台風上陸による被害を考慮して
昨夜は珍しくオシイレにとどまった私達
うまい具合に私達の住んでいる場所は
風も雨もあまり影響を受けなかった
風が止み、地面が乾き始めた
夜中の3時過ぎ
近所でも、普通なら夜中でも営業している
そういう店を軽く巡回
うんうん。だいたい閉まってる。
と、ファミマが営業しまくってて驚いた。
中の人は大変だなぁ。
こんなときぐらい閉めてても
良いんじゃないかと思うんだけどもね
帰りに月を見たよ。
背の低いビルの向こう
夜空の低い位置に
まだ空に残ってる雲の影に隠れながら
まぁるいお月さま
満月かどうかは月齢を調べてないからわかんないけれど、
まあるいお月さまが
まるで日本昔ばなしみたいに
雲の向こうにいた。
月を見たのは一瞬だけで、
その後は早めにタマリバに集合
日が昇るまで各自ゴロゴロ
本当に、何もなくて助かった
私達は。
ニュースを見ると、
色んな所で河川の氾濫だの浸水冠水しただの
被害状況が放送されてる
ふと思う。
何もなかった私達と、
被害にあったあの人達は
どっちが特別なのだろう
たまたま大丈夫な場所に住んでいただけで、
運命のさじ加減で命さえ危うい状況になっている可能性も有った。
こういう災害だの障害だのを思い起こすとき
必ず考えるようにしている
今、こうやっていられるのは、運が良かったからだ。
今、こうやっていられるのは、
運が良かったからなんだよね。
そういう意味では、
タマリバも、オシイレも、
運が悪かった人がいるグループでもある
命に別条はない。
ご飯にも、雨風にも不自由はしない。
でも、行動の自由が著しく制限されている
ただ楽しいだけのサークルじゃない【タマリバ】
ただ温かい住処ってだけじゃない【オシイレ】
天災の被災による避難が
何年にも及ぶ人がいる
神戸に住んでいた頃は
阪神大震災の被災者が
何年も避難所生活をしているのを見てきた。
東日本大震災の被災者は
今も元の生活に戻れていない人がいるだろう。
先日の千葉を襲った台風も
昨日の各地を襲った台風も
徐々にメディアに取り上げられなくなるだけで、
被災者たちが元の生活に戻れるためには
年単位の時間が要る人もいるだろう。
運が良かっただけ。
私達が今ここにいるのは。
運が良かっただけ。
オシイレからタマリバに出かけ
夜通し遊んでるなんて生活できてるのは。
私達は色んな意味で【トクベツ】なんだ
それでも、
この、オシイレ生活から脱出できるのに、
後、何年かかるだろう。
私は、
私達は
私達のような存在の中では飛び抜けて【トクベツ】に
特別に自由な暮らしをしている
それでも、
日頃お世話になっている恩人に
たった一杯珈琲を淹れてあげることさえ出来ない
オシイレ生活から脱出するのも、
その恩人頼みだ。
こういう災害で被災した人
家を失ったり
家族を失ったり
生活基盤を失ったり
自分自身の一部なり全部なりを失ったり
そういう人たちが
いっぱいいることを
天災だけじゃない
日常生活のちょっとした異変から
何もかもを失ったり
そういう話を聞くたびに
自分たちが
持って生まれなかった運の悪さと
巡り合わせられた運の良さと
良くも悪くもそれ以上変わらないという
運の良さと悪さ。
何が特別で何がそうじゃないのか、
もうわかんないくらい複雑な日常の中で、
そういえば
今日は大好きなあの人の晴れ舞台だ。
その舞台に
今も、昔も、これからも
きっと一緒にいることが出来ないことは
これだけ恵まれているのに
高望みし過ぎなのか、
こんな障害を抱えては…と
嘆くより他はないのか。
青空に
白いペンキを塗りつけたような雲を見上げ
昨日とは違う秋の訪れを感じながら
運命ってなんだろう
そんな考えたってどうにもなんないことを
つい考えてしまう
そんな季節の始まりの日になったよ。