今日は昼から
やけにモヤモヤした気分だった。


理由はわかっている。


午前中に同僚から聞いた話が
モヤモヤの原因だ。


それはこんな話だった。


この前タイ料理屋で
タイカレーを食べたら
それがとにかく美味しかった。


というだけの
ただの美味いもの話だ。


でもその話のせいで、
僕は完全にカレーモードに
なってしまった。



ランチタイムになると、
いそいそとエスニック料理店に
向かった。


その店は、
夜は混んでいるけど昼は思いの外
空いていた。


だから、
今日も空いているだろうと思い
店に行った。


そうしたら、
何故か行列が出来ていた。


どうやらフリーペーパーに
この店のクーポン券が付いていた
ようだ。


普段は見掛けないような
大学生風のグループもいて、
待ち時間が長そうだった。


だから、
潔くその店は諦めて、
第二候補の店に行った。


がしかし、
今日に限ってその店も混んでいた。


もうムキになって
第三候補の店に行こうと思った。


でもそこで考えた。


昼休みは限られている。


ここはひとまず抑えろ自分・・・


それで結局、
キッチンカーを見つけ
オープンサンドを食べた。


それはそれで、美味しかった。



でもやっぱりカレーが食べたい。


出来ればエスニックなヤツ。



カレーって強い。


カレーの誘惑には
かなりの確率で負けている。


そういえば、この前は
カレーパンの誘惑に負けた。


情けない・・・・・ とは思わない。


食事は大事だから。



なんて言い訳をしながら
仕事帰りスーパーに寄って
タイカレーの缶詰を購入した。


今日の晩ご飯はこれで決まりだ。



スーパーから出ると
小雨が降っていた。


傘を差そうとした瞬間、
鈴の音が聞こえ、
僕の足下を黒い影が横切った。


その影は、
スーパー出入り口付近にある
屋根付き駐輪所で止まり
毛繕いを始めた。



黒い影は、黒猫だった。


赤い首輪をした綺麗な猫だった。



僕は大学生の頃に出会った
不思議な黒猫を思い出した。


その黒猫も赤い首輪をしていた。


名前はクロ。


見た目は可愛かったが、
かなりの女好きだった。



信じてもらえないかもしれないけど、
僕はそのクロと会話が出来た。


別れてしまったけど、
未だに僕が想いを寄せている彼女も
クロと会話が出来た。



世の中には、
"黒猫が横切る"なんて事を
嫌う人がいる。


縁起が悪いとか、
不吉な事が起こる前兆とか・・・


僕はそんなことは
ただの迷信だと思っている。



僕にとって黒猫は、
不思議で素敵な出来事が
これから起こる前触れ
みたいな存在だ。


だから今、
少しだけ心が弾んでいる。


これが素敵な事かどうか
という事はさておき、

今日の晩ご飯のチョイスは
きっと間違ってはいない、
という確信は持てた。



僕は傘を差すと
足取り軽く帰路についた。





マンションがある通りに
差し掛かると、
僕のかなり前を
赤い傘を差した女性が歩いていた。



"あの人"だ。



僕は街灯の明かりに照らされた
傘越しの後ろ姿に目を奪われた。



"あの人"とは
僕が少し気になっている
女性だ。


"あの人"の後ろ姿は、
僕が未だに忘れられない
元"彼女"にそっくりだった。



でも実はまだ、
"あの人"の顔を見たことがない。


後ろ姿だけだった。


それでもつい、
"あの人"と別れた"彼女"を
重ね合わせてしまう。



"あの人"とは
同じマンションに住んでいるけど、
普段なかなかお目に掛かれない。


生活時間が違うみたいで、
通勤中に見掛けたことが一度もない。


でも、どうやら
この時間帯に帰宅しているようだ。



本屋に寄り道しなくて
正解だった。


今日はタイカレーに向かって
一目散だったから、
脇目も振らず
スーパーの缶詰売場に行った。


案外、ランチにカレーを
食べ損なって
良かったのかもしれない。


後ろ姿だけ目で追っていた
"あの人"の行動が
少しわかったわけだから。


なんだか嬉しくなり
思わず口元が緩んでしまった。


僕ってかなり単純だ。



そんなことを思いながら
"あの人"の顔見たさに
僕は早足になっていた。





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