12月7日

 

 

先月11月21日 次の治療に向けて退院し、

 

自宅で リハビリ 体力の回復を

 

すすめていました

 

徐々に 食べられる量も増え始め

 

家の周りをゆっくり散歩して

 

落ち着いて生活を送っていましたが

 

11月27日 夜明け前 午前4時に 

 

胃の不快感に

 

目が覚めて 吐血 嘔吐し

 

TU病院へ電話を入れ

 

救急車に搬送してもらい緊急外来から

 

ICUに二日間お世話になり

 

落ち着いたいまは一般病棟に移っています

 

出血は前回同様に、膵臓の源発からで

 

いまは再出血防止と治療として毎日の

 

放射線治療を実施しています

 

これで止血が完了し 細胞が少しでも

 

小さきなることを祈っています

 

 

 

 

 

 

 

 

人として生きていく上で

 

 

 

決して手放してはいけないもの

 

 

 

健康な身体

 

 

愛情

 

 

おもいやり

 

 

こころ配り

 

 

ありがとうの言葉

 

 

ありがとうを言える素直な自分

 

 

ありがとうを伝える笑顔

 

 

いまと過去への感謝

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

来週から通院でしばし化学療法に入ります

 

ブログ メッセージ

 

変化があれば投稿しようと思います

 

 

 

 

 

 

 

 

 

標準治療の壁を知る

 

11月17日 金曜日

 

食事をとれるようになったのが11月4日

13日が経過しました。

重湯から始まり、初回はなんとか食べられたが

その日の昼ご飯から口にする事が出来ませんでした

器のふたを開ければ匂いで食欲を失い

口にすれば 飲み込めない 流し込めば吐いてしまう

 

何が食べられるのか見当もつかず

ゼリーやヨーグルトや果物やシリアルなんかも

買い求め試してみました

 

結局、病院食は11月9日に写真をのせたような

パンとヨーグルトorゼリーの食事を提供してもらい

過ごしていました

 

しかし 痩せた身体がさらに痩せていき

目が窪み始め 次の治療にステップアップするどころか

朽ちてしまうんじゃないかと不安がうずまき

 

食べないから便も出ない でも張りがあり 便秘ストレス

夜中には痛みで1時間おきに目が覚めて寝付けない

 

自分に与えるストレスが多重になってしまい

夜中に冷や汗が流れ 震えだし パニックを

起こした事も

 

医食同源とは違うかもしれませんが

食を改善しないと 何ともならないと考えました

 

食べられる物を食べるのではなくて

「何でも食べられるよう 食のリハビリに取組む」

 

   食べる事にもリハビリは必要

 

当たり前のことに気付きませんでした

 

やく三週間 何も噛まず 飲まず食わずで

過ごしてきた上に お腹の中では 

消化器官を切除し バイパス治療で

胃に穴を開け十二指腸が今までとは

違った場所に繋ぎ合わされている

 

だいぶ 消化器官の環境は変わって

しまっているのであった...

 

よく考えれば 絶食前のように

お腹が空いた さあ食べよう!

と...いくはずがない

 

見た目は変わらないが 構造が変わってる

 

食べる為のリハビリが必要なんだ...! 

 

    と

 

いきなり 気付いたのでした

 

食べれるものを見つける

 

   のではなく

 

食べられなくなってしまっていたのでした

 

そんな事に気付いたのが三日前

 

まずは お粥を梅干しで食べきる事を目標に

 

三口程度で もう 要らない...を

我慢し口に運び 水で流し込む

 

果物も同様にゆっくり噛みながら

流し込む

 

最初は食後に 吐き気止め を服用し

薬で嘔吐を抑えてもらいながら

 

そんな食のリハビリに取組んで三日目

 

食べる事への違和感が徐々に減ってきたのが

感じられます

 

食べた物が胃の中に溜まり 次へ流れていくことが

伝わってきます

 

今朝から吐き気止めの服用をとめて

様子を見ていますが、なんとか行けているようです

 

身体にも 元気が戻り始める気がしています

 

これは今日のご飯です↓

 

食事が順調に進み 体力が戻り始めたら

退院し 通院による抗ガン剤治療が始まります

 

来週の前半には退院となるかもしれません

 

 

 

 

 

 

 

11月9日 木曜日

 

鼻から胃へのドレーンが外れ

胆汁ドレーンも外れ

首の静脈に入っていた中心静脈カテーテルも外れ

 

だいぶ術後の回復を感じられるようになりました

 

   [ドレーン/ドレナージとは?]

 術後の管理を目的として、出血、縫合不全、

 感染などの術野の情報を得るために、体内の

 管理が必要な部位、術後に体液が貯留しやすい

 部位に体外に廃液できる様、チューブをセットしたまま 

 縫合し、経過を観察するものです。

 

点滴はまだお世話にならなければならない為

左腕に点滴針が入っています

 

胃、十二指腸、小腸のバイパス手術で

戸惑っていた 御三方も多少慣れてきた様子で

胃液の滞留で嘔吐することもだいぶ減りました

 

時間は掛かるのだろうから、出来ることから

コツコツと こなして行こうと思っていますが

 

食べると言う行為に難関があり次の治療に

進めず 足踏みしています

 

和食の匂いを受け付けないのです

絶食が解除された翌日の重湯は

口に出来ましたが、翌日からの

五分粥、みそ汁、煮魚、ほとんどの煮付け 

匂いだけで気持ちがわるくなる

 

匂いなら冷ましてから と 考え

試してみたけど 口に運べても

飲み込めない

 

いまはロールパンとヨーグルトかゼリーか

こんな感じです

まだ胃液が滞留するは治っておらず

全てが解消された訳でもないので

少しづつ食べる量を増やし、

健康食品の助けをもらいながら

改善と 体力回復を目指すしかないと

思っています。

 

さて 明日の朝 この身体 

とれだけ 回復に 向かっているだろうか

 

 

 

11月7日 火曜日
 
 

まずお詫びを....

下書きを打ち込んだまま
ブログにアップしてしまいました
 
私の腫瘍マーカー値を残しておこうと思い
打ち始めたら疲れてしまい
下書きのつもりが公開していました(ーー;)
 
 
①CA19-9 基準値37(u/ml)
9月8日測定 27.1
11月2日測定 17.6 
抗ガン剤治療も放射線治療も
まともに出来ていないのですが...
なぜか下がってきている
 

CA19-9は腫瘍マーカーの中でも一番膵臓がんに対する感度が

高いとされています。
腫瘍マーカーの陽性率は、70~80%。

しかし、胆石によって胆管が塞がり、胆汁がうっ滞することでも

上昇したりしますし、日本人の10%ほどは「Lewis血液型陰性

(抗原が産生されず偽陰性を示してしまう)」

なので進行した癌でもCA19-9が上昇しないことがあります。

CA19-9は膵臓がんの経過観察に有用で、生存率と相関関係がある・膵臓がん切除後の

再発の診断に有用との報告があります。 

 

②CEA 基準値5(ng/ml)

9月8日測定 1.9

11月2日測定 0.9

いろいろな悪性疾患で上昇するため膵臓がんに対する特異性はありませんが癌の活動性をよく反映する腫瘍マーカーです。CEAの腫瘍マーカー陽性率は、55~62%で、すべての患者さんが上昇するわけではなく、喫煙や胃がん・肺がん・大腸がんといった癌などでも上昇します。

③DUPAN-2 基準値150(u/ml)

11月2日 数値無し

 

DUPAN-2の腫瘍マーカー陽性率は、50~60%です。良性疾患でも上昇することが

あるため、CA19-9などと合わせて判断すべきです。

補足
膵臓関連糖蛋白抗原(DUPAN-2):血中のDUPAN-2は消化器系の腫瘍マーカーとして

用いられますが、特に膵癌、胆道癌、肝癌で高い陽性率が認められます。

 

検査数字に喜んだり、不安になったりする事は

極力、自分の中では避けようとしています。

事実は形として居座っているのだし

 

今回、確認したのは抗ガン剤治療、放射線治療を

受けられていない現状で膵癌の状態はどうなんだろうと

言う気持ちから(不安からですよね)

 

吐血が無ければ抗ガン剤治療、放射線治療は

後半に入り手術を待つばかり の はずだった

 

当初の予定には無かった十二指腸閉塞により

[胆管空腸吻合術] [胃空腸吻合術]この2つの

バイパス手術まで追加となった

 

病院で 身体を休め、痛みをコントロールしながら

生活すること 今の行為の全てが治療に繋がって

行っているのだ とは解りながらも...

 

最初の発見から三ヶ月が経過します

転移はしていないのだろうかと

不安は頭を持ち上げる

 

後から相部屋となった方は、膵臓、

胆嚢、十二指腸などを切除、全摘出し

術後の経過がよく来週には退院されます

 

私の場合はこれが本来の治療段取りだったと

考えるようにしています

治療に躓いだ訳ではなく

踏まなければならないステップを

踏んでいるのだと

 

人生に不要なことは起こらないはず

 

焦りに よい結果は着いてこない

 

昨日より今日は眠れた

 

痛みのコントロールも上手くできた

 

そんな わずかな改善を味わいながら

 

向き合っていかないと

 

 

 

11月4日 土曜日

 

17日振りに口から食べ物を運びました

 

重湯 味噌汁 カボチャのスープ

 

夢では いっきにのんでしまい

お替わりをお願いした記憶が残っている

 

 

でも 現実は 重湯を食べきるのがやっとでした

 

身体には十分だったようです

 

身体がわずかに温まってきています

 

 

これから治療の第二ステージ

 

大事に食事をとり 体力を蓄え

 

一歩前へ 足を 踏み出さないと

11月3日

 

バイパス手術を終えて

10日目にして、過剰に出ていた

胃液の分泌量が安定してきた(減ってきた)のと

胃のバイパスが機能し始めて胃液が小腸まで

流れる事がしレントゲン撮影と透視で確認出来たので

胃液を吸い上げるために

鼻から胃に通していた吸引チューブを抜くことになり

さきほど 抜いてもらいました(^o^)

 

なんて楽なんでしょう...

 

やっと 水が飲めます

三週間ぶり?

 

吸引機を取り付けたのが17日だから

17日間かな?

 

絶食 絶飲 よくガマンしました

 

お水の美味しさに感動しています

 

明日からは流動食もでる様です

 

まずは 身体を慣らしながら

 

ゆっくり 体力を回復していきます

 

 はやく アイスクリームが食べたい

   まだまだ先かな(ーー;)

 

 

10月30日


もしもね 明日からね



いまの自分を二度と取り戻せないと



知っていたら どうする?




 伝えようと思っていたこと

 会いたかったひと

 行きたかった場所


この瞬間から 時をいとおしく思い


目に映るものを やきつけようとする


1秒を大切に繋ぎ始める




何事もない 


いまだから 


あなたには


目の前の1秒を繋いで


生きてほしい










10月28日 土曜日

24日の手術から4日目


24日の15時半に手術室へ入り

20時半すぎICUで目覚める
痛みと熱とアラームの中で
妻と娘の顔が眼に入ってきた
しかし、何がなんだか解らず
終わったんだよ~って呼び掛けに
反応するのが精一杯でした
ありがとうね♪

25日 一般病棟へ移動
さすがにICUとは同じ様に
介護をうけるのは難しく
痛みを抑えるにも、点滴される
麻酔の効果が持続しない
25日26日 痛みとの闘いでした
体内の送還チューブの刺し口
傷口、腫瘍の痛み
あとわけわからないくらい
どこからくるのか破壊的な痛み

叫んで泣きたくなりました...

27日 試してみようと点滴された
一本白い鎮痛薬
うとうとし目覚めた1時間後
何処に消えた...あの痛みの洪水は
す〜っと治まってきていた
泣けた ただ泣けた 嬉しくて泣いた

なんで早く処方をとかは思わなかった。
鎮痛剤は組み合わせが良くないと
痛みをコントロール出来ないと聞いていたから

準備してくれた看護師さんに
こころから ありがとうございました

27日29日
痛みがコントロールできている事から
立ち上がり歩行を開始しました。
まだ、100メートル程度です
しかし、身体は不思議です

早く回復するには動く事から始まる
と言われます
歩くたびに歩幅を増やす度に
内臓が動きます

もちろん傷口は痛いし、腹筋も痛む

でも歩いたあと、身体はそれに応えて

体調を上げていってくれる

少しづつ 少しづつ です

でも少しづつが感じられることが

いまはとても嬉しい