とある、誕生日パーティ (8) (最終話・総括) | fox_samのブログ

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昔から航空機、エアポートの雰囲気が大好きでした。
最近は、ATC を聞きながら flightradar24 を見ています。




数年前、Contrail の魅力に憑りつかれ ・・・    
EOS 7DmkⅡと TAMRON 150-600mm レンズを 
購入してしまいました!


まずは、お金の話です。
 
彼女の出発に際して、彼女の銀行口座を解約。現金を持たせました。
金額は約24万円。決してほかの人に預けるのではなく、自分自身で管理するようにと強く云い聞かせ。 本当にいざという時、使いなさいと。
基本的には、私たち夫婦は彼女の親族を信用していませんでした。
 
他には、CCS(世界の子どもと手をつなぐ学生の会)の先生たちがカンパした寄付金、PTA諸氏の餞別も直接頂いたはずです。
 
航空券の費用は我が家もちでした。
 
 
それからお世話になっていたPTAの会長さんは香港に転勤となり、同じ4月に家族も引っ越しました。(彼女の出国時、PTAの会長さんは交代して、やはり彼女を良く知る女性の方です)
 
 
出発に際して成田空港まで、見送りに来てくれた方
 
CCS の担当女子大学生と事務局長、PTA会長、
そして(鬼)奥様と娘。
 
私は仕事で卒業式も成田出発も行けませんでした。
 









 
当日(鬼)奥様撮影


娘と


 
学校選びは結構大変でした。
6月の入学の前に、母国語であるタガログ語と英語の専門講習も受けたようです。
母国語は日常会話程度。英語も中学生のレベルです。
 
 
 
今現在、彼女はジュニアカレッジの3年生(たまに、メールがきます)
観光関連を選択して昨年よりojtもかなりやっているようです。
日本からの奨学金(授業関連の費用)はちゃんと受け取っているようです。
 
また、この11月、学期の休みを利用して、田舎に行き母親のお墓参りもするそうです。(住んでいるところからバスで丸一日かかると言ってました)
 
 
9月10日が彼女の誕生日でした。
成人とみなされる18歳(男子は21歳)のパーティーには、我が家からも3万円程送金しました。
 
彼女は、将来「日本と彼女の母国をつなぐ架け橋」になりたいと言っていました。
 




空港カウンター 200pix

 
 
 
 
 
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これまで、長々と書き連ねてきましたが、読んで頂いた方には御礼申し上げます。

 

私は、小中高と祖母に育てられ、帰りが遅くなる度に心配をかけていました。
夜、彼女の母親が我が家へ遊びに来た彼女を迎えに来て、帰り支度を見守る姿は昔の祖母の姿とダブりました。
 
親に成って、子を心配する親の気持ちが痛いほど解ります。
自分の健康状態と子供の将来のことも、とても不安だったに違いありません!
 
また、我が家の息子(娘の1歳下)は1歳半の時、発達障害(俗に言う自閉症)と判定されました。でもそれまで全く縁のなかった福祉、そして特別支援学校等に大変お世話になり、学生のサークルを始めとする支援の輪のおかげでずいぶん勇気づけられました。
 
若い頃、好き勝手なことばかりした自分が、何か人の役に立つことをしたいと考えたのでしょうか?
 
今回の外国籍の子供との同居は、最初からいくつかの問題がありました。
特に余裕があるわけでもなく、我が家も先が見通せない時期でした。
彼女の亡き母親の遺志を大事にしたかっただけです。
 
いきなり、「とりあえず」という形で始まり、あとは後手後手でした。
結構、忙しくばたばたと、大変に思うことが色々ありましたが、辛いと感じたはありませんでした。 (夫婦喧嘩は別です!)
 
 
 
さて、彼女は私たちにとって何でしょうか、そして私たち家族は彼女にとって何だったのでしょうか ? 。。。
 
 
答えが出るのは、まだまだ当分先ですネ。
 
 
 
( おわり )
 
 



                     (ありがとうございました!)