枕元に置いてあるスマホのアラームが
鳴った。
朝が来たようだ。
眠たい目を擦りながらスマホを手に取ると
少しひんやりしていた。
最近めっきり朝晩が
冷えるようになってきた。
アラームを止めて布団から出ると、
厚手のパーカーを羽織った。
パーカーの袖口に手を引っ込めた状態で
まっすぐ玄関に行き鍵を開けた。
一度ドアを開け冷たい空気を吸い込んだ。
鼻がツンとした。
台所へ行きやかんを火にかけ、
インスタント味噌汁を準備した。
するとそのタイミングで
玄関チャイムが鳴った。
由依さんだ。
僕が「開いてまーす」と言う前に
彼女は靴を脱ぎ台所にいた。
いつもの事だか、
瞬間移動したかのように現れる。
手練れのくノ一のようで流石だ。
彼女を見ると探偵には忍者のような
素養が必要なのかと思わされる。
まあ、そんなことはないのだけど。
僕は到底忍者にはなれそうにない。
由依さんが自宅で作ってきた
おにぎりをランチバッグから出した。
朝でも“ランチ”バッグ・・・
それはどうでもいいか・・・
これが毎朝の光景。
僕らの日常だ。
僕はK探偵事務所の二階に住んでいる。
そのため、由依さんは
自宅で朝食を摂らずに出勤“ついで”に
僕の部屋で朝食を食べる。
それがどうも楽でいいらしい。
毎度これまた“ついで”に
僕の分のおにぎりも作ってきてくれる。
だから僕はインスタントだけど
味噌汁を用意する。
それが僕らのモーニングルーティンに
なっていた。
僕らは二人掛けのソファーに座り
おにぎりを頬張った。
いつも通りの朝。
由依さんが作ってきてくれるおにぎりは
シンプルだけど美味しい。
今日の具は焼鮭。
美味しくいただいた。
二人揃ってほぼ同じタイミングで
味噌汁のお椀を持ち、
フゥフゥと熱々の汁に息を掛ける。
これもいつも通りの光景・・・・・
いやいや、そうじゃない。
本当に僕らはこのままでいいのだろうか?
幼馴染み(腐れ縁)だけれど、
一緒にいて楽なのだけれど、
僕はモヤモヤというか、
どこかソワソワしていた。
これまで僕は由依さんとの関係を
客観的に見れていると思っていた。
けれど、最近になって
客観視しているもう一人の僕が
ある事に気が付いてしまった。
それは僕にとっては
思いもよらない事だった。
僕はたぶん今になって、
本当に今頃になって
彼女の事が、
由依さんの事が気になっていた。
それは一人の女性として。
もう二十年近い付き合いなのに
なんで今なんだ。
しかもこれが
“ライク”なのか“ラブ”なのか
自分でもわからない。
でもこのソワソワは
限りなく“ラブ”に近いのでは
と思い始めている。
気になりだしたのは先月。
きっかけは、調査のため
二人で少々遠出した時だ。
帰りの電車で由依さんが
うとうと居眠りをしていた。
それだけだ。
それだけで僕は
これまで感じた事の無いような
妙な感覚を覚えた。
うとうとした由依さんが
やたらと愛おしかった。
心の中心がギュッと締め付けられた。
気が付いたら、
じっと彼女の寝顔を見ていた。
我に返った時、無性に恥ずかしくなった。
耳が熱をもっていた。
正直焦った。
彼女が目を覚ますと
スマホを見ていたふりをして
何とか焦りを取り繕った。
だけど、その日の夜は
なかなか眠れなかった。
これは“ラブ”に近いのではなく
“L・O・V・E”なのだろうか・・・
うん、たぶんラブだ。
いや、もう明らかにLOVEだ。
どうしよう・・・
どうしたらいい・・・
僕の脳内は暴走しだしていた。
だけど体は止まっていたようで
由依さんが顔を覗き込んできた。
「どうしたの」
「あっ・・・いや別に・・・」
ヤバい油断していた。
この心理状態でこの距離感はマズイ。
顔にLOVEと描いてありそうで怖い。
「鮭しょっぱかった」
「いや全然」
「そらならいいんだけど・・・」
「・・・」
しょっぱいのは鮭じゃない
僕の方だ・・・
「ん、あ~骨入ってた?」
「へっ・・・いや大丈夫・・・」
「そう・・・何か変だよ」
わかってる。
変だって事くらいわかってる。
そんなに近くで見るなよ!
顔、赤くなったらどうしてくれるんだよ!
「あぁ~もしかしたら彼女できた」
由依さんは悪戯な顔で
僕にそう聞いてきた。
そして僕が口を開く前に
どこか畳み掛けるようにして
今度は真顔でこう言った。
「邪魔しないから」
僕は思考が止まりそうになった。
邪魔しないって・・・
僕は由依さんを邪魔だと思ったことなんて
一度もないのに・・・
「何でそんなこと言うんだよ」
思うより先に言葉が出ていた。
由依さんは軽くため息をつくと
僕の顔をしっかり見た。
そして優しく微笑んだ。
「もうやめにしよ」
「・・・何を?」
僕は恐る恐る聞いた。
これから由依さんが何を言うのか
想像は出来ていた。
でもそれが本気ではないことを
どこかで願っていた。
「私達の今の関係。
私がいつまでもアンタの側にいたら
きっとアンタ幸せ逃しちゃうよ」
「・・・・・そんなことないって」
僕はやっとのことでそう返した。
「そんなことあるの」
由依さんの表情は
次第に真剣になっていった。
「実はね、私、誘われてるの
S総合リサーチに」
ん!?
S総合リサーチ・・・業界大手じゃないか
えっ・・・ それって
「ヘッドハンティングですか?」
「ん、まあ・・そう」
「え・・・ 行くんですか?」
「まだ返事はしてないけど
行くつもり」
由依さんの発言は
僕の想像の斜め上を猛スピードで
飛んで行った。
僕は貴女への気持ちに
気付いたばっかりなんですけど・・・
「じっ・・事務所どうするんですか」
そう切り返すので精一杯だった。
すると由依さんは
またもため息をついて
こう言った。
「アンタが所長になりなさい」
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