小料理屋 桜 62話 | Vicissitudes de richesse ~七転八起~

Vicissitudes de richesse ~七転八起~

人生、転んでも立ち上あがれば勝つんですよねぇ
だから、転んでも立ち上がるんです
立ち上がって、立ち上がり続けるんです

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「とにかく、事情が事情なんだ。連絡だけでもした方がいい。」

再度、雄二に言われて躊躇したが母に連絡する事に決めた。

もしかしたら父は死んでしまうかもしれない。

最後位は会うかもしれないと、少しの希望を持って母に連絡をした。

「お母さん?桜子だけど。」

「珍しいじゃない。あんたから連絡があるなんて。」

母から『あんた』呼ばわりされるのは高校生の頃からだった。

その頃から父と母は修復不可になっていた。

「お父さんが救急車で病院に運ばれたの。覚悟した方がいいって。

だから親族とか呼んだ方がいいって言われたんだけど来れる?」

「…。病院はどこ?」

「高橋総合病院よ。」

電話越しに母がため息をしているのが分かる。

「そんな遠い所だったら、今さら行っても遅いんじゃない。」

「間に合わないかもしれないけど、来てくれない?」

「行くわ。それが無駄足になったとしてもね。」

そう言うと一方的に電話は切れてしまった。

何時からだろう、母より父の方にばかり気に掛ける様になったのは。

それは母の父への態度が子供心に嫌悪感を持っていたからかもしれない。

疲れた様に待合室の椅子に座ると雄二がカップに入ってるコーヒーを持ってきてくれた。

「お母さんなんだって?」

「来るって。でも、万が一お父さんが助からなくても悲しみもしないでしょうね。」

疲れのせいで桜子は口調が嫌味っぽくなってたかもしれない。

コーヒーを飲みながらしばらく待っていると、看護師が慌ただしく桜子の元にやってきた。

「松嶋さん、お父さんに声をかけてあげて下さい。」

持っていたコーヒーのカップを落としそうになった。

桜子は処置室に駆けつけると父に医師がまたがって心臓マッサージをしていた。

「先生!」

額に汗を浮かべながら医師は桜子の方を向いた。

「最後かもしれません。声をかけてあげて下さい。万が一助かるかもしれません。」

桜子は心臓マッサージを受けてる父の元へ駆け寄ると大きな声で何度も父の事を呼んだ。

「お父さん!お父さん!まだまだやりたい事があるでしょ?

お願いだから目を覚まして!お父さん!」

医師は一旦心臓マッサージを辞め、心拍数を示しているモニターを見た。

その時ピーと音を立てて心臓が動きを止めた。

医師は父から降りると目にライトをして、聴診器で心臓の音を確かめた。

そして腕時計を見ると、

「1時24分。ご臨終です。すみません、お役に立てなくて。」

そう言って頭を下げた。

桜子は崩れ落ちる様に座り込むと父の手を握り占めた。