ついに手を出してしまった西尾維新の出世作、戯言シリーズ。
・クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い
・クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識
・クビツリハイスクール 戯言遣いの弟子
・サイコロジカル(上) 兎吊木垓輔の戯言殺し
・サイコロジカル(下) 曳かれ者の小唄
まで読みました。
戯言シリーズ、ようやく半分まで読んだ感じですね。
ていうか、最近の私が酷いです。
・化物語シリーズ5冊
・きみとぼくの壊れた世界シリーズ4冊
・新本格魔法少女りすかシリーズ3冊
・戯言シリーズ5冊
7月の終わりから今日まで1ヶ月強で、ノベルス何冊読んでるんだ。17冊?
2日に1冊のペースで購入し読み続けている自分が怖いです。
学生時代の夏休みだって、こんなに本読んでないぞ。
それはともかく。
ネタバレを含む、戯言シリーズ各巻の感想を。
これから戯言シリーズ読みたい人は、この記事読まない方が吉かも。
いつも小説の感想は長めになるので、今回は手短に行きます。
■クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い

ミステリです。
素晴らしく、ミステリでした。
手垢の付きまくった、ミステリとしてみれば実は全く新しさは無い作品なのですが、ライトノベル的フォーマットを使って、ここまで、ミステリが書けるとは。
西尾維新は筆が早いことで知られていますが、それでもこの作品は公開されるまで、それなりに練り込まれたのでは、と思います。
・周囲の通常世界から隔絶された事件の舞台
・故に、当初から登場する数名の人物全てが容疑者
・密室
・読者の推理を裏切る、意外性のある結末。
めっちゃ、王道です。
西尾維新の作品でミステリ色のあるものは、大概上記4番目の「読者を裏切る結末」ってのが、裏切るどころか、「読者を詐欺にかける」と言ったようなもので、純粋にライトノベル的に楽しもうとすると人によってはムカついたり、茫然自失となったりするものが多いような気もするのですが(最近それが西尾維新の中毒性のひとつでは、と思い始めました)、この「クビキリサイクル」では、心地よく読者の感性を刺激する程度のものとなっています。
言い換えれば、読者の期待する、読者の想定の範囲内の意外性、と言うところでしょうか。
解決編中に「クビキリサイクル」というタイトルに思い当たり、「なるほど」となる心地よさ、ですね。
ストーリーの展開の構成もよく練られており、作品としての完成度はとても高いです。
デビュー作とはとても思えません。
デビュー作だからこそ、練りに練った、とも言えますが。
とりあえず、この作品が面白かったので、戯言シリーズを読み続けることを決めました。
■クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識

ミステリの用語に「信頼できない語り手」というものがあります。
物語において一人称の語り手はその人物による主観・視点においてしか状況を把握できず、その人物の思考に影響される。
その為その人物の思い込みや、あるいは語り部自体が意図的に読者に嘘を言っていたとしてもそれを読者は知ることが出来ない。
故に「語り手は信頼できない」というわけです。
ミステリにおいてはこの事を手法として用いた作品も少なからずありますが、私は物語を読むときは少なからず感情移入するので、語り手に騙されているというパターンはだいたいショックで読後ちょっと消化不良感を持ってしまうものです。
実際にこの手法を使うのは、ミステリとしてアンフェアだ、という声も存在するみたいですね。
西尾維新も度々この手法を使うので、いつもムカつきます(笑)
クビシメロマンチストにおいては、「ミスリードを誘う」なんて可愛い物ではなく、完璧に読者を騙してます。嘘つき。詐欺。
読み終わって愕然とした後、作品を振り返ってみると、「第三者視点でこの物語が書かれていれば、実は容易に推理が可能であった」事実に気がつき、はふー、と気力を抜かれます。
ここが、この作品の一番面白かった、と感じるところですかね。
「不気味で素朴な囲われた世界」なんて、第三者視点でも真実には到達不能ですから(笑)
「クビキリサイクル」が本格ミステリであったのに対し、本作はいーちゃんの通う大学とそこでの人間関係が主軸と言うこともあり、ちょっと毛色は違っています。
導入部~序盤の展開は、一見学園ラブコメのよう。
その学園ラブコメのような展開から、人間失格の殺人鬼、零崎人識が現れ、展開に絡んでくる・・・かと思いきや。
実はその殺人鬼は舞台にはほぼ絡まず、主人公「いーちゃんと」普通に仲良く日常的なシーンを送り、逆に日常的シーンであったはずの学園ラブコメ世界が、どんどん壊れていきます。
殺人鬼が、いーちゃんにとっての日常となる対象で。
学園生活が、いーちゃんにとっては崩落する対象で。
シリーズ的に少しずつ、「いーちゃん」の壊れているところが描き出されます。
■クビツリハイスクール 戯言遣いの弟子

前2作はどちらもミステリですが、ここからだんだんと現在の西尾維新のスタイルに近づいてきます。
いわゆる「ジョジョっぽい」、ミステリ的全体のストーリー構成に、異能バトルが主体となっている感じ。
この作品は、あんまり感慨を受けませんでした。
展開も、結末も、意外性はあまりありません。
前2作を読んで、肩すかしを食らった人も多いんじゃないかな。
それよりも、キャラクターを描くのがメインですね。
全編にわたって能動的に、いーちゃんが活躍します。
ああ、あんまりこの作品には感想がないな(笑)
個人的には、策師・萩原子荻はあれだけの出番ではもったいないキャラだったかな、と。
ジョジョじゃんこれ、で感想としてはやっぱりいいかも。
■サイコロジカル(上) 兎吊木垓輔の戯言殺し/サイコロジカル(下) 曳かれ者の小唄


このままバトル路線に突っ走るんだったらつまんないかも・・・と思いながら手に取りましたが、本作ではクビキリサイクルの本格ミステリ風味に帰りつつ、クビツリハイスクールの「能動的に活躍するいーちゃん」を取り込んできてます。
度々登場しながらも、これまで描かれなかった玖渚友とその背景、いーちゃんとの関係性が描かれ出し、そして動き出していきます。シリーズ物中盤としてここら辺りの演出はとても良く、読者に今後を楽しみにさせてくれます。
さて、作中で哀川さんも言っていますし、私も上で少し触れましたが、この作品全体の構成はクビキリサイクルを踏襲しています。
文章から受ける印象はだいぶ異なる物の、隔絶された舞台、最初から絞り込まれた容疑者、密室、最終的な結末(トリック)など、作品を構成している部品はほぼ一緒ですね。
犯人、トリック自体は、読んでいる途中にある程度その可能性を読者は考慮できるはずです。
そういう風に書かれています。
でも、このシリーズの主題は、そう、「戯言遣い」。
下巻のいーちゃんがトリックの解明に費やしているストーリーはすべて「戯言」です。
ここに、クビシメロマンチストの「信頼できない語り手」の要素も入ってきます。
そう考えると、この作品はこれまでの3作全ての特徴を上手く取り込んでいます。
ただ今回の読者騙しはクビシメロマンチストの時と違い、いーちゃんが舞台登場人物を集めて推理を披露しているときがあまりに強引な展開なので、読者はこれは「戯言」だ、とある程度は予見できます。
また、解決編までにちゃんと伏線が多々張られており、それらが回収されているので、割と見事と言えるかも知れません。
特に、兎吊木がいーちゃんに「神足に髪を切った方が良いと伝えておいて」がその晩から展開される事件の全ての伏線──いーちゃんの繰り広げる「戯言」も含めて──というあたりは割と感動しました。
西尾維新の作品は、読者の期待を裏切りつつ張られた伏線が回収される、って点が気持ちいいですね。
気になるのは、少なくとも遺体を検死した心視先生はさすがに真実に気がつくんじゃね?というところですが、その通り、きっと気がついていたんでしょう。
玖渚も、哀川潤も、もしかしたら根尾も真相は知っていた。
でも、だからこそ、いーちゃんの立場は「戯言遣い」となるわけです。
クビキリサイクルの頃はまだ「ちょっとずれた理屈っぽい皮肉屋」的にしか見えなかったいーちゃんの「戯言」は、本作でかなり深みを与えられたように思います。
本作で、西尾維新のスタイルがあらかた固まったのかなぁ、とその後に書かれた他のシリーズを先に読んだ人間としては思いました。
今回感想を書いた戯言シリーズの前半分では、一番面白かったですね。
───
ここまで西尾維新の作品を、今回の戯言シリーズも含め沢山読みましたが、それでも西尾維新の熱狂的なファンというわけではありません。
こんなに構成、文章、展開の優れた作品をものすごいスピードでリリースしてくれているのに、なんでだろう?
だいたい、ファンになってなかったら1ヶ月で17冊って、読まないだろ?
と思いますが。
それは多分、私が、やはりストーリーに潜在的に「ハッピーエンド」を求めているからでしょう。
法治国家に生まれ育ち、その国でいろんな作品に触れてきた人間としては、やはり悪は罰せられてこそ、ハッピーエンドになると思っているのだと思います。
しかし、西尾維新の作品、特にミステリでは、犯人が罰せられることはほとんどありません。
クビキリサイクルにしても、クビツリハイスクールにしても、サイコロジカルにしても、犯人はその後普通に生活に戻っています。
クビシメロマンチストは、「殺人犯」は結果的に複数いて、死んだり逮捕されたりしてますが、結局その結果を招いた真の意味で「真犯人」たる人間は、やはり元の生活に戻っています。
この「事件が解決されても犯人が裁かれない」のは、世界シリーズでも、りすかでも同様です。
正直、読んだ後愉快な気分には、なれないですね。
でもじゃあなぜ読むか?
それはやっぱり、キャラクターの台詞、描写、心理の独白、一見無意味でその実やはり無意味な掛け合い、そういったものの魅力故でしょう。
ミステリファンに言わせれば、トリックもプロットもたいしたことなく、推理小説として読んだら何が面白いのか分からない、らしいです。
その通りだ、と思います。
私はミステリファンではありませんが、実際、驚くべきトリック、とかいうのはこれまで私が読んだ西尾維新のミステリにはありません。
その壊れた世界観、その世界観においてのキャラクターの魅力、そういったモノが面白い、のが魅力です。
その辺の壊れた演出が、ストーリーとキャラクターのひねくれ具合が、私のように感性にフィルタがかかったオッサンには演出過多にも見えてしまいますが、やっぱり、若い人には溜まらないだろうな、と思います。
この辺りの「キャラクターの魅力」を過剰なまでに先鋭化させて、それだけでお話を作ってしまったのが化物語シリーズだと思います。
だから、あの作品が作者の趣味100%で書かれた、と言うのも、真っ先にアニメ化された、というのも理解できる話です。
ああ、最初の方になんか「手短に」って言ってたけど、結局長くなっちゃったな・・・
まあ、戯言シリーズ、まだ後ろ半分が未読なので、楽しみにさせて貰いますよ、ってことで。
・クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い
・クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識
・クビツリハイスクール 戯言遣いの弟子
・サイコロジカル(上) 兎吊木垓輔の戯言殺し
・サイコロジカル(下) 曳かれ者の小唄
まで読みました。
戯言シリーズ、ようやく半分まで読んだ感じですね。
ていうか、最近の私が酷いです。
・化物語シリーズ5冊
・きみとぼくの壊れた世界シリーズ4冊
・新本格魔法少女りすかシリーズ3冊
・戯言シリーズ5冊
7月の終わりから今日まで1ヶ月強で、ノベルス何冊読んでるんだ。17冊?
2日に1冊のペースで購入し読み続けている自分が怖いです。
学生時代の夏休みだって、こんなに本読んでないぞ。
それはともかく。
ネタバレを含む、戯言シリーズ各巻の感想を。
これから戯言シリーズ読みたい人は、この記事読まない方が吉かも。
いつも小説の感想は長めになるので、今回は手短に行きます。
■クビキリサイクル 青色サヴァンと戯言遣い

ミステリです。
素晴らしく、ミステリでした。
手垢の付きまくった、ミステリとしてみれば実は全く新しさは無い作品なのですが、ライトノベル的フォーマットを使って、ここまで、ミステリが書けるとは。
西尾維新は筆が早いことで知られていますが、それでもこの作品は公開されるまで、それなりに練り込まれたのでは、と思います。
・周囲の通常世界から隔絶された事件の舞台
・故に、当初から登場する数名の人物全てが容疑者
・密室
・読者の推理を裏切る、意外性のある結末。
めっちゃ、王道です。
西尾維新の作品でミステリ色のあるものは、大概上記4番目の「読者を裏切る結末」ってのが、裏切るどころか、「読者を詐欺にかける」と言ったようなもので、純粋にライトノベル的に楽しもうとすると人によってはムカついたり、茫然自失となったりするものが多いような気もするのですが(最近それが西尾維新の中毒性のひとつでは、と思い始めました)、この「クビキリサイクル」では、心地よく読者の感性を刺激する程度のものとなっています。
言い換えれば、読者の期待する、読者の想定の範囲内の意外性、と言うところでしょうか。
解決編中に「クビキリサイクル」というタイトルに思い当たり、「なるほど」となる心地よさ、ですね。
ストーリーの展開の構成もよく練られており、作品としての完成度はとても高いです。
デビュー作とはとても思えません。
デビュー作だからこそ、練りに練った、とも言えますが。
とりあえず、この作品が面白かったので、戯言シリーズを読み続けることを決めました。
■クビシメロマンチスト 人間失格・零崎人識

ミステリの用語に「信頼できない語り手」というものがあります。
物語において一人称の語り手はその人物による主観・視点においてしか状況を把握できず、その人物の思考に影響される。
その為その人物の思い込みや、あるいは語り部自体が意図的に読者に嘘を言っていたとしてもそれを読者は知ることが出来ない。
故に「語り手は信頼できない」というわけです。
ミステリにおいてはこの事を手法として用いた作品も少なからずありますが、私は物語を読むときは少なからず感情移入するので、語り手に騙されているというパターンはだいたいショックで読後ちょっと消化不良感を持ってしまうものです。
実際にこの手法を使うのは、ミステリとしてアンフェアだ、という声も存在するみたいですね。
西尾維新も度々この手法を使うので、いつもムカつきます(笑)
クビシメロマンチストにおいては、「ミスリードを誘う」なんて可愛い物ではなく、完璧に読者を騙してます。嘘つき。詐欺。
読み終わって愕然とした後、作品を振り返ってみると、「第三者視点でこの物語が書かれていれば、実は容易に推理が可能であった」事実に気がつき、はふー、と気力を抜かれます。
ここが、この作品の一番面白かった、と感じるところですかね。
「不気味で素朴な囲われた世界」なんて、第三者視点でも真実には到達不能ですから(笑)
「クビキリサイクル」が本格ミステリであったのに対し、本作はいーちゃんの通う大学とそこでの人間関係が主軸と言うこともあり、ちょっと毛色は違っています。
導入部~序盤の展開は、一見学園ラブコメのよう。
その学園ラブコメのような展開から、人間失格の殺人鬼、零崎人識が現れ、展開に絡んでくる・・・かと思いきや。
実はその殺人鬼は舞台にはほぼ絡まず、主人公「いーちゃんと」普通に仲良く日常的なシーンを送り、逆に日常的シーンであったはずの学園ラブコメ世界が、どんどん壊れていきます。
殺人鬼が、いーちゃんにとっての日常となる対象で。
学園生活が、いーちゃんにとっては崩落する対象で。
シリーズ的に少しずつ、「いーちゃん」の壊れているところが描き出されます。
■クビツリハイスクール 戯言遣いの弟子

前2作はどちらもミステリですが、ここからだんだんと現在の西尾維新のスタイルに近づいてきます。
いわゆる「ジョジョっぽい」、ミステリ的全体のストーリー構成に、異能バトルが主体となっている感じ。
この作品は、あんまり感慨を受けませんでした。
展開も、結末も、意外性はあまりありません。
前2作を読んで、肩すかしを食らった人も多いんじゃないかな。
それよりも、キャラクターを描くのがメインですね。
全編にわたって能動的に、いーちゃんが活躍します。
ああ、あんまりこの作品には感想がないな(笑)
個人的には、策師・萩原子荻はあれだけの出番ではもったいないキャラだったかな、と。
ジョジョじゃんこれ、で感想としてはやっぱりいいかも。
■サイコロジカル(上) 兎吊木垓輔の戯言殺し/サイコロジカル(下) 曳かれ者の小唄


このままバトル路線に突っ走るんだったらつまんないかも・・・と思いながら手に取りましたが、本作ではクビキリサイクルの本格ミステリ風味に帰りつつ、クビツリハイスクールの「能動的に活躍するいーちゃん」を取り込んできてます。
度々登場しながらも、これまで描かれなかった玖渚友とその背景、いーちゃんとの関係性が描かれ出し、そして動き出していきます。シリーズ物中盤としてここら辺りの演出はとても良く、読者に今後を楽しみにさせてくれます。
さて、作中で哀川さんも言っていますし、私も上で少し触れましたが、この作品全体の構成はクビキリサイクルを踏襲しています。
文章から受ける印象はだいぶ異なる物の、隔絶された舞台、最初から絞り込まれた容疑者、密室、最終的な結末(トリック)など、作品を構成している部品はほぼ一緒ですね。
犯人、トリック自体は、読んでいる途中にある程度その可能性を読者は考慮できるはずです。
そういう風に書かれています。
でも、このシリーズの主題は、そう、「戯言遣い」。
下巻のいーちゃんがトリックの解明に費やしているストーリーはすべて「戯言」です。
ここに、クビシメロマンチストの「信頼できない語り手」の要素も入ってきます。
そう考えると、この作品はこれまでの3作全ての特徴を上手く取り込んでいます。
ただ今回の読者騙しはクビシメロマンチストの時と違い、いーちゃんが舞台登場人物を集めて推理を披露しているときがあまりに強引な展開なので、読者はこれは「戯言」だ、とある程度は予見できます。
また、解決編までにちゃんと伏線が多々張られており、それらが回収されているので、割と見事と言えるかも知れません。
特に、兎吊木がいーちゃんに「神足に髪を切った方が良いと伝えておいて」がその晩から展開される事件の全ての伏線──いーちゃんの繰り広げる「戯言」も含めて──というあたりは割と感動しました。
西尾維新の作品は、読者の期待を裏切りつつ張られた伏線が回収される、って点が気持ちいいですね。
気になるのは、少なくとも遺体を検死した心視先生はさすがに真実に気がつくんじゃね?というところですが、その通り、きっと気がついていたんでしょう。
玖渚も、哀川潤も、もしかしたら根尾も真相は知っていた。
でも、だからこそ、いーちゃんの立場は「戯言遣い」となるわけです。
クビキリサイクルの頃はまだ「ちょっとずれた理屈っぽい皮肉屋」的にしか見えなかったいーちゃんの「戯言」は、本作でかなり深みを与えられたように思います。
本作で、西尾維新のスタイルがあらかた固まったのかなぁ、とその後に書かれた他のシリーズを先に読んだ人間としては思いました。
今回感想を書いた戯言シリーズの前半分では、一番面白かったですね。
───
ここまで西尾維新の作品を、今回の戯言シリーズも含め沢山読みましたが、それでも西尾維新の熱狂的なファンというわけではありません。
こんなに構成、文章、展開の優れた作品をものすごいスピードでリリースしてくれているのに、なんでだろう?
だいたい、ファンになってなかったら1ヶ月で17冊って、読まないだろ?
と思いますが。
それは多分、私が、やはりストーリーに潜在的に「ハッピーエンド」を求めているからでしょう。
法治国家に生まれ育ち、その国でいろんな作品に触れてきた人間としては、やはり悪は罰せられてこそ、ハッピーエンドになると思っているのだと思います。
しかし、西尾維新の作品、特にミステリでは、犯人が罰せられることはほとんどありません。
クビキリサイクルにしても、クビツリハイスクールにしても、サイコロジカルにしても、犯人はその後普通に生活に戻っています。
クビシメロマンチストは、「殺人犯」は結果的に複数いて、死んだり逮捕されたりしてますが、結局その結果を招いた真の意味で「真犯人」たる人間は、やはり元の生活に戻っています。
この「事件が解決されても犯人が裁かれない」のは、世界シリーズでも、りすかでも同様です。
正直、読んだ後愉快な気分には、なれないですね。
でもじゃあなぜ読むか?
それはやっぱり、キャラクターの台詞、描写、心理の独白、一見無意味でその実やはり無意味な掛け合い、そういったものの魅力故でしょう。
ミステリファンに言わせれば、トリックもプロットもたいしたことなく、推理小説として読んだら何が面白いのか分からない、らしいです。
その通りだ、と思います。
私はミステリファンではありませんが、実際、驚くべきトリック、とかいうのはこれまで私が読んだ西尾維新のミステリにはありません。
その壊れた世界観、その世界観においてのキャラクターの魅力、そういったモノが面白い、のが魅力です。
その辺の壊れた演出が、ストーリーとキャラクターのひねくれ具合が、私のように感性にフィルタがかかったオッサンには演出過多にも見えてしまいますが、やっぱり、若い人には溜まらないだろうな、と思います。
この辺りの「キャラクターの魅力」を過剰なまでに先鋭化させて、それだけでお話を作ってしまったのが化物語シリーズだと思います。
だから、あの作品が作者の趣味100%で書かれた、と言うのも、真っ先にアニメ化された、というのも理解できる話です。
ああ、最初の方になんか「手短に」って言ってたけど、結局長くなっちゃったな・・・
まあ、戯言シリーズ、まだ後ろ半分が未読なので、楽しみにさせて貰いますよ、ってことで。