう泣きそうだったよ。
頑張って現場こなしてやっとの思いで病院に行ったのに治療も出来ない。
骨折したところはほんとは痛いけどそんなこと言ってたら仕事できないから我慢して。


その3日後からはツアーが始まる予定でさ。
名古屋に行く予定だったんだわ。
でもそこはどうしてもわたしが動けないから会社の先輩に頼んで
わたしの代わりに名古屋に行ってもらった。


でもそれが終わってからすぐにどんどん地方遠征は続くわけで。
そこにはわたしが行くしかなくて。
でも現場で動けないことが原因で足手まといになって怒られてしまうことが多くて。
次の現場に行くまでにこの脚が治って動けるようになるのかと言われたら
そんなことはまずあり得なくて。


いっぱい考えた。
わたし以外の人を今からでも雇ってもらったほうがいいんじゃないかって。
でもそれはわたしのツアー途中離脱を意味するわけで。
悔しいよね。社会人一発目の現場でやる気満々だったのにこんな結果って。


でも動けないことは紛れも無い事実であって
これ以上迷惑かけられないと思って社長にこの気持ちを電話した。


それから現場のチーフとうちの会社の社長が話し合ってくれて、
その結果、
「現場チーフがこの現場について何も知らない子を新たに雇うより
動けなくてもいいからたかはしに来てほしいって言ってるんだけど
お前は頑張る気持ちある?」って言ってくれて。


でも動けないと仕事にならないから社長がわたしとあともう一人、
ピンチヒッターでわたしの脚が治るまでの間雇ってくれて。
動けない間はお前がピンチヒッターの子を手足として使って仕事しろって
言ってくれて。


人を雇うってとってもお金が必要になる話なんだ。
特にツアーってなると、新幹線や飛行機の移動費、
宿泊費、お弁当代、いろいろかかる。それプラス ギャラ。


わたしが怪我をしたせいでほんとはかけなくてもいいお金を
かけてくれる人がいる。
それでもわたしにここで働いていいよって言ってくれる人がいる。


こんなにありがたい話はないと思う。
ましてやこんな社会人2ヶ月目のぺーぺーに。


社長、電話でこういってくれた。
「これを乗り切ったらお前も一皮剥けるから。
お前の取り柄は元気がいいところなんだから
動けなくてもいい、元気に仕事しろ。一緒に頑張ろう」って。


ほんとだったら何してんだよお前、って
怒られてもおかしくないのに。


だから頑張ろうと思う。
20日から新幹線に乗って地方いってきます。
ヘルメットかぶって元気に仕事してきます。
色んな人の力かりて頑張ってきます。

優しい人がたくさんいるから、たかはし頑張れてます。


早く脚治して走り回れるようにならなきゃね。



やっぱりこの仕事が好きです。
頑張るぞ。社会人1年生!


とてもひさしぶりにブログを書きます。

誕生日ぶりの更新です。5ヶ月ぶり。

この5ヶ月間になにがあったかな。
たくさんあった。

いちばんのビッグニュースと言えば内定が決まったことかな。
はい、ぱちぱち~👏
第一希望としていた舞台監督会社で7月に内定取りました。

それからたくさん研修に行かせてもらった。
たくさん怒られた。
お前最低って言われることもあった。
それで泣いて落ち込んで現場に行くのが怖くなることもあった。
でも頑張ってたら分かってくれる人は必ず居て、
よく頑張ったね、って言ってもらえることもあった。
山あり谷ありで、楽しいばっかりの毎日ではないけど、
舞台監督っていう仕事を早く自分の居場所にできるように、
頑張ろうって気持ちでいっぱいの毎日を過ごしています。

内定決まる前は
「舞台監督なんてなれないかもしれない、向いてないかもしれない」
って夢に対して後ろ向きになることもしばしばあったけど
最近は「やるしかない、やればできる、できなかったらもう一回頑張ればいい」
って前向きに考えることができてます。
これは研修を続けてきたなかで成長出来たことのひとつなのかな。

他の会社とうちの会社で違うなって思うところは
新人だろうが何だろうがどんどん仕事を振られるところ。
なんでも「やってみ?」ってわたしに仕事を任してくれる。
初めてやることばっかりで失敗することばっかりだけど、
決して優しくはないけどちゃんと教えてくれる。
教えよう、育てよう、って気が伝わってくる。
会社の人全員がそういう気持ちでわたしに接してくれてるのがわかるから、
だからそれに応えないといけない、そう思ってる。
だからわたしはこの会社の人たちがみんな好き。
キツく怒られて、悔しくて、できない自分が不甲斐なくて泣くこともあるけど
怒ってくれるのはもっとお前ならやれるって思ってくれてるってことだし
マイナスなことじゃない。
だから、だから、この会社に入れることになってよかったなって思ってる。
この人たちみたいになりたいなって思ってる。

あとはね、本番前までいっぱい辛いことあるけど、
本番始まってからステージの上でアーティストがきらきらしてたり、
客席でお客さんが楽しそうに笑ってたりするのを見ると、
ほんとにほんとにうれしくなるの◎
そのライブでわたしが貢献出来てることなんて全体の1%にも
満たないかもしれないけど、それでもちょっとでもひとを笑顔にするための
手助けができたのかもしれないって思うととーっても嬉しくて。
だから今度は自分がそのライブの中でもっともっと貢献率を上げていけるように
がんばりたいなって思ってるの。

今の日本で、なんの妥協もしないで希望の職に就ける人って
どのくらいの割合居るんだろう。
希望の会社に就職出来る人ってどのくらい居るんだろう?
希望の職に就けたからって毎日楽しい訳じゃないけど、
笑ってられることばっかじゃないけど、辛いことの方が多いけど、
だけどやっぱり毎日が楽しいです、今。
しあわせだな、って思います。

4月からちゃんと働きだしたら、
うちの会社の人間が誰も居ない現場に放り込まれることも増えるし、
(現にいま放り込まれてるけど←)
そうなったら教えてくれる人も居なくて、
いまよりもっと過酷な現場も増えるけど、
だけど自分で決めた道だから、絶対頑張ろうって
本気で思ってるんだ。


あとはあれだね。
ミセスが7月にデビューして、
はうるが来春デビューして。
こんなにうれしいことってある??笑

仕事のせいで行けないライブが増えて
もどかしいところもあるけど、
わたしも内定が取れて、2つのバンドもデビューして、
これでわたしたち全員、
プロのステージにプロとして立てる環境に入れたってこと。
それがなによりうれしくて。

わたしもミセスもはうるもまだまだプロとは呼べないかもしれない。
でも業界に入ったら新人だろうがなんだろうがプロとして仕事をしないといけない。
それがお金をもらうための最低条件だと思う。
だから1日でも早く自信を持って、胸を張って、誰から見ても君はプロだねって
思ってもらえるような人にならなきゃいけないなって思うの。

わたしは「学生」って言う肩書きが消える。
はうるとミセスは「インディーズ」っていう肩書きが消える。
世間の人たちから舐められるひとつの要因となる2つの肩書きだけど
裏を返せばこれらはわたしたちを守ってくれてたものでもあるのかもしれない。
それがなくなるってことは、大人たちの視線や言葉が今まで以上に
重く鋭くのしかかってくるかもしれないってこと。
今まで以上にしっかりしないといけないってこと。
腹をくくって、覚悟を持たないといけないってこと。

夢かなえるのも大変だけど、
夢かなったってそこからがまた大変なんだわ。

でもだから面白いんだと思うんだよね。
夢かなっておわりじゃないから。
これからもっとデカい夢かなえないといけないから。


はうるとミセスの舞台監督、
いつかぜったいやるから。
ぜーったいやるから!!!!
わたしがチーフ張ってぜったいやるから!!!
flumpoolだってやってやる!!!!

このくらいのおっきい夢掲げてた方が
絶対に将来が楽しいから、わくわく出来るから。
たのしいことたくさんのほうが面白いに決まってるから!!

だからそれまでにいっぱい修行すんだ。
がんばろう頑張ろう

えらそうなことたくさん言ったけど
口だけでなんか終わらせないから。


さてさて明日もおしごとだ。
がんばるぞ。

2015.06.17
たかはしゆかハタチになりました◎

びっくりですね。たかはしがハタチ。
だいじょうぶ。本人が一番びっくりしてるから。

たかはしが就活。
たかはしがハタチ。
次やってくる驚きは恐らく、
たかはしが社会人。です。

この20年間、いろいろあったね。
おうちのこと、学校のこと、友達のこと、自分のこと。
いやなこといろいろあった。
でもあっという間だった。
気がついたらハタチです。
びっくり。

でもわたしの中で一番大きな出来事はやっぱり
fliumpoolに出会ったことだな。
2010年12月25日にflumpoolの横浜アリーナ公演に
行ったことが一番の人生の転機だったなと。

なんかすごくありきたりな言葉だけど
flumpoolを好きになってなかったらわたしは
音楽をこんなに聴いたりしていないと思うし、
2010年のクリスマスの日に高校受験のことなんか
おかまいなしに人生初のライブに行ってなかったら
こんなにライブに行く人生を送ってなかったと思う。

そしてあの日、アリーナの3階席の一番ステージから遠い
ステージを正面から見下ろせる位置でライブを見てなかったら
わたしはライブの世界で働きたいだなんて思ってなかったかもしれない。


あの日からどうにかして音楽に関わる仕事がしたいと思って
ネットで色々調べまくった高校一年生。
この頃からもうわたしは絶対音楽業界で働くんだーって
馬鹿みたいにまっしぐらだったな。それ以外考えてなかった。
どんな仕事があるのかも、なりかたも分からなかったのに笑

日に日にライブに行く回数が増えて音楽に関わる仕事ではなく、
ライブに特化した仕事がしたいと思う様になった高校二年生。
この頃からかな。すごく高校が辛いと感じる様になったのは。
大学には進学しないって意思を学校に伝えたら反感食らって
周りは大学進学ばっかりだったからなんとなく学校に居づらくなったりして。
でもこの頃からいろんな専門学校を見て回ってプレ授業とか受けまくって
音楽業界にはどんな仕事があるのか軽く勉強したりして。
はうるに出会ったのもこの年。
ライブハウスデビューもこの年。
これが第二の転機だったかもしれない。
中学生の頃からflumpoolしか目になかったわたしが初めて
他の音楽に耳を傾けた瞬間。
その初めての音楽がまさかインディーズバンドだなんて
それもちょっとぶっとんだ話だよね。笑
今思えばflumpoolしかほとんど見たことない状態で
よくもまぁライブの仕事する!って
自信満々に言ってたなぁと思うけどね笑

高校三年生はもう高校もサボりまくって
バイトとライブにしか行ってませんでしたね←
卒業に必要な単位と出席日数ぎりぎりでした。笑
この年の6月にはもう専門のAO入試を受けてましたね。
で、たしか10月頃に合格して入学が決まったんだっけ。
高校に居る間はどう頑張れば音楽業界で働けるのかわからなくて
頑張りたいのに頑張る方法が分からなくって毎日悶々としてたんだけど
専門学校の入学が決まって、来年からやっと頑張れるんだ!って
思ったら嬉しかったなあ。

で、やっと専門学校入学。
いろんな勉強をしてお仕事があることを知った。
夏休みはいろんなフェスのインターンに行った。
初めてがたくさんだった。
インターンのせいで行けなくなったライブ
沢山あったけど、頑張り方が分かったいま、
それが嬉しくってライブ行けないのは辛かったけど
やれることは全部がっついてやった。
実習ライブでチーフもやった。
その経験から選んだ職業は舞台監督だった。

それからそれから2年生になって生活が一変しました。
生きてきたなかで一番の変化かもしれない。
春休みに舞台監督助手として初現場に行ったこと。
それが終わってから今度はツアーに同行させてもらったこと。
一気に夢が現実味を帯びたというかなんというか。
別にインターンだから現場に行ったからって就職が決まる
ってもんでもないしこれで夢が叶います、いえーい!ではないんだけど、
初めて本物の現場に行かせてもらってすごく夢をリアルに感じた。
現場では勿論出来ないことだらけ。
だけどいま同行させてもらってるツアーのスタッフさんはみんな優しくて
失敗したらそりゃ怒るけどそのあとにちゃんと教えてくれる。
そこからたくさん学ばせてもらってる。
それにプラスして学校の実習ライブでもチーフをやってて。
こっちはインターン以上に上手くいかないね。
この前上手くいかなすぎて頭パンクしてプチパニック起こして
学校でリアル大号泣するっていう事件を起こしたよ。笑
難しい、ほんとに。
だけど、頑張るから、
がんばってるから。
だいすきなミセスとライブ作れるんだから
こんくらいへっちゃらです。

これからのことも少しずつ決まりそうな感じ。
今日インターンでお世話になってる会社の社長から
電話が来て夏休みの現場の話をもらった。
野外現場で過酷で体力的に厳しいからインターンで
女の子にはあんまり入ってほしくないんだけど、
高橋だったら入れてもいいよって言ってくれてる人も居るから
この現場高橋に入ってもらって、色々勉強してほしいなって
思ったんだけど、この現場やる?って。
びっくりした。誰がそんなこと言ってくれたのかは知らないけど、
わたしだったらいいよって言ってくれてる人が存在するらしい。
嬉しかった。頑張ってるところ認めてくれる人もいるんだ、って。
引き受けないわけないよね。
でもその現場の関係でミセスのリリパが危うくなってきたんだよな~。
まだスケジュール貰ってないから何とも言えないのだけど。
行けなかったら行けなかったで仕方がないけど、
多分一生後悔するやつ。笑
行けますよーに!!と今はひたすら神頼みして
スケジュールが届くのを待つことしか出来ません。笑


最近ほんとに不安だ。
この仕事ほんとにできるのかな。
この仕事就いたとしてやっていけるのかな。
学校もインターンも壁に打ち当たりすぎて
自分の力で打破出来ない状態が続いてて
もがいてもがいて苦しくて
元気が出ないんだよね。

でもやっぱり折角見つけた夢、
ずっと追いかけてきた夢、
もしかしたら手が届くかもしれない
ところまで来てる夢を
今更諦めるなんてできなくて。

やっぱりわたしは馬鹿みたいに
頑張るしかないんだと思う。
特別頭が良いわけでもなく(むしろバカ)
特別何か秀でている才能があるわけでもなく
ただただ「夢かなえたい!」って気持ちだけが
人一倍強いだけの人間だから。
幸い興味のあることはとことん頑張れるのは
唯一の取り柄だと思ってるから、
そこでこの状況を乗り越えていくしか道はないね。



まだまだ元気は出ないけど
すこしずつ元気出していこうと思うよ。

おとなだもん。
いろいろ我慢も出来るし
いろいろ耐えることだってできるもん。


就職はどうなるかいまいちわからんけど
とりあえず与えてもらったものと
自分から手を伸ばしたもの、
目の前にある2つのことを今は精一杯
頑張る。







一年前の今日はミセスのライブだった。
ミセスのお客さん4人だけ。

一年経った今日。
スペシャアプリでMVが公開されて
何百人何千人って人がそれを見て
Twitterで書き込みをいていた。

一年で人はこんだけ成長出来る。
わたしだって去年と今じゃ置かれてる環境が全然違う。

365日って短いようで意外と長い。
来年の今日はみんなどうなってるかな。

みんな幸せであります様に。
わたしも笑えてます様に。






たかはし、ハタチになりました。
お酒飲みたい。