「所有」という概念について考えてみます。


現代社会に生きる私たちは契約により様々なものを所有しています。


その営みについて考えることで、自分の欲求について内省することができるのではないかと思います。


性も、他者を所有したいという側面からきていることが大きいのではないでしょうか。

(結婚というのはお互いに所有をする、という合意のようなもの。ただ、私は結婚を否定しているわけではないです。契約、所有というのは外的なもの。外的なものによらず、相互理解による内的な一致があれば外的なものは形骸化します。結婚はいわばそれに向かう一つの形なのではないかと思っています。)


ものや様々なことを手放すことで私たちは精神的に自由になるのではないでしょうか。


所有という概念は、身を守るために存在します。

しかし自己防衛が利己性を生みます。


私はものを持つなと言っているわけではなく、ものを持つことで生じる利己性に気づくことにより、ものにとらわれない自由に気づくのではないかと言いたいのです。


そしてそういう選択は自分の意志でなされる必要があり、誰かからの強制で行われることは不適当でしょう。