ご無沙汰しすぎて、季節が3回ほど巡ってしまった。
今、私が向き合っているのは、父との生活。
自分では、『今、90歳で2月15日が来ると91歳だ』と言い切る父。
病院のお薬袋を見ると、89歳だって。
一昨年、暮れに風邪をひいて寝正月をしたら、父は歩けなくなっていた。
歩かないから、脚はむくみ血流も滞って来た。
3月、喘息を発症したことと、脚のむくみを取るために、40日間入院をした。
まだ、頭の綻びは大きくなかった。
鬱血性の心不全 という病名を付けてもらい、月一度の近所の病院へ定期検診に通っているが、半年に一度の大阪の病院は、ついに、行けなくなってしまった。
その理由は、車で移動する往復の距離と待ち時間の長さ。
この2つで、父は完全に『自分本位』になってしまった。
大阪の先生の診察室は、世界中から患者さんが来ていて、予約しても3時間待ちは当たり前。
『おじいちゃん、遅いね』と私が話しかけると『先生は、お昼ご飯もたべてへん。せやから、黙って待とう。』と言うていた父なのに、
3月の時には『もう、かなん💢先生、こんなに待たされては困ります』と言う父がいた。
12年前に、ステージ4の膀胱癌だった父を、ストーマを付けることなく、生かして下さった先生。
その先生と、専門的な話をするのが好きだった父。
そのために、私は大阪を行き来した。
確実に、父の頭は綻んでる。
そう思うた私は、10月の予約を取り消した。
5年前に母が亡くなって、離婚してる私をいつの間にか、母と間違えてることも見受けられる。
『俺らは、もう死ぬだけやから…』
ちょっと待ってよ‼️
私、まだ、自分の人生生きてないし💢
と、思い、
『私の名前わかる??』と聞いてやる。
名前がわかっても、自分の子どもか、孫かわからなくなっていることも、しばしばある。
ただし、外にいる私の妹と話す時は正気のように感じられる。
頭の綻びは、やはり、歩くことが無くなると見えてくるようになった。
以前10年日記をプレゼントしたのが悪かった。
覗いたら、私の悪口ばかり書いてあった。