セッションで学んだこと
今日はベースの某9氏とセッションに行った。
まぁ、セッションと言っても大したことはできない。
とりあえず音出しをしよう、というような感じで時間が過ぎた。
でも、個人的にこのセッションは大きな収穫だった。
まず、とにかく楽しかった。
自由にダカダカ叩く、というなかなかない機会を得られた。
技術が足りないので、8ビートと些細なフィルイン程度だったが。
そして、相手との調和が難しいこともわかった。
ベースの音はアンプを通しているので絶対的に大きいのに、ドラムを叩きながら聞くと、ほとんど聞こえないのである。
アンサンブルをする上で、相手の音を聴くことは重要だ。
でも、あれだけダカスカ叩いても、きっちり聴けば音は聴けるのである。
相手の音に意識を集中する、という意味を実感した。
そんな、いつもとは違う音楽の聴き方は、なんとなく面白かった。
さらに、セッティングの難しさを知った。
結論から言うと、クラッシュの位置をミスってしまった。
そのため、叩きづらい上に、非常にスティックを消耗させてしまった。
立体的なセッティングイメージと、身体の叩きやすい場所が一致して、初めて自分の気持ちいいセッティングが実現されるはずだ。
もちろん、タムやその他のパーツもどんどん気になりだしてくるだろうから、その都度自分の感覚のささやきに耳を傾ける必要がありそうだ。
下準備から真摯に取り組んでこそ、いい演奏が生まれるに違いない。
ささいち、まだまだ未熟である。
自分の音、相手の音
先日、ひさびさにドラムを叩く機会があったので、てろっと叩かせていただいた。
まぁ、一応ドラムらしいことはできるようになったものだ。
力もすっと抜けて、リズムの“線に乗る”という感じがわかった気がする。
なにせ、始めたばかり、まだ手に足がつられる段階から比べれば、たかだか8ビートが楽に叩ける程度でも偉大な進歩だ。
しかし、音質の問題となれば、話は別なのである。
自分が出したい音の味が出ないのだ。
例えばスネアを例にとってみよう。
個人的には、少し重めの柔らかい感じの音が好きだ。
ドラマーで言えば、スティーブ・ガッド氏に近いと思われる。
しかし、音を言葉で表現するのは難しい。
論理的なことなら、言語化するのはまだ易しいかもしれない。
しかしながら、イメージを言葉にすることは、神保氏のようにプレイすることと同じくらい難しいのである。
ここは、ささいちの筆の未熟さに免じて勘弁していただきたい。
というわけで(強引だが)、ぜひそんな音を出したい。
だが、これが出ないのである。
セットそのもの、さらにチューニングの問題は大いにありうると思う。
これで相当出音が変わることは重々承知である。
おそらく、わずかな感じも感じ取りつつチューニングすれば、好みの音へとより近づくのは間違いない。
ところで突然ながら、ドラムはお借りしたものだ。
つまり、他に叩いている友人がいたわけである。
当然ながら、2人はまったく同じドラムセットを叩いている。
それでも、ささいちと友人の音は違っていた。
それも、はっきりと感じ取れるほどに。
何が原因として挙げられるだろうか。
まず、叩き方の違いはあげられるだろう。
友人はどちらかというとロック系のハードドラマーである。
ささいちは、神保氏や則竹氏、さらには数多くのJazzドラマーの影響を受けたため、フュージョンドラマー(を目指している)と言える。
2人は、グリップも違うし、打ち方(スティックの当て方)もまったく違っている。
そういえば、またもや神保氏のサイトにこんな記述があった。
「彰のドラムセットからは、ドスッタシッドスッタシッという、あのハービーメイスン独特の音が出ていた」
これは、叩き方によって音が変わることの有力な証拠ではないだろうか。
間違いなくメイスン氏と神保氏の叩き方は違う。
あと、スティックの違いがあると思う。
スティックによって音が違うと言うのは、さまざまなところで言われている。
実際、何かを叩くと、スティックによって音の出方に差があることがわかる。
今のことからまとめると、次の結論(仮説)が得られると思う。
★グリップや打ち方を真似すれば、近い音が出せる可能性がある。
★スティックによる違いもおそらくある。
つまり、自分の中にしっかりとしたドラミングのイメージがあってこそ、自分が出したい音が出るのである。
結局、好みの音を出すのは難しいということだ。
…ここから先は、自分の感覚で見つけるしかないと思う。
先に述べたとおり、感覚を言葉にするのは不可能に近いものだ。
という言い訳じみた結論で申し訳ない。
ここまでは自分が感じる音について書いてきた。
すなわち、もっとも重要であるはずの“聞き手”のことは一切考慮に入れていない。
だが、自分が感じている音と、相手の感じている音は間違いなく違うのである。
距離の問題、反響の問題…など、さまざまな不確定要素があるからである。
そこまで完全に把握することは、自分が聞き手に憑依でもしない限り無理だ。
でも、そういうことがあると知っているだけで、音に対する意識はきっと違うはずだ。
スタジオ以外の場所で叩く機会がほしいものである。
憧れの神保氏に迫る
いきなりだが、ささいちは“神保 彰”氏を尊敬している。
というのも、氏がきっかけで僕はドラムを始めたのである。
それ以来、ささいちはすっかりドラムに取り憑かれてしまっている。
今でも氏が出演しているDVDや動画、音楽をほぼ毎日聞いている。
いったい何がそんなに好きなのかというと、とにかく凄いのである。
「日本にこんな凄いドラマーがいたんだ」と、誰もが言うのもうなづける。
同じくささいちが尊敬する則竹裕之氏も同じように述べている。
是非、動画サイトで神保彰と入力し、氏のプレイを見てほしい。
で、タイトルどおり、氏に迫ってみようと思う。
しかし、ドラムセットの説明をしたところで、ただの自己満足にしかならない。
まして技術説明など、氏の教則DVDで本人から聞くほうがいい。
なら、何を書くべきか。
自分でも学べることを探して、それを書けばいいのである。
氏のようなプレイはできずとも、“視る”ことならできる。
言い忘れていたが、ささいちはドラムを始めて3ヶ月、素人中の素人である。
8ビートは叩けるが、タム回しはまだ覚束ないようなレベルである。
そんな奴が何を学べるのか、と言われても仕方ないかもしれない。
しかし、それでも僕は氏から多くの発見をした。
このように、自分でも学べることを書き連ねてみよう。
【1、グリップがどことなく違う】
一般的に、人差し指と親指で支点を作るのが正しいグリップといわれている。
しかし、氏のグリップはそのような叩き方ではないように見える。
時折、人差し指を離しているようなのである。
ライドやカウベルを叩くとき、人差し指以外の場所を使っているのではと思う。
氏のサイト
にも“たたき方に、なにか非凡なものを感じた”との記述がある。
個人的には、中指や小指を使うと氏に似たグリップを作れた。
まだまだここは研究不足で、真偽は不明である。あしからず。
しかし、氏は独学なので、あり得ない話ではないだろう。
【2、上半身の使い方が上手い】
今の神保氏といえば、やはり姿勢の良さが目に留まるだろう。
あの上体の品のよさ、実生活でも見習いたいものである。
冗談はさておき、氏といえども姿勢を崩すときは崩す。
クラッシュからスネアへの移動時などは背中を後ろに引く。
ノッてくると、タム回しで縦横無尽に姿勢がずれる。
おそらく、重心や体の重みを最大限に利用しているのだろう。
また、氏は肩も柔らかく使っている。
左でハイハットを叩くときは、肩の上下を利用している。
ハイハット→フロアタムの移動でもでも、肩はとても柔らかく使っている。
この柔らかな動きが力を抜くことにつながると思われる。
実際氏のプレイ時に、余計な力が入っているようには見えない。
【3、抑揚がある】
特にドラムソロのときだが、まさしく静と動を感じる。
これをグルーブと呼んでいいのかどうかはわからないが、グッと惹きこまれる。
ひたすら叩きまくるように思えるソロにも、微妙な間があるのだと思う。
改めて、休符の重要性を感じる。
氏は“無音の空間”という言葉を使っていたような気がする。
というように、3つほど気づいたところを書いてみた。
もちろん、先に断ったように、ささいちは根っからの初心者である。
だから、ここに述べたことには信憑性がないかもしれない。
しかし、ささいちにはこう見え、こう聞こえたのだ。
もっと観察し、学び、そして上手くなりたいものである。
