「小料理屋 桜」を最初から読まれる方はこちらから
今日の大森はクライアントとの打ち合わせが上手くいったらしく
いつも以上に機嫌が良かった。
「早いな。桜ちゃんと堺君が結婚してもう1ヶ月か。
子供とか欲しいとか思わないの?」
「さぁ、そればっかりはご縁ですから。」
桜子は心の中では子供を望んでいたが表情には出さなかった。
桜子の年齢になると高齢出産とも言えなくもない。
早いに越したことはなかった。
「そう言えば桜ちゃん、結婚したのに結婚指輪してないんだね。」
「お料理を出す仕事ですから。間違ってお料理の中に入ったら困りますし。」
「桜ちゃんは真面目だなぁ。指輪をしてないと独身と思われて口説いて来る客もいるかもしれないよ。」
大森は手酌で酒を注ぐと一気に飲み干した。
その大森の言葉に桜子は黙って笑うだけだった。
「だけど旨いね、この豆腐。」
「美由紀叔母様の代からお世話になってるお豆腐屋さんなんですけど
大豆の甘みが出てて美味しいでしょ?
スーパーでも買えるけどやっぱりこの味は出せなくて。
きっとお水がいいのかもしれませんね。そのお豆腐「つと豆腐」っていって
藁でくるんで作ってあるんです。」
「だからなんだ、四角形じゃないの。」
そう言って豆腐をまた口に運んだ。
「だけどこの辺の豆腐屋じゃないだろ?見た事がない。」
「南会津から取り寄せてます。でもそうする分だけのお味はあるかと思って。」
「ふ~ん。」