はじめまして、


まずは自己紹介。



Pega(ペガ)と申します。



関西在住の32


12歳と4歳の女の子をもつ

現役高校生、


ただの主婦です。



これといった趣味もなくて

勉強も嫌いな


ただ

経歴が少し

人に大声で伝えにくいだけの


短気で根気のない私ですが、



何か小さなことでもいいから

頑張る姿を

反抗期の始まった娘に見せたいと


定時制の高校に通いだして3年目、


もうとっくに反抗期の終わった娘の

小学校卒業と同じ年に


長い長い時間をかけ

やっと

高校を卒業できます。




そんな私が


漠然と「なにかしたい」と


思い始めたのが数年前。



そこからそれが何なのか悩み続け




まず初めに思ったのが

自分の唯一の長所だと思う



「誰かの心に寄り添うこと」



中心にして


何か出来ることはないだろうか。




・ただいまと帰れるような

小料理屋なのか


・子供たちの

健やかな日々のための

子ども食堂なのか


・昔自分自身が働いていた風俗業界で

今働いている子達へ

身なりから接客、

ひいては卒業までを

トータルでサポート出来るような

環境を作ることなのか




「自分にしか出来ないこと」


それが一体何なのか。


試行錯誤し続け至った答えが




昨今の

悲しいニュースの中にありました。



子供への


痛ましい虐待や

悲しすぎる虐待死を無くしたい。




それってきっと

お母さんが笑顔を取り戻せば


少しずつでも

減らしていけるはず。



その子を産んだ時は


この小さい手を守ると

少なからず心に誓ったはず。




それさえ思い出せたら


辛い思いをするお母さんも

悲しい思いをする子供も


必ず減らせる。





今の主人と結婚したのは

上の子が6

小学校入学間際の3月のことでした。




それまでの6年間



人見知りで

公園デビューも出来ない私が


周りが何だか皆幸せそうで

ママ友を作ろうなんて

思えなかった私が


元々子供好きではない私が



当時まだ20歳、


まだまだ大人になれず

我が子を

思いやることが出来なかった私が



「お母さん」

をやってこれたのは



自分の母親の

献身的なサポートにありました。



それがなければ、



もしかしたら


ニュースに出てきた1人に

なっていたかも知れません。




それくらい

心身ともに余裕もなく


本当は愛しい我が子のことさえ


時間を気にすることなく

過ごす周りを見ては

「なんで?!」と

重荷に感じることがあったこと




「辛いって言うけど

みんな子育てしてるんだし、

なにより

自分で産むって決めたんでしょ」と

言わんばかりの


周りの冷たい目に

助けてと言えず孤立していくこと



それは

当時の私が感じたことでした。





そんな

自分のようなお母さんの

拠り所になれる場所を

造りたい!






「こうあれと言われるお母さん像」


「自分の理想とするお母さん像」



そうじゃない自分とのギャップに

苦しむ必要はないんだと



子供にとっては


笑ってる貴女こそが

最高で最愛のお母さんなんだと




伝えていきたい。





そのために

思いつく限り出来ることを


ひとつずつ学んでいく。



それをこれから


書き記していきたいと思います!









最後になりましたが


ここまで読んで下さり

ありがとうございます!



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