年を重ねたんだなぁとしみじみ思う。
ドンちゃん騒ぎをしようという気がそんなに起こらなくなった。
ストレスたまって、「飲みまくったる!!」と思っても、実際に行くとそこまでハメをはずせなかったり。
そこまで酔ったわけでもないのに、次の日はぐったりしていたり。
とりあえず、人が多くて騒がしいところにはもうあまり行きたくないな。
あの種の混沌は何度経験しても慣れない。きっと本質的に好ではないのだろう。
ただ静かに過ごしたくなった。
酒宴の乱痴気騒ぎに身を置くよりも
日差しの差し込む公園で紅茶片手にクラシックでもききながら、ぼうっとしていたい。
変わってしまったのかもしれないな。
少し寂しい気がするけど、時代はかわるものだし、自分も変わるものだから
判断は手放して変化を受け入れようと思う。
ある後輩の一言で、凝り固まったなにかがほどけて、ふっと楽になった気がした。
つくづく、無駄に気張って生きてきたものだなぁ、と思った。
「こうなりたい」と思って努力することそれ自体は悪いことではないけれど
結局自分のキャパシティを超える理想は果たしようがないし、
無理な努力は続かない。
つくろった自分像は結局のところ嘘っぱちであることがばればれだったりする。
「なるようにしかならない」って言葉は無責任に努力を放棄するようで嫌いだったけれど
今なら何となくその意味がわかるような気もする。
ただ自分であることを肯定するだけでいいのだと思う。
そして過大な期待を寄せないことだ。自分にも、他人にも。
やらなきゃならないことはきちんとやる、だけどそれ以外は、
もう少し肩の力を抜いて、緩やかに生きたい。