私はキリスト教を個人的に学んでいるのですが(主にカトリック)、仏教や東洋思想の本も読むことがあります。


以前、ブックオフで「現代人のためのヨーガ・スートラ」(グレゴール・メーレ著)という本をたまたま見つけ、安くなっていたので買ってみました。

ガンディーの影響でバガヴァッド・ギーターを読んだこともあり、何かヒントになるものはないか、と思ったのです。

インド哲学は悟りとかそういうものを求めますが、キリスト教はそうではありません。

不完全な人間が不完全ながら神に近づくものである、とシスターである鈴木秀子さんは著書に書いています。






ヨーガの本は全て読んだわけではありませんが、人生の視点において役に立つと思われるヨーガ・スートラの箇所を一つご紹介します。


以下引用



“無知とは休眠したり、弱まったり、中断されたり、活動したりしている他の源である。”


(中略)


休眠の状態

たとえば、人生について何の不安を抱く必要もなく、死への恐怖が自分の中にあろうとは気づきもしないかもしれない。しかし、適当な刺激(生命を脅かすような状況)が起これば、不安は表に顔を出す。つまり、死への恐怖という煩悩は、休眠の状態にあるのである。


引用終わり






これは色んなことに言えると思います。

普段は礼儀正しく他者に優しく振る舞えていても、何か自分の身に危険が迫ったときに、自分の身を守るために自分を優先し、誰かを傷つけてしまう可能性は誰にでもあると思います(自己の苦痛の回避の優先による加害)。

また、それまでは何ともなくとも、何らかの快と感じるものに触れる経験をした後、それを追い求め続けようとするかもしれません(依存)。


自分は大丈夫だ、と思っていると、いざそういう事態が置きたとき、気づかず過ちを犯してしまうかもしれません。

だからこそ、間違いを犯すかもしれない人間の弱さを知っていることは、大事なのだと思います。

これも心の備えと言えるのではないでしょうか。