とある、誕生日パーティ (5) | fox_samのブログ

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昔から航空機、エアポートの雰囲気が大好きでした。
最近は、ATC を聞きながら flightradar24 を見ています。




数年前、Contrail の魅力に憑りつかれ ・・・    
EOS 7DmkⅡと TAMRON 150-600mm レンズを 
購入してしまいました!

我が家に同居していた「彼女」のお話の続きです。
国籍は私の(鬼)奥様と同じです。
更新が遅くてスイマセン。(誕生日パーティから1か月が過ぎました。)



正式に以前在学していた中学校に復帰できた彼女は、2年生になりました。


母親と親しくしていた日本人、教会の○○先生のご厚意により、2010年4月母親のミサも行われました。出席者は彼女の同級生、その父兄さん達、(鬼)奥様をはじめとする教会の仲間たちでした。


ミサでの彼女の挨拶はとてもしっかりしていました。
日本で言う「お香典」、そして「寄付」は彼女の学費等に使わさせてもらいました。


我が家での生活にも慣れ、学校生活も順調、部活は以前よりのバトミントンです。
キャプテンになり対外試合も土日で忙しくしていました。
書類上「同居の保護者」という立場で私も保護者会等に出席しました。




でも、まだ解決すべき大きな問題がありました。
それは在留期限、在留資格の問題です。



[ 期限は9月16日 ]



6月に入って、あわてて情報収集開始。(審査には、1~3カ月かかります。)


6月下旬に法務局と入国管理局に相談。 
法務局では、在留許可については入国管理局で聞くよう言われ、入管(入国管理局)では、就労部門 → 定住・永住部門と回されました。


入管では一応担当者の皆が考えてはくれましたが、結論から言えば、彼女は母子2人の家庭で母親が亡くなった今、在留の条件に合った資格が無く、資格が無いので資格審査ができないということでした。(模範的な役所の回答です。) 母親の資格は「特定活動」。



ショッパナから、ドンヅマリ! (休暇を取ってきてるのに!)


また、在留特別許可というものは、在留期限が過ぎ不法滞在になった時、審査部門の上の組織がいろいろな状況を鑑みて決定するものだとも教えられました。当時、カルデロン・のり子ちゃん(両親が不法滞在の中学生)の在留問題が世間を騒がせていたためだと思われます。


そこで、アドバイスをしてもらったのが、教会を通じて、彼女の勉強を小学校の頃よりサポートしていた、
「CCS 世界の子どもと手をつなぐ学生の会」(詳細は Google 検索)。


そして、事務局長の知り合いの弁護士さんの意見を伝えてもらいました。
この事務局長は女性ですが、同居を始める時、我が家に来て家庭環境、私たち夫婦の考え方をリサーチしていました。


意見に従い、PTA 会長(同級生の保護者)、教会の○○先生、CCS事務局長の嘆願書、要望書および関係者の署名を集めました。(政治家のプッシュがあると、かなり有効)有志の父兄さんたちとも作戦を練りました。小学校時代の空手スクールの先生も要望書を作成してくれました。


嘆願書等には、以下の内容を考慮して書くようお願いしました。


 ① 本人は小学校入学以前より継続して本邦に在留している。
 ② 引き続き日本で暮らし、教育を受けさせることが母上の遺志である。
 ③ 良好な人間関係・学友関係を築いている。
 ④ 就労目的の本邦在留ではない。
 ⑤ 身元保証がしっかりしている。
 ⑥ 引取り手の無い未成年に対する人道的配慮。


8月中旬、夏休みの彼女と私とで入国管理局を訪れました。


とりあえずは、審査の書類(必要と思われるもの、嘆願書等を含めすべてを添付)を提出。申請人は彼女本人、身元引受け・保証人私で在留資格変更、期間延長を申請しました。






結果が出たのは、10月初旬でした。




つづく ・・