のこり福の夜はふけ、
今夜もいつもの三人が、焼き魚と湯豆腐をつついていた。

 

「ねぇ、みやちん先生」
女将・真知子が、七味のふたを開けながらぽつりとつぶやく。

 

「“公正証書遺言”ってやつ、たまに聞くけど……
あれって、自分で書かんでよかと?」

 

「おっ、それええとこに気づきましたな!」
みやちんが顔をあげた。

 

「せや、いままでやってきた“自筆証書遺言”とはちがって、
“書く人が本人やない”遺言もある
んですわ」

 

じいさんが箸を止めて口を挟む。

 

「えっ、ワシが書かんでもええんか?
それって……ズルちゃうか?」

 

「いやいや、ズルちゃいます。
ズルどころか、“一番ちゃんとした書き方”とも言われとるんです」

 

「そんなん最初から言うといてや」
 

じいさんが湯飲みで口をぬぐった。

「ワシ、筆ペンで三回書き直して、指つりかけたっちゅうねん」

 

「それはそれで、字ぃきれいやったら意味あるんですけどね。
ただ──公正証書遺言は、“本人が書かんでええ代わりに、ちゃんと手順を踏む”んですわ」

 

「へえ〜、やっぱ書くよりしゃべる方が得意な人にはよさそうやね」

 

「そのとおり。
今日はその“公正証書遺言”、どんな仕組みで、どう作るんか。
そんで、どこが“ラク”で、どこが“カネかかる”か、ちゃんと話しましょ」

 

真知子もじいさんも、手元のメモを開いた。

 

「今日のんは……メモ取るとよ」

 

📢「どう作るん?──公正証書遺言の流れ」


じいさんが、湯呑みを置きながら聞いてきた。

 

「で? その公正証書っちゅうのは、
どないして作るんや? なんか予約とか要るんか?」

 

「そうですね。まずは“公証役場に連絡”から始まります。
“遺言を作りたいんですが……”って言えば、ちゃんと案内してくれますわ」

 

「えっ、役所に電話するってだけでドキドキするばい……」
女将が、ちょっと笑いながら言った。

 

「だいじょうぶです。
むしろ公証人さんの方が丁寧ですから。最初は相談だけでもかまへんのです」

 

「書類とか、なに持っていけばええんや?」

 

「はい、こちらまとめときます」


✅ 公正証書遺言を作るまでの流れ

  1. 公証役場に連絡・相談(事前予約)

  2. 必要書類をそろえる
     - 財産の資料(預金通帳コピー・登記簿など)
     - 戸籍謄本や本人確認書類

  3. 証人を2人用意する(未成年・相続人は不可。公証役場の紹介もあり)

  4. 内容を口頭で伝え、公証人が文書を作成

  5. 完成した遺言書を読み上げ確認 → 本人が署名・押印

  6. 原本は公証役場が保管。控えが交付される

「証人が必要なんか……それ、誰に頼めばええんや?」

 

「信頼できる知人2人でもええですし、
公証役場で有料で“証人を手配”してくれることもあります」

*だいたい5000円くらいだが、役場によってまちまち

 

「それ、便利やね……うちはあんま人付き合いないけん、助かるばい」

 

「せやから、“知人に頼みにくい人ほど、公正証書が向いてる”とも言えるんです」

 

じいさんが、うなずきながらつぶやいた。

 

「……ワシ、誰にも気ぃ遣わんで済む遺言、ええと思てきたわ」

 

「それ、まさに公正証書遺言の本質ですね」
みやちんがニッコリ笑って、お湯割りをくいっとあおった。

 

👇「地味に大変、でも超大事──必要書類集めのリアル」

 

公正証書遺言を作る際、「内容を口で伝えたら終わり」──ではありません。
 

財産や家族関係を証明するための書類集めが、実は想像以上に大変なのです。

 

特に、家族関係が複雑だったりすると、
“集めるだけで一苦労”というケースも少なくありません。

 

✅ よくある注意ポイント

① 家族関係の証明が思ったよりややこしい

たとえば──

  • 遺言者が幼少期に養子縁組されていた
     → 養親はすでに死亡。遺言では実の両親に相続させたい
     → この場合、「実の親」と「本人」が戸籍上で親子関係であることを証明する必要がある。
     → よって、実の親の改製原戸籍(過去の戸籍)を取得する必要あり。

※改製原戸籍は、市町村によっては手間と時間がかかる。

 

② 指定したい相手が“兄の子(甥)”のような親族の場合

たとえば──

  • すでに亡くなった兄の甥に相続させたい
     → この場合、「本人と兄の兄弟関係を証明する戸籍」+「兄と甥が親子であることを示す戸籍」が必要になる。
     → 結果的に、法定相続情報一覧図を作るレベルの調査になるケースも。

 

ここで少し「相続させる」と「遺贈する」について考えてみましょう。

 

🔊 違いを一言で言うと

  • 「相続させる」=法定相続人にあげるときに使う

  • 「遺贈する」=それ以外の人にあげるときに使う

✅ 例:兄の子(=甥)に財産を渡す場合

遺言者の配偶者も子もおらず
兄はすでに死亡、その兄の子(=甥)に財産を渡したい──というケースでは、

  • 甥は法定相続人ではない(遺言書に書く場合は)
    (※兄が亡くなっていても、代襲相続できるのは“兄の子”まで(甥の子は×)ただし、遺言で指定しないと何ももらえない)

この場合、「相続させる」ではNG!
正しくは──

「甥 ○○に対し、本物件を【遺贈】する」

という文言にする必要があります。

 

📝 なぜ言葉が違うとまずいの?

  • 「相続させる」と書いてしまうと、
     法定相続人じゃない人には無効になる可能性がある

  • しかも、「相続登記」や「名義変更」ができないこともある
     → 登記の実務では、「遺贈」と明記されてないと手続きストップになるケース多数!

たしかに「兄が死亡 → その子(甥)が代襲相続人」というルートは存在しますが、
これはあくまで遺言がない場合(=法定相続の場合)の話です。

 

つまり、遺言を書くときには、甥は“法定相続人ではない”扱いになります。
なので、「相続させる」ではなく、必ず「遺贈する」と書く必要があるんです。

 

🔍 詳しく言うとこうなります

✅ ケース1:遺言がない場合

  • 被相続人に子がいない → 兄弟姉妹が相続人になる

  • 兄弟姉妹が死亡していた場合 → その子(甥・姪)が代襲相続人になる
    この場合、甥は“相続人”になる → 相続登記などは「相続」でOK

❌ ケース2:遺言がある場合

  • 「甥に相続させる」と書いても、甥は法定相続人ではない扱い
    → 法律上、“相続させる”は法定相続人にしか使えない文言
    登記も銀行手続きも止まることがある!

✅ 正しい書き方

「○○(甥)に対して、本件不動産を遺贈する。」

※これなら登記や名義変更もスムーズに通ります。

 

 

真知子がメモを片手に首をかしげた。

「ねぇ先生。公正証書遺言て、書類けっこういるっちゃろ?」

 

「はい、これがまた……地味におおごとですわ
本人の戸籍だけやなくて、家族の関係が複雑やと、昔の戸籍まで引っ張らなあきません

 

じいさんが湯飲みを置いて、ぼそりとつぶやく。

「ワシ、昔に養子に出されてんけど……その“実の親”に相続させたいって場合は?」

 

「出ました、戸籍の落とし穴その①
そのケースやと、“実の親とあんたが親子関係にある”って証明せなアカンのですわ。
つまり、実の親の改製原戸籍が必要になります」

 

「かいせい……なに?」

 

「古い戸籍です。これ、取得に時間もかかるし、
本籍が遠方にあると、なおさら大変です」

 

真知子が思い出したように口をはさむ。

「うちの母も、兄が早うに亡くなっててね。
その兄の子に残したいって言いよったけど……」

 

「その場合は、“本人と兄の関係”+“兄と甥の関係”の両方を戸籍で証明せななりません。ちょっとした相続の調査並みになりますわ」

 

じいさんがふぅとため息をついた。

「ワシ、遺言書くより、戸籍集めのほうが寿命縮みそうやな」

 

「そんときは、専門家に頼んでください。
“戸籍の深掘りはプロに任せる”ってのも、立派な作戦です」

 

 

📘「タダじゃない。でもムダにならない──公正証書遺言の費用感」

 

公正証書遺言は、プロに関わってもらう分、当然ながら費用が発生します。
ただ、それは「トラブルを避けるための投資」と考えると、決して高くはありません。

 

✅ 基本の費用構成

内容

目安金額(税込)

備考

公証人手数料

 約11,000円〜50,000円程度

  遺言内容(財産額・相続人数)に応じて変動

証人2名の謝礼 

 1名あたり5,000円前後

  公証役場で紹介可能(有料)

戸籍や登記事項証明書の取得費 

 数百円〜数千円

  実費(場合によって交通費・郵送費含む)

専門家(行政書士等)報酬

 30,000円〜80,000円前後

  書類準備・日程調整・同行サポートなど

 

💡 費用の目安と考え方

  • 通常の遺言(財産が少なめ)の場合、
     トータルでおよそ3〜6万円台が平均的

  • 資産の額により変動するし、遺産を渡す対象が増えるごとに費用は増す。

  • 財産が多かったり、条項が複雑な場合は費用も上がる。

📌 公正証書遺言に「お金をかける価値」は?

  • 自筆とちがって“無効リスクがほぼゼロ”

  • 原本は公証役場が保管 → 紛失・改ざんの心配なし

  • 検認も不要 → 相続開始後の手続きがスムーズ

  • 内容の相談も可能 → 書き方で迷わない

👉 「揉めない」ことに価値を感じる人ほど、むしろ安く感じる費用

 

真知子が、ペンを止めてみやちんを見た。

 

「先生、それで……いくらくらいかかると?」

 

「公正証書遺言ですか?
だいたい、3万円から6万円くらいが相場ですね。
財産の金額や条項の数によっては、ちょっと増えることもありますけど」

 

「……うーん。
正直、ちょっと高か気もするけど、
それで“安心”が買えるなら、悪くないね」

 

「そうなんです。
たとえば、自筆で書いた遺言が“様式ミスで無効”になったら……
それこそ、残された家族に“余計な仕事”がのこりますから」

 

じいさんが小さくうなずいた。

 

「ワシ、ひとり身やけどな……
もしもんときに、誰にも迷惑かけん遺言、ええかもしれんわ」

 

「ちなみに、証人も用意できへんときは、
公証役場で紹介もしてくれますわ。ちょっと有料になりますけどね」

 

「それ、いいね。
うち、頼めそうな人って案外おらんとよ」

 

「せやから、“人づきあいが少ない人”にも、
公正証書遺言は向いてるんですわ」

 

真知子が、にっと笑った。

 

「ほら、じいさん。アンタにぴったりやないの」

 

「……やかましわ」
と、じいさんが焼酎をちびちびやりながら、ぽそっとこぼした。

 

 

📘「それ、ちゃんと残せる安心感──公正証書遺言の◎と△」

 

✅ メリット(ええとこ)

  • 様式ミスで“無効になる心配”がない
     → 公証人が作るので、形式バッチリ。「相続させる」や「遺贈する」の間違いも修正してくれる。

  • 原本は公証役場に保管される
     → 紛失や改ざんのリスクがない

  • 家庭裁判所の“検認”が不要
     → 死後すぐに手続きに入れる

  • 証人が立ち会う=トラブルの抑止力にもなる
     → 「遺言が本物か?」という揉め事が起きにくい


❗デメリット(気をつけるとこ)

  • 費用がかかる(手数料+証人謝礼など)

  • 証人を2名用意する必要がある
     → 相続人や未成年はNG

  • 内容変更にはまた手続きが必要
     → 軽く書き直せる“自筆”とは違って、再度予約&費用が必要

 

「……先生、なんか“安心のパック料金”って感じね」
真知子が、湯豆腐をつつきながらつぶやく。

 

「ええこと言わはりますな。
たしかに公正証書遺言は、“手続きラク&トラブル少なめ”の安心仕様ですわ」

 

じいさんがうなずく。

 

検認が要らん、っちゅうのがええな。
あれ、テレビで見たけど……みんなで集まって封筒開けて、
“あんた誰にもらったん?”みたいな空気になってたわ」

 

「はい。公正証書やと、そのへん全部クリアになります」

 

「ただ……書き直したいときに、また行かないかんっちゃろ?」

 

「そうなんです。
“気軽にメモ書き感覚で直す”ことはできません
でもその分、“確実に残せる”という強みがあります」

 

「ん〜〜〜、つまり……」
真知子が手を広げて言った。

 

「お金ちょっとかかっても、
“しっかり残したい人”には向いとる、ってことやね?」

 

「そのとおりです。
“何があっても届いてほしい想い”がある人に、
公正証書遺言は、よう応えてくれますよ」

 

🔚 【しめくくり】

 

じいさんが、お湯割りをすすりながら、ぽつりとつぶやいた。

 

「……書き方も、手続きも、気持ちも、いろんな“選び方”があるんやなあ」

 

「せやから、遺言書って“紙一枚”やのうて、“生き方そのもの”なんかもしれませんね」
みやちんがやさしく笑う。

 

「なんか……あたし、ちょっとだけ背筋伸びた気がするばい」
真知子も、静かにうなずいた。

 

🔜【次回予告:シリーズ最終回】

 

「どれを選ぶ?どう残す?──遺言書 総まとめ!」

 

これまで自筆証書遺言、公正証書遺言、
検認、執行者、保管制度まで語ってきたこのシリーズも、いよいよ最終章。

 

次回は──
📌 自筆と公正証書、どっちが向いてる?
📌 「これだけは覚えて帰って!」5つのポイント
📌 書く前に決めておくべき“心の整理”とは?

のこり福のカウンターから、
遺言に込める“想い”と“選択”を、じっくりお届けします📘✨

 

更新は5月25日YOチェケラッチョ!