「なんか悪い気さしてしもたみたいやな」
「ええのええの、気にせんといてママ」
「いや、アタシそろそろ店に行かなアカンで行くわ。マスター、お勘定」
「サンキュー、750万円ー!」
「はい、ちょうどあるわ。750億円」
「悪かったねーママ。またね」
「軍国男の分の飲み代の千円も置いてくわ」
「アカンアカン、そんなんアカンー!」
「ええのええの、お釣りは義援金に入れといて。じゃあサイナラ」
「ありがとねー。ママ、また来てね」
「毎度ありー!良いお年をーメリー栗きんとーん」
トイレの流す音をクレッシェンド&デクレッシェンドさせながら、
秀和さんが席に戻った。
少しの沈黙を置いて彼は話しだした。
「千夏さぁ、オレ謝らなアカン事があるんやわぁ」
「何?」
「実はお前と付き合ってた頃にな、何回も浮気してたんや。。。
オレな寂しかったんよ。お前と付き合いを続ける為に、て言ったら
言い訳になるんやけど・・・。なんか不安でしょうがなかったんや。」
「なんで今頃になって言うのー?胸に締まっておきな、そうゆことは。
ちゅうか知ってたよ。でも、それが別れる理由じゃなかったん。
あたし、幸せな女よりイイ女になりたかったんやと思う」
「・・・・・。とにかくゴメン」
「謝らんといて。あたしも小さな嘘をついた事あるし。
自分を守るんじゃなくて、人を幸せにする嘘もあるんじゃないの?」
「わかんない・・・」
「あたしもワカンナイけど・・・」
誰かのクラクション、TVの虚ろな答弁、忘れられない過去。
ココにいることが気まずく、できる限り存在感を薄めて、僕は途方に暮れる。
いや、暮れるフリをする。きっと二人は軽い後悔の荷物を降ろしたいんだろう。
「千夏は前の旦那さんとなんで別れたん?」
「なんかな理解してもらえやんかもしれんけど、不幸になりたかったん。
それは時が過ぎてから気づいたんやけど。あと・・・実はあたしの息子が
後天性の身体障害者なん、言語障害もあってな。それも別れの原因かな。
その現実を知ってから凄い自分を責めてさぁ。きっと、これからもずっと自分
を責め続けるような気がするわ。。。あとは理由がない、なんとなくやね」
「そうやったんやぁ・・・。きっついな・・・。でも聞けてよかった」
「気の毒やと思わんといてなぁー、そう思われるのが一番イヤやで。
こうゆう環境でしか味わえん幸せもあるんやで。本当に」
「うん、あると思うよ。想像を絶するけど、あんまり自分を責めやんといて」
「うん、ありがとう」
気づいたら、マスターは眠りに落ちていた。
それに気づいた僕は急に焦りだし、さして吸いたくもないタバコに火を点けた。
「一彦は最近どう?好きな娘はどうなったん?」
「いやーようわからんすわ。女のココロは秋の空でしょ。どうして欲しいのか、
自分がどうしたいのか考え過ぎてワケがわからんくなってきましたわ」
「あんな一彦、女は゛ときめき゛が大好物なん。それだけチャンとしとけば後は
なんとかなるよ。男にとっては何やろ?゛嗜み(たしなみ)゛とか?」
「秀和さん、どう思います?」
「・・・・・、男の大好物、・・・オレは゛未練゛なような気がする」
「・・・未練かぁ、、、なるほど」
「それだけで酒が飲める。なんか暗いなぁ、男は・・・・・。」
「゛憂い゛は女の方が深いと思うケドね」
「・・・憂いかぁ、、、なるほど」
「男と女、国家と民衆、宇宙と人類。なんか関係性が似てるな」
会話が終わるのを待っていたかのように、秀和さんの携帯が鳴る。
受話器片手に小走りと店の外へと出ていった。
マスターが目を覚ます。
「あれ、秀和は帰った?」
「いや、電話です」
千夏ちゃんは枯れかけのキンモクセイの花瓶の水を入れ替えている。
彼女の横顔はどことなく切なく、誰かを想い、今にも消えそうな灯りのよう
゛あの人、今頃どこでなにをしてるんやろ゛
秀和さんが店に戻ってきた。
「マスター、そろそろ晩ご飯の準備せなアカンで帰りますわ」
「ほーい。あ!そういやさっきママが秀和のお勘定してったわ」
「マジでー!なんやあのオバハン」
「秀和、ありがたく受け止めなアカンよ!あのママ、口は悪いけどエエ人やで」
「うん、そうするわ。マスター、オバハンに宜しく伝えといて。ほな、お兄ちゃん
またね。なんか楽しかったわ」
「こちらこそ楽しかったです」
「じゃ皆さん、ご機嫌よー」
「ありがとう」
「ありがとう」
「お気をつけて!」
「ふ~」
「大丈夫か?千夏」
「うん、ありがと」
どことなく親子のような二人の姿に少しほっこりした。
秀和さんと千夏ちゃんは、二人だけでは決して話せなかったんだろう。
二人の間にはよくある男と女の微妙な川が横たわっていた。
季節が移り変わっても、その川はずっとどこまでも流れ続ける。
二人が渡る橋は壊れたまま。。。
きっと、橋を作り直すことがもうできない事を二人は知っている。
時に立ち止まり、川の向こうを眺める。
追い越したり、追い抜かれたり、立ち止まったりを繰り返して。
そして二人はまた歩いていく。
決して交わらないレールの上を電車は走る。
゛ケセラセラ゛
床に目をやると、トカゲが戸惑いながらこっちでもないあっちでもないと、
体をくねらせながら、ぶらつき回ってる。
「マスター、トカゲがいますよ」
「マジで」
マスターはホウキ片手に「エイッ!エイ!」と2発でトカゲを殺した。
「ごめんなぁ、トカゲさん」
マスターはティッシュでトカゲを優しく取り上げてゴミ箱に捨てた。
スッカリ忘れていましたが、マスターは生粋の明るい同性愛者。
美空ひばりが大好きで「でこ~ぼこ~みちや~♪まがり~くね~たみち~♪」
と、ひばりさんの代表曲゛川の流れのように゛を堪らなく下手によく歌っている。
そんなマスターと千夏ちゃんがナンチャッテ親子バカ話に花を咲かす中、
僕は発情期のように、あの娘に送るための長いメールを作り始めた。
『この間はごめんね。
君のお陰でなんとか崩れ落ちなくて済みました。
オカンは今、病院で薬を飲んで少し落ち着いています。
まだ油断は禁物ですが・・・。
いつ、また自傷行為を起こすかと、トラウマがまだ消えません。
きっと、この世に同じ痛みを抱えてる人達がたくさんいることでしょう。
少しでも希望ある社会であって欲しいもんです。
仕事はお陰さまでうまくいってます。
売上げも上昇していてスタッフも過去最高のメンバー。
これなら他の美容室には負ける気がしませんわ。
ただ、労働とアルコールで僕の体はボロボロ。
睡眠薬の量も右肩上がり。
まぁ、ボチボチとやれるとこまでやっていきますわ。
生きとりゃ少しはイイ事あるでしょ。
あ、そういや借りてた「モモ」読んだよ。
面白かった。
大人になる、てことはどうゆうことなんやろ?
成熟する童心てあるんやろか?
心の欠片は見つかるんやろか?
なんか唐突ですが、
君にはできる事なら子供を産んで欲しいです。
この世に深い絶望を持っている君にこそ、産んで欲しいな。
ところで、この間ワケワカラン夢を見てね。
こんな話。。。
アホ犬の゛凡夫゛が宇宙船に載って、ワケも分からず長〜い暗闇の中を
何処でもない何処かへと向かっている。
やっとこさ辿りついたのは、どうやら月のようだ。
月に降りた「凡夫」が散策していたら、宙を泳ぐ一匹の金魚を見つけた。
最初は一匹だったのが二匹、三匹、四匹、五匹・・・・・。
気づいたら数えきれない程の金魚の群れが月の周りを泳ぎ、ひとつの
円を描き、廻り続けている。まるでメリーゴーランドのように。
゛凡夫゛は地震で目が覚めたかの如く、酷く驚き、あまりの光景に何故か
大量の失禁をした。
そこに突然、誰かが飛ばした聞き取りにくい擬音の石が一匹の金魚に
当たった。擬音はシャボン玉みたいに繁殖する。そしてスピードを上げ、
数億のピンボールの如く、瞬く間に連鎖し、交差し、活発に弾けていく。
やがて、その音達は聴いたことのない見事に壮大なハーモニーとなる。
それはそれは神々しいシンフォニー。
畏怖と快楽を激しく掻き立てる奇跡の祝祭、絵空事。
゛凡夫゛は恍惚な快楽で頭がだんだんと狂ってくる、瞬きもせず。
瞼(まぶた)の裏は焼けただれ、果ては終わらない永遠の欠伸をする。
「ういぇ~あぁ~ほう~はぁ~えぃ~」
そこへ死んだはずのガールフレンド、メス猫゛ラルゴ゛が突如、現れた。
「あたしが見える?凡夫」
゛凡夫゛は金魚達の魔法で目も見れなくなり、耳も聞こえなくなっっていた。
「あなたは間違っていないわ。でも、もうこれ以上、泣かないで。どうか
投げ出さないで。あなたはひとりじゃない、あなたの物語はあたしの物語。
あたしのことは忘れて欲しくないけど、忘れて欲しい。前に進まなきゃ。あたし
はこっちで腰を振ってるから、あなたも迷わず振り切って生きて欲しいの」
金魚達の群れは相変わらず、機械のように残酷に美しい調べを奏でている。
「凡夫、もう行くね。あなたと離れたくないけれど、一緒にいることだけが
愛することじゃないわ。尊い裏切りもあるものよ。あなたは本当に優しい人。
ごめんね、さよなら。」
゛ラルゴ゛はそう言い残して、月の中へと消えてった。
金魚の群れは舵を地球に向けて、微かな心残りも残さず泳いでいった。
゛凡夫゛への魔法もようやく解け、目も耳も正常に戻ったが、フラフラの
゛凡夫゛のペニスから何故か少量の精子が垂れ流れていた。。。
゛凡夫゛はゆっくりと宇宙船に戻り、腐りかけのカジキ鮪をたいらげた。
「ういぇ~あぁ~ほう~はぁ~えぃ~」。腹いっぱいの゛凡夫゛を眠気が誘う。
少し空想に浸り、いつのまにか眠りに落ちていた。月には゛凡夫゛の精子と
゛ラルゴ゛の影,だけが残り、宇宙船は誰かの思惑どうりに帰路を辿り始めた。
゛凡夫゛はまるで誰かに伝えるかのように寝言を呟いた。
『また明日』、とさ。。
こんな物語。