生物が生息できる環境であったり、また見た目が美しいと感じるのはあくまで人間の感情であり、この地球がどうあるのが最適なのかを人間の目で判断すること自体が実は不毛なことなのかもしれないけれども、ただその人間が望む姿と、実際に人間が作り出している世界には大きな乖離があるのは事実。
いくら街に街路樹を整備しようとも、自然によって作り出される現象の偉大さを考えたら、せいぜいジオラマの世界で遊ぶ子供程度のことしか出来るものではない。
SDGsを謳ったところでそのほとんどは利益追求にすぎず、それが地球環境に及ぼしていることはおよそ人間の望む形とはかけ離れており、つまるところ先にあるのは今の環境を保護することも出来ず、大自然を満喫するための苦肉の策としてVRに依存するしか出来ないと思われる。
しかしながらうまく出来たもので、人類が環境を破壊するほどに災害は増え、その災害が人間の望む自然環境を復活させる。
災害に見舞われた地方には同情するが、人が開発するほど地球はそれを自浄するかの如く洗い流す。
尤もその災害すら実は人間が作る小さな規模の都市化など実はなんの影響も与えていないのかもしれないが。
メガソーラーを進めていけば豪雨時の災害の発生率が高まるのは熱海の災害などで既知の事実として知られているが、それでもなおメガソーラーの建設にピリオドが打たれることはない。
阿蘇のメガソーラー
思うんだが、悪意なくとも政治に携わるものは頭がお花畑である人が多いのではないか。
利己のための行政をするものも、知識乏しく行政するものも、もたらす結果に大差はない。
まことしやかに語られたりする太古の先進文明説。証拠となるものは少なく、かつ曖昧で確定できるほどのものではないにしろ、今の世界を見ると自らの愚行で文明が滅びることがあっても何ら不思議ではなく、例えば今から数百万年、数千万年後に「過去に文明があった」と新人類にとなるものが語っていたとしても納得できるのが今の世界。
人間の文明など、巨神兵など居なくとも起こりうるものだろう。
科学や医療で生き延びる術を探したところで、環境の中において生き延びる生命は、生き残るべくして生き残るもの。
結局は神(地球)の意思には勝てないのだ。

