12月28日を以って、総菜屋さんを退職しました。

在職中は、いつも社長の息子である常務の顔を見るのが嫌でした。なぜなら、いつも暴言や暴力で自分の意見を通すからです。

確かに、自分の意見を通すのは必要ですが、なぜ筋道を立てて説明できないのか、それとも、私たち使われている者が能力がないのかそれは、わかりません。

ただ、暴力や暴言では、何も解決しません、逆に、何も考え無い人の量産しか無いと思います。

生前、母がよく私に人を動かしたいと思えば、自分が先になって行い、動かされる人からの質問があれば、相手の立場になって、答えてあげなさいと。

難しいですが、私なりに、絶えず相手の立場になって行動してきました。その結果、京都の老舗食品工場では、パートさんから慕われ、仲良く仕事をしてきましたし、私が退職する時も、他の社員さんたちには内緒で餞別までいただけましたし、違う部署の係長からは、部署異動願をだして、残って欲しいとも。

でも、その老舗食品工場の事務職員体制を変え無い限り、嫌でしたので、断りました。

そして、2ヶ月半でしたが、総菜屋さんで勤めながら、転職活動をしていました。

面接で休む時や早退する時は、いつも彼女にメールして、会社に連絡してもらっていました。

卑怯者ですが、そうしないと休めないし早退できない会社でした。

まだ社長は、私の置かれた場所を少し分かってくれていたようです。普通、手が遅いと試用期間中に退職してもらっているらしいのですが、私の場合、いつも社長は、自分のペースでしっかりとやり遂げてくれたらそれでいいと。

でも、そんな私の姿を社長の息子である常務や他の先輩社員さんたちは、ウザイと思っていたと思います。

なぜなら、私より仕事ができる人が在職していたんですが、社長に呼ばれ、試用期間終了とともに、無期雇用はないと云われ、その人が、私より仕事ができるのに何故だと、社長に質問しても、アイツ(私)は、手が遅いけど周りをみて仕事をし、たとえ常務に怒られても困っている人の応援に自分の許す範囲内で行っていると、答えが返ってきたそうです。

私自身、仕事とは自分の周りの人をいかに自分の渦の中に取り込むかによって変化すると思っています。その渦に取り込むためには、自分から発信し行動してきたつもりです。

人には、得手不得手があると思います。私自身、不器用な塊ですが、いつも真剣に仕事に向き合ってきましたし、人と接してきました。だから、よく根がしっかりとしてるねとか言われました。嬉しいことです。

そんなこなで46年間、生かされてきました。

そして、なんとか来年1月より違う職種ですが採用して頂き、転職することができました。

本当に、私は恵まれた男です、頼りないのに、寄り添ってくれる彼女もいるし、愚痴を聞いてくれる友達もいます。

おまけに、46歳にも拘らずそれも大手企業グループ正社員雇用してもらえ、感謝しています。