何度か肩を叩くと
平手くんは周りを見回し
ゆっくりと立ち上がった。


かなりふらついていた。


そして、おぼつかない手で
鍵を何度も鍵穴に差し込んだ。


「鍵開かないんでしぃ~。
 ここ510号室でしよねぇ・・・」


と、少々呂律の回っていない口調で
首を傾げて聞いてきた。



えっ、


平手くんまさかの同じ階・・・・・


端っこ同士だったの!?



「もうどうでもいいや・・・
 ここで寝まし・・・・・」



と言って平手くんは
また地面に座ろうとした。



ちょっと、それはやめて!



わたしは部屋に入りたいの!!



なんでこうなるかなぁ・・・・・



わたしは彼が座り込む前に
腕を引っ張った。


すると彼が肩に
もたれ掛かってきた。


かなりお酒臭かった。



接待でもあったのかな・・・


お酒弱いから
そういう付き合い大変そう・・・



彼の顔が間近に迫り
自分の耳が熱くなっていくのを
感じた。



ここはわたしの部屋、
真東の501号室の前。


反対側の真西510号室が
平手くんの部屋ってことでしょ・・・


いくら彼が細身でも
上背がある酔っぱらった男性を
わたし一人で運べるとは
到底思えなかった。



もうこうなったら
平手くんをわたし部屋に
入れてしまおう。


そう決心し部屋の鍵を開けた。


すると彼は、


「あっはぁ~ 開いたぁ~
 ありがとうごじゃいやし」


と言い、
どうやら自分の部屋と
勘違いしているらしく
ふらふらと入っていってしまった。


そしてソファーに深く腰掛けると
眼鏡を取って仰向けになった。



「水飲みますか」


わたしがそう聞くと、
彼は、


「あー・・・
 すいましぇん・・・
 親切でしね・・・・・」


と、わたしに笑顔を向けた。



久しぶりに見た彼の笑顔に
口元が緩みそうになった。


でも、酔っぱらってなければ
もっと良かったのに・・・



コップに水を注いで渡すと
彼はそれをゆっくり飲んだ。


疲れきった彼の顔を見て
わたしは思わず、


「仕事大変なの?」


と聞いていた。


彼は首を横に振った。


「じゃあなんで
 そんなになるまで飲んだの?」


これまた、
口をついて言葉が出ていた。



彼は眠そうな目で
瞬きを繰り返した後
話し出した。



「失恋でし・・・」



失恋・・・ 好きな人いるんだ・・・
 


「彼女・・・もう男いて・・・・・
 今日見ちゃたんでし・・・」



見ちゃった? 何を?



「ハァァァ・・・最悪でし・・・・・
 抱き合ってるとこ 
 見ちゃうなんて・・・・・
 しかも、まだ昼過ぎでしよ・・・」



なんて女なのっ!?


平手くん、
そんな女のどこがいいの? 



と、心で呟いたつもりが
声に出ていたらしく、


「その人のどこがいいの?」


と聞いていた。


平手くんは
大きな欠伸をした後に
水を一口飲むと答えてくれた。



「どこって・・・・・
 顔とか・・・声とか・・・性格とか・・・
 匂いとか・・・あ~・・・しぐさとか・・・」



何それ・・・全部じゃない!?


なんなのよ、その女!!!



「あ~・・・ 
 声似てましね~。
 その声・・・好きでし・・・」



わたしと声が似てるの・・・


そんなの全然嬉しくない・・・



「僕が原因で別れたんでしよ・・・
 僕が、子供だから・・・・・」



別れたって・・・


その人と付き合ってたんだ・・・



「かっこわるいでしよね・・・
 未練たらたらで・・・・・」



わたしも貴方に未練たらたらです・・・



「ずっと後悔してることが
 あるんでしよ・・・」



わたしも後悔してるんだよ・・・


ねえ、平手くん・・・・・



「彼女のこと・・・
 名前で呼べなくて・・・・・」



わたしのこともずっと
恥ずかしがって
"長濱さん"って言ってたよね・・・



「名前で呼びたかったぁ・・・・・」



わたしも名前で呼ばれたかったな・・・



わたしは、
つい"その女"の名前が知りたくて、



「彼女の名前は何て言うの?」



と平手くんに聞いていた。



すると平手くんは
酔っぱらって赤くなった顔を
さらに赤くした。


よっぽどその彼女が好きみたいだ。


わたしは見たこともない
平手くんの元カノに嫉妬していた。



平手くんは俯いたまま呟いた。





「ねる・・・・・」





へっ・・・


今わたしのこと呼んだ・・・


えっ、酔い覚めちゃったぁ・・・・・



ん!?





「ねる・・・って言うんでしよ
 僕の好きな人・・・・・
 長濱ねる・・・ハァァァァ・・・・・」





・・・・・ちょっと待って、



わたし、長濱ねるですけど・・・





えっ・・・ えええっっ!?



待って、待って!?



そんな不意打ちズルいよ平手くん!!



しかも酔ってるし・・・・・





わたしは
動揺と嬉しさと恥ずかしさで
プチパニックを起こしていた。


水を飲んで気持ちを落ち着かせた。



でもわたし、
男の人と抱き合ってなんて
いないけど・・・しかも外でなんて・・・


それに今日でしょ・・・・・



わたしは今日の出来事を
振り返った。



普通に出社して、
午前中は普通に仕事して、
午後から社内行事の
バーベキューの準備して、

それで
渡辺主任と買い出しに行って・・・



あー・・・・・ えっ・・・ あの時・・・?



メッセンジャーが通った時だぁ!?



でもあれは
抱き合ったというより

転ばないように支えてくれたのよ、
渡辺主任が。


近くにいたんだ・・・平手くん。



あれは、何というか・・・事故・・・・・


んー・・・


そう不可抗力みたいなもので・・・・・





って、寝てるし。





わたしが
今日を振り返っている間に
平手くんは
ソファーで寝息を立てていた。



わたしは太股に置かれた眼鏡を
テーブルに移し、
彼にそっとタオルケットを掛けた。


彼に触れたかった。


だけど我慢した。



思わぬ形で彼の本心が聞けたのは
もう飛び上がるくらい嬉しかった。


まさか
自分で自分に嫉妬していたなんて
恥ずかしすぎる。


でも、今ここで平手くんが
泥酔状態で寝ているのは
わたしに原因があるという事も
わかった。


何やってるんだろ、わたし・・・


彼の心、こんなに傷つけちゃった・・・



正直、朝を迎えるのが怖かった。


朝には彼の酔いは覚めてしまう。


そうしたら、
一体どんな反応をするのだろう・・・



わたしはある意味
非現実的なこの現実を前にして
眠れる気がしなかった。





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