目の前にはアイスコーヒーLサイズ

7月21日日曜日17時、外はまだ昼みたいに明るい。

学生の頃ドトールで長くアルバイトをしていたのでコーヒー飲むならドトールと決めている。

3月に姉が亡くなって4月に新年度が始まって仕事が忙しくなって、「つまらない」×「つまらない」の掛け算の解がプラスに転じることはなく、毎日なんとなく気分が最悪のまんま本格的な夏がやってきた。

投票には行ったけど都知事は変わらなかったし、フジロック出演のオーディションも落ちた。どちらも当たり前といえば当たり前だ。いつか覆る日が来るのだろうか?



ケータイのフォルダの写真を削除して空きスペースを増やさなきゃいけないのでここ数ヶ月の写真をここに捨てに来ました。

そう、ここは写真の墓場・・・






4/24 名古屋


クロマニヨンズを見に名古屋まで行った。

カメラマンのシバエリさんが「チケットあるけど行かない?」と声をかけてくれたのだ。

クロマニヨンズは2009年くらいの川崎クラブチッタに「ザ・ネアンデルタールズ」の変名バンドでシークレット出演した時に見れただけで、しっかりクロマニヨンズとして見れるのは初めてだった。

平日だから仕事だし、名古屋まで行くのも時間と金がかかるし…と少し悩んだけど、有給休暇を使って会社を休んで行くことにした。

姉がいなくなった今、自分の背中を押してくれるのは本当に音楽だけになってしまった。中学生の頃からの憧れであり神サマのような存在のヒロト&マーシーをこの目で拝めれば、そして音を浴びれれば…まぁどう考えても俺の心の回復は早まるだろう。

ということでシバエリさんと横浜から新幹線に乗っておしゃべりしながら名古屋へ。名古屋についてライブのチケット代を払おうと「いくらですか?」と聞いたらお金はいらないと。しかも「君の分とお姉さんの分」とシバエリさんは2枚のチケットを下さった。

これには涙を堪えることができず不覚にもボロボロ泣いてしまった。悲しいとかじゃなく、間違いなくシバエリさんの優しさへの感謝の涙だった。温かさが嬉しかった。

泣いて目が赤くなっちゃったので、駅で撮った自撮りはわざわざサングラスをかけました


このあとシバエリさんは会場に向かい、俺は夜まで名古屋をぶらぶらすることに。



大須。雨が降ったり止んだりだったかな。




地下鉄の駅。

東京の駅にはこういう感じが少なくなってきたので、懐かしさを感じる。前来た時も思ったけど、名古屋の地下鉄は自分が小学生くらいの頃の東京の地下鉄を思い出させてくれるのでめちゃくちゃ好き。普通こんなとこ熱心に写真撮らないよな。手前の看板の謎の風車と田園の写真、めちゃくちゃグッと来る。

なんの広告でもないし、無意味だから都会では排除されていくものがなんとなく放置されていてヨシとされているこの空間にたまらない魅力を感じるのです。




古いビルもたくさんあって良い。




古着屋ジ・アザーはお休みだった。残念。

ムーンライツで昔ライブで来た時にイカした革靴を買ったんだ。




大須の商店街を歩いてる時に東京のDJ兄貴からLINEが来てやりとりしてたので、「名古屋でおすすめのレコード屋ありますー?」と聞いて行ったバナナレコード。

けっこう買った。




昨今の嫌煙ブームからは考えられない、タバコのロゴが刺繍された昭和ソックスが¥100で叩き売られていたので2セット購入。いまだにこのままの状態で家にあります。できれば当時このCABIN85 MILD吸ってた!懐かしい!ってジジイにプレゼントしたい。




そんなこんなで夜まで時間潰して、ちょっとアルコール入れてライブ会場のダイアモンドホールへ。

ライブは言わずもがな最高だった。テニスボールを投げたら届くような距離にヒロトとマーシーがいてロックンロールを繰り広げている!あのシルエット!声!動き!気付いたら「かっけぇ…!かっけぇ…!」と繰り返し呟いていた。

ファンクラブにでも入れば簡単にチケットが買えるのだろうか?今後は積極的にもっと見に行きたい。

何回でも、かつ一回でも多く、見て感じた方が良いに決まってると思えた約15年ぶりの生ヒロトマーシーだった。


ライブの後半、隣に見覚えのある人がいると思ったら2丁拳銃の小堀さんだった。少し話した。

4月10日の自分の誕生日になぜかおめでとうとLINEをくれてすごく嬉しかったので、そのお礼ができて良かった。

ライブが終わったら余韻に浸る間もなくすぐに会場を出た。誰でも良いから「最高でしたね!」と話しかけたいくらい心は踊り跳ねていたけど少しでも早く東京へ帰って早く休まないと明日は仕事だ。



新幹線に乗ってからゆっくりゆっくり幸せな余韻を噛み締めた。疲れたけど本当に幸せな気持ちだった。


名古屋おわり。



4/27〜28千葉・館山











姉の納骨のために母親と弟と3人で泊まりがけで館山へ行った。

4月にしてはだいぶ暑い、カンカン照りの日だった。

海が綺麗で、姉の旦那さんのお父さんは車の運転がちょっと荒くて、夜は星が綺麗でした。



5/10 六本木


なんとなくフラッと来たついでにLIVE見ちゃおうかなと思って入り口でしばらく迷った挙句入らなかった。

次は絶対入る!LIVEチャージたけえ!



5/10 同じく六本木


六本木ヒルズの中で比較的入りやすい店で飲んでみた。外国人の男が日本人の若い女性を必死に口説いているのを横目に。

姉が亡くなってから(いちいちこの話が出て申し訳ない)、進んで色んな未体験の場所に出かけては飲むようにしている。

要するに現実逃避だ。







5/12 新宿


数ヶ月のブランクを経てLIVE復帰。





5/18 浅草

姉が入院中は、弟と自分でよくお見舞いに行った。

弟とはそれで再会するまで何年も連絡すら取ってないような状態だったので、結局は姉ちゃんが弟2人をまた繋げてくれた形になった。

これからはたまに会ったり、ちゃんと連絡を取り合おうということになった。

浅草でお祭りに出て山車を担ぐからお兄ちゃんに見に来て欲しいと連絡があったので会いに行った。


なにげに本邦初公開、中村ガクの、弟でした。




5/26 足利

Luv-Endersのライブで足利へ。








5/30 渋谷

加藤和彦の音楽人生を描いたドキュメンタリー映画「トノバン」公開記念のイベントでライブを任されたのでオリジナル無しの加藤和彦関連の楽曲縛りでライブ。

フォーククルセダーズ、サディスティックミカバンド、あとは加藤和彦が80年代にアイドルに提供した曲や安井かずみ(加藤和彦の妻・作詞家)が訳詞を書いたビートルズの曲などを演奏。

新しいエピフォンのアコースティックギターを買ったので初お披露目だったんだけど、エレキ用のミニアンプで音を出すしか方法がなくて音は最悪でした。






5/31 新宿紅布

平田ぱんだ率いるレギュラーイベント「こんなもんじゃない」前回は姉の色々で欠席してしまったけどこちらも復帰!

新しいアコースティックギターを買ったら古いやつはあげるよ、と平田ぱんだに約束していたので、贈呈。


楽しい楽しい「こんなもんじゃない」、次回は9月です。






6/8 東高円寺UFOクラブ






ジェニ・ジェニのレコ発に出演。

ジェニ・ジェニのギターのモモコは高校生の頃フォーエバーズのライブを見て「スタッフやらせてください!」と言ってきたフォーエバーズ初代スタッフ。

なかなかエモい話でしょ?


2時間半ブログを書いたら飽きてきたので、また今度。

姉が亡くなってから今日で1ヶ月


初めての月命日。長くて苦しい1ヶ月だった。

まだ悪い夢の中にいるみたいで、「よくわかんない」状態で日々をなんとか過ごしている。

このつらさがこの先も続くのかと思うと、もう勘弁してくれと言いたくなるが、いまのところ自分に死ぬ予定はないので歯を食いしばって耐え、生きなければならない。


僕は、3歳上の姉がいるこの世界に生まれてきた。36年間ずっと、3歳上の姉がいた。

その姉は、僕のことを無償の愛で守ってくれる、唯一の存在だった。

そんな姉がみるみるうちに痩せ細っていき、最後は水を飲み込む力さえなくなって昏睡状態になっても手を握って祈ることしかできなかった。その祈りは届かず、覚悟する時間もないまま、本当にいなくなってしまった。


姉がいなくなったこの世界で初めての誕生日を迎えた。たくさんの人が気を遣ってたくさん祝ってくれた。

だけど毎年かかさず来ていた姉からのお祝いLINEだけ

は来なかった。これから、ずっとないなんて。信じられない。


別に幸せに暮らしてなくてもいいし、年に数回しか会わなくてもいい、姉が普通にどっかで生きててくれていることが、僕の一つの大きな「生き甲斐」だったのに。


今日は旦那さんの家にお邪魔して、新しい花を飾った。

来週末に千葉のお墓に入るので、そしたら本当に遠くに行ってしまう気がしている。




全然更新できてないけど、更新したい気持ちは常にしっかりあること、書きたいこともたくさんあること、それだけは意思表示しておきたくなった夜。

またくだらないどうでもいいようなことをつらつらと。近いうちに

いま、仕事終わりで千歳烏山の商店街にいる。

ドトールで紅茶を飲んで、こないだ買った筒井康隆の本を読む。30代前半はレコードや本や服を買って楽しい気分になることに何故か強い罪悪感が伴い、買わなくなってたんだけど、最近また少しずつ買ってもいいような気分になってきて、時々買っている。

本も、レコードも、服も、大好き!メンタル良好!




千歳烏山のこのあたりを通ると懐かしい思い出、といってもそこまで古い思い出ではないんだけど、コロナ前の記憶は全部大昔のこととして僕の脳が書き換えてしまってる感があるので、すごく古い思い出みたいな顔して5年くらい前の記憶が立ち昇ってくる。

https://youtu.be/vcjlRQ7J2uM?si=oBfJlIgxil3N7ygm


このMV撮ったのが5年か6年前で、千歳烏山に当時住んでた友達の家を撮影に使わせてもらったんだよね。

その友達は今もう引っ越してしまったしコロナで会えないうちに仕事がめちゃくちゃ忙しくなってしまったみたいで最近は全然会ってないんだけど、このMVを撮った頃は本当によくライブに来てくれてて、しょっちゅう一緒に飲んだくれてた。

上のMVを撮った日も撮影終わりに今ぼくがいるドトールの並びの居酒屋で打ち上げをしたもんで、ここらへん通ると思い出すわけです、あの頃を。


しかしあの頃はフォーエバーズ界隈、ちょっと過度な飲酒の量と頻度だったので、全然あの頃に戻りたいとは思わないです。ハイ。




では本題、2月の大阪弾き語り遠征を振り返ろう後編


前編では大阪つくまで、着いてからライブまで、ライブ後の打ち上げまでの記憶と写真を放流したわけだけど、その後を手繰り寄せながら引き続き放流していきましょう。


他の出演者や主催者との打ち上げで結構遅くまでしっかり飲んだわけだけど、泊まる宿も決めずに来てるしもちろん終電なんてカンケーないし最高に楽しい気分だったので、誰か一緒に飲んでくれる人が1人でもいれば何時まででも大阪の夜を楽しむぞー!!状態。大阪ハイ!

眠くなったらまた個室ビデオ入って好きなだけ寝ればいいしね。


そういえば昼間にslimcatのマサラから連絡が来てたことを思い出す。心斎橋にいるからタイミング合えば会いましょう的な。

ということで少し移動してマサラに会いに行くことにした。宿取ってないこと話したら家に泊まっていいと。ありがとう🫶

夜中にマサラ宅について結局空が明るくなるまで飲みながら話したり音楽聴いたりして、昼前まで泥のように眠って、シャワー借りて、歩いて回転寿司屋行って飯食って、お別れバイバイの時にツーショット。


最初出会った時は少年って感じだったけど今はslimcat以外も幅広く頑張ってて、すごいと思う。

俺もずっとカッコいいお兄ちゃんでいられるように、するぜ!!




マサラと別れた後は、電車を乗り継いである場所へ。


前日の弾き語りライブでは素晴らしい歌声の持ち主、PJJのあっちゃんと共演したわけだけど、そのPJJのギタリスト高井君が去年突然、亡くなった。

高井君と自分はすごく親しかったわけじゃないけど、FOREVERSで大阪に行くとだいたいマサラとか、前日の主催のミヤビとかその仲間のユウトとかがフォーエバーズと飲みたい!って駆け付けてくれて、打ち上げが盛大に開催されるんだけど、高井君もいつもその輪の中にいつの間にかいる、みたいな感じの人だった。

いつもニコニコ酔っ払ってた。


だから今回の大阪が決まったとき、必ず高井君に挨拶に行こう、と思った。実家の住所を教えてもらって、伺った。お母様が対応してくれて、高井君の部屋はそのまま残されてて、ギターとかCDとかたくさんあって、実感が湧かなかった。高井君。いつも飲みに来てくれてありがとうね!


さて、高井君の実家をあとにして、まだ空は明るい夕方ごろ。夜行バスで東京に帰るのでまだけっこう時間がある。

俺にはもう一ヶ所、今回の旅で行くと決めた場所があるのだ!





西成だーーーーーーーー!!!!!!


これは単純に前から興味があったから。日本のスラム街などと呼ばれる西成を一度体験してみたかったのだ。


新今宮駅だったかな、マップで調べた「西成区」に近い駅で降りた。近くに通天閣もあるらしい!ついでに通天閣も初体験しちゃおう。

駅舎を出て歩いてみるとすぐに炊き出しの列や積み上げられたゴミ?の山が視界に飛び込んできて「わー!すげえ!」となる。ちょっと怖い。

そこら辺をふらふら歩いてたり座り込んでたりするお爺ちゃん達、ほぼ全員がタバコをプカプカやっている。東京じゃあり得ない路上喫煙率!

焦点が定まらないお爺ちゃんが炊き出しの列で怒鳴り声をあげている。

ちょっと怖いけどヒリヒリとした生のエネルギーみたいなものが街全体にみなぎっていて、俺はこういうのが好きだ。きっと昭和の時代ってもっとこういう感じだったんだろう、日本の色んな場所で。

ちょっとバッチい爺さん婆さんだらけだけど、みんな悲壮感がなく、楽しくファンキーに貧乏してる感じで。

覚醒剤を売ってはいけない飲み屋街を通り抜け、目指すはかの有名なスーパー玉出!

酒気帯びの街を歩いてたらおいらも酒が飲みたくなってきた、郷に入れば従いましょう。




派手だなーーー!
かわいい。


ウェルカム玉出。


いちばん不味そうなお惣菜と発泡酒でやりながらしみじみ西成を歩こう、と決めて入店。


いちばん不味そうだったチキンソーセージ(チキンソーセージって何だよ聞いたことねえよ!)4本148円ナリ。


硬そう。食欲の湧かぬ色合い。


金麦をプシュッと開けてチキンソーセージを齧りながら(未体験の食感…)西成ジジイになった気分で歩く。2月なのに外でビール飲みながら歩いても凍えなかったから割と暖かい夜だったのかしら? あー寒い!ってイラついた記憶が今回の大阪には無いんだ。チキンソーセージは本当にまずかったです。


そんなこんなで初の西成をエンジョイ完了。

次行くことがあったら勇気を出して飲み屋に入ってみたいな…!


そんで〜〜〜、また電車乗ってアメ村に戻った。

ミナミホイールで何度も来てるからここが一番大阪で知ってる場所。三角公園。コロナ前に最後ミナホ出た時のライブハウスの前で写真撮ってー、AtlantiQsというとこだったかな、写真はもう削除しちゃったみたいでここにはあげられないけど。

たこ焼きを食べていなかったことに気付いてそこらへんの店に入って食べてたら夜行バスの時間がそろそろだってことで急いで梅田へ。バスの出発場所が前夜にライブやったとこのすぐ近くだったー、今回も本当に楽しかったなあと思いながら帰りました。


今回の大阪で、高速バス使えば割安でアコギと移動できることがわかったので、地方の人とかもっと気軽に中村ガク弾き語りを呼んでくれたら良いのになって思った。



前編と後編に分けた大阪メモリー、やっと終了。

後編の最初に仕事後のドトールって書いてるけど途中で保存して1週間くらい経ってる、んだけどまた同じドトールで仕事後に紅茶飲みながら書き終えました。


この1週間で一気に気温が下がって、朝晩は上着を羽織らないと寒いぐらいになってきた。


みんな元気で!また。


家の近くにあるコメダ珈琲か倉式珈琲にでも入ってみるか、と6年住んで初めて思って(どういう心境だ?)イヤフォンで音楽聴きながら家を出発し歩く。より家に近い倉式珈琲をいったんスルーし、数分歩いてコメダ珈琲にイン。しようと思ったら何人も入店待ちをしてる人々が。日曜の午後に店でコーヒーを(並んでまで)飲む習慣がないもんでよく知らんが、こんなに混んでるものなのか。けっこうビックリする。コメダ珈琲って人気なんだなぁ。すげーや。まぁいい、俺は倉式に行くよ。ってことで即座に踵を返し、歩いてきた道を逆戻り。何百回もこの道通ってるけど倉式珈琲に入ってみようなんて思ったこと今まで一度もないぞ?今日の俺はどうかしちまったのかしら?なんて思いながら入店しようと思ったら扉の内側には案内されるのを待っている人、人、人。大袈裟ではなくのけぞった。まーーーじか。コーヒーゾンビめ!!!

駅からけっこう離れた大きめのコーヒーショップに2軒連続でフラれるとは。あとは駅の方まで行かないと喫茶店はない。ここまできたらもうコーヒーは絶対に飲みたい。仕方なく一回家まで歩いて帰って、チャリにまたがり駅前のドトールコーヒーへ。

ふぅ、ドトールは落ち着くな。5年以上バイトしてたのもあり、私はドトール贔屓です。



そんなこんなで、喫茶店でブログでも、と思って家を出てから1時間以上経ってしまった。本題入ります。


「あなたのケータイの写真のフォルダ、一杯ですが」的な訴えをMyPhoneが投げかけてくるようになった、最近。なのでブログに放流してしまわなければ。

そもそもこのブログ再開したのも2月に大阪に弾き語りしに行った時の思い出を綴るためだったのに、その時の写真がまだうちの水槽で泳いでやがる。放流だ!


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今年の初め頃ってえとまだちゃんとコロナ禍っぽい感じでしたな、今と比べると。今もコロナ✖️インフルが流行ってるっぽいし気をつけるのに越したことはないけど、これ以上自分の行動を制限し過ぎる日々が続いてしまうと心がちょっと持たないかも、と思い始めてて、人の多い場所や機会を避けたり、人に会うのを先に引き延ばしたり諦めたりするのをもう自分は終わりにしよう!と決めたのがちょうど今年の初め。

コロナ前の2018とかにバンドで大阪行ったのが最後で、コロナ入ってすぐに出演決まってた名古屋のサーキットイベントが中止になって、そこから2年くらい都外のライブなんて考えもしない時期に入り(バンドが同じタイミングで止まったってのもある)、だから今年の初めに大阪からライブ誘われたのはかなりグッと来るものがあった。やっとまた動き出す!バンドじゃなくてソロになっちゃったけど!たしか即決で出るよって返事したと思う。

バンドの時のスタッフが一緒について来てくれたので「超」方向音痴の私としては大変助かりました。最初は1人で高速バスで行こうと思ってたけど「めちゃ安い飛行機あるから飛行機で行こう!」とか色々調べてくれたし。ありがとうー。

ということで高速バスだとライブの前夜に出発しなければいけないけど、行きは飛行機になったので当日早朝出発。アコギと荷物背負ってまだ暗いうちに家を出た。

遠征のこの感じ、本当に久々だなー。と噛み締めながら。

飛行機に乗るの自体、記憶が正しければ高校1年の時以来だしシンプルにめっちゃテンション上がった。空港だ!!かっけー!!!荷物検査!!!!かっけー!!!みたいな。

機内では席の前についてるテレビで、イギリスのどっかで去年だかにやったフェスの映像が見れたのでそれを見てた。イギリス、既に誰もマスクしてねー。雲の上で見るだけでなんか特別なものに感じて、いくつかのアーティストをそこから好きになった。

こんな早く着くんだ?!ってくらい小一時間くらいで大阪に着いてしまい、もっと乗ってたかったー!飛行機かっけー!の直後、大阪だー!!!やっべー!!!だもん。完全に浮かれてました。だってコロナで散々我慢したあとの大阪だもん、ちょっと浮かれちゃうのも許してほしー。

万博公園が電車ですぐだったのでそこへ向かう。太陽の塔、見たことないし、何よりめっちゃ時間余ってる。


やっと一枚目放流。



なんか朝早すぎて公園の門が開いてなくて、開園まで待つほど岡本太郎ファンではないから遠くから眺めて終わった。

門の前まで行ってこれくらい。


もっと真下まで行ったらけっこうな迫力だろうなー!と思った。またいつか。


その後はどうしたんだっけ、やっぱり思い出は8ヶ月も後に綴るもんじゃないな。


ライブイベントが始まる夜まではまだまだ時間があるけど、とりあえず店の場所は確認しちゃおう、となりまた電車を乗り継いだりして梅田の方へ。東梅田だったかな?マジで忘れた。


ライブハウスではなく小さなBarみたいなとこが会場だったので、アーケード街の中にあるその場所を確認。ちょっとひと眠りして体力温存しときたかったので近くの個室ビデオ店へ。長年バンドやってきて、遠征は深夜出発もあたりまえなので現地についた時には寝不足でとても万全な体調とは言えないことも多く、実際そのまま夜を迎えて良いライブできなくて後悔した経験もあるので、現地着いたら単独行動してちゃんと寝れる場所を探す。というのが遠征のマイルール。

そんでネットカフェとか酸素カプセルとか色々試したけど一番良いのが個室ビデオです。完全個室だし防音だから静か、値段も高くない。

僕は特にかもしれないけどボーカルは睡眠足りてないとマジで声出ないから、バンドで遠征行って楽しくても絶対に「じゃ。リハまでには」とか言っていきなりいなくなって個室ビデオの真っ暗な部屋でライブのイメトレしながら寝る、というのが近年の習慣になってきた。


そんなこんなで体力回復して夜が来た!

ライブの時の写真をどうぞ!







良い顔してるじゃーん。

THE FOREVERSを最初に大阪に呼んでくれた時からずっと大事な仲間、ミヤビのイベントでした。

本当に20人も入らないような小さなバーでのイベントだったけど嬉しくて楽しかったな。

遠くから来てくれた人もいて、ありがとうねぇ。

sisterjetのワタルさんとかPJJあっちゃんなど、身内ノリが過ぎる?笑、最高のメンツ。

自分の出番終わったらお客さんとお喋りしたりしながら飲みまくり。久々の大阪、なんて楽しいんだ。酒がいつまでも美味い!

バンドで遠征だと、ライブが終わったらその夜のうちに東京へ向けて出発🚙💨がほとんどなんだけど、今回は1人だし、何も決めずにゆっくりしようと思って次の日も大阪にいる予定にしてたので安心して飲みまくれる。

打ち上げで行った飲み屋で並ぶ私とsisterjetワタルさん。

会うのもかなり久々だし(大好きなんだけど)なんかおっかない印象であまりしっかり話したことない。何を話せば良いだろう…の表情です🥲

ワタルさんはめちゃくちゃ良い表情してる。

そういえば前回大阪でsisterjetと対バンした時、打ち上げの何軒目かで行ったカラオケスナックでワタルさん、なぜかしっかり俺の肩を抱きながら歌ってたな。あれは何だったんだろう。たぶん嫌われてはいないっぽいです。


大阪で飲むと飲み屋のおばちゃんがめちゃくちゃ関西弁でおしゃべりだったりして、旅情を感じられて、いい。


さらに飲んで良い感じになってお開きの頃かな、ライブに来てたYUGO.さんも入ってワタルさん、主催のミヤビと。しばらく会わないうちにお母さんになってたねー。おめでとう😌


とここまで書いたけどけっこう長いな。疲れてきた。


泊まるところも決めずに大阪で飲んだくれてるガクはこの後どうなるのか?!後編につづく!