いくら仏壇に美味しい果物やお茶菓子を供えられても、故人の口には入りません。ボクが前から思っていたことです。どうもそれは、供えている人たち自身が自分の時にもそうやって、貰えるというような安心感からのようで、いずれにしても故人が味わうことが出来ないことには代わりがありません。

 

ボクらが幼い時の子守は、ともかく葬儀好きというか何かにつけて親しくもないのに告別式などに出席するおばぁちゃんでした。どうしてそんなに葬儀に出るのって・・・・訊くと、自分が亡くなった時には、大勢の人に来て欲しいから・・・・と。

 

ところが、その方は94歳まで長生きされて、殆どの友人や知人の身内の方にも音信普通で連絡がつきません。結局、家族葬という事になりました。なんだかなぁ。・・・皮肉なものです。

 

ボクの小学生の時の恩師はお坊さん出身です。30歳くらいの時に、葬儀について尋ねたことがあります。「先生。・・葬儀って誰のためのものなんですかと。」とてもストレートな質問にキョトンとされていましたが、「それは出席者のためのものだよ。」と明快に答えられていたことが思い出されます。

 

しかし、故人のことをお盆や、お彼岸ということで、偲ばれる事はとても良いきっかけだと思います。別にそれは、いつであってもいいと思うし、故人との思い出にふけることも、友人たちを交えて酒の席であっても良い。一々墓前にまで出かける必要などない。

 

生き物の中で、お墓が必要なんだと考えるのは人間だけです。