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生まれ変わる事と印を押される事

(本文:ヨハ3章)







イエス様が仰った生まれ変わる事と印を押される事とは何なのか?





1.生まれ変わる事



人は誰でも肉体から肉として産まれ、神様はこのような肉体から生まれ変わってこそ天国に行くことが出来ると仰った。そして、肉によって生まれた者は肉で、御霊によって生まれた者は霊であり、水と聖霊によって生まれなければならないと仰った(ヨハ3:5~7)。水は御言葉で(アモ8:11~12)、御言葉は神様の種で(ルカ8:11)、光といのちである(ヨハ1:4)。聖霊は神様の御霊である。



水と聖霊によって生まれ変わらなければ、天国も永遠のいのちも得ることは出来ない。私たちが信仰生活をするのは、天国と永遠のいのちの望みを抱いて信仰生活をしているのである(ヨハ5:39、Ⅰヨハ5:13参考)。私たちが、生まれ変わらなければならないものは肉ではなく、霊である。



生まれ変わるように仰ったのは、水と聖霊が無く、悪魔の種と霊がその中にあるので、神様の種と霊によって、新しく生まれ変わりなさいという御言葉である。ペテロは、Ⅰペテロの手紙1章23節で「朽ちない神様の御言葉」によって新しく生まれなければならないと言った。これは御言葉がある所には神様が共におられるからである(ヨハ1:1)。神様の御言葉を中に持っていなければ、その人には神様もおられず、いのちも光もない。また、神様の種によって生まれた者ではないので、彼は神様の子どもでもなく、神様を父と呼ぶことも出来ず、神様は彼の父になることも出来ない。





2.印を押される事



印は判子で、自分の言った事を認める証し(証拠)として自分の名前の判子を押す。神様の印は何であるのか?神様の印は神様の御言葉(聖書)である。これは初め(太初)の御言葉が神様であられるからである(ヨハ1:1)。神様もお認めになる人に、判子を押すように、御言葉で印を押して神様の人である事を証明なさる。



それでは、印を押されると言う事は何を意味するのか?約束なさった御言葉を心に刻む事が印を押される事である。聞いて見ても心に刻まれていなければ、それは印を押された事ではなく、ただ見て聞いた事に過ぎない。地から出る者は地に属することを見聞きし、学んだので地の言葉を話し、天で見て聞いて学んだ者は天の事を証しする(ヨハ3:31~33)。この天の事を聞いて信じる者がその御言葉によって印を押される者である。



イエス様は「神様がお遣わしになった方は、神様の御言葉を話される。神様が御霊を無限に与えられるからである(ヨハ3:34)。」と仰った。当時のイエス様は、旧約の黙示を開いて啓示をお伝えになった(イザ29:9~14、マタ11:27)。今日も新天地の約束の牧者は、加減してはならない啓示を(啓22:18~19参考)見て聞いて指示された通りに証している。この時に天で見て聞いて証しするこの御言葉を信じる者はヨハネの啓示録の7章のように印を押される。



印を押された者は神様の国と祭司長になり、民になり(啓5:9~10、啓7章、啓14:1)、水と聖霊によって生まれ変わり、約束の国である天国12支派の家族になる。