「三日坊主の三人」
三日坊主とは『何事も飽きやすく、長続きしない人』と広辞苑では説明している。坊主とは何で坊主なのか、いつ頃言われ出したかなんかは分からない。これは坊主になろうとしたが三日で飽きたというのでなく、坊主は『奴』『小僧』『者』と言うのとまあ同じだろう。偉い坊様じゃなく、『なまぐさ坊主』『お天気坊主』の類いだ。ただ、これが江戸時代に始まった語彙なら、もしかすると煙草を止められなくて、禁煙が我慢できなくなる人のことだとした方が辻褄が合う。
日本禁煙協会の調査では、医学的に禁煙三日目が一番喫煙再開の率が高いと言うデータがあるそうだ。だから、煙草に当てはめるとこの言葉は事実をよく言い当てた語彙と言える。三日目あたりが最も血液中のニコチンの減少が生理的には禁断症状として顕著に出るのだそうだ。一〇人中六人までここでギブアップする。そんな経験はないですか。三日目からはじわじわと脱落する。時代によって違うのだが、半年で一〇人中九人が脱落する。 そのくせ、一〇人のうち九人煙草を止めたいという、なんらかの意志、願望をもっているらしい。だから、ほとんどの人は一度ならず、何度も繰り返し、くり返し禁煙に挑戦したことがある。ただの一度も禁煙を試みたことはないといわれる『確信喫煙者』は実は一〇%より少ないと言われている。
三日坊主は、勿論煙草に限ったものじゃない。一般に、つまり飽きっぽいことをいう。だが、『ゴルフ道具を買ったが、三日でやめた』『スーツを新調したがすぐ飽きた』『結婚したが三日目で飽きた』などいずれもあんまりあり得ない。一方禁煙が三日目で我慢できなくなるのを『三日坊主』というのは実にぴったりする。だから、この言葉は煙草が世の中に出始めた直後に発生したのだと、こじつけた方がよい。僕は色々の人がやった禁煙を紹介したいと思う。どちらかと言うと、成功した人を多く登場させている。『二世のハンク』『よしかわの板前さんの常』『ミュンヘンのハンス』『穴頭黒人のベンジャミン』,
皆僕の思いでの中ではドラステックな禁煙成功者だ。『脳溢血で倒れてから止めたT』はこれからどうなるかわからない。だから僕はまだ彼を禁煙達成者の中に入れていない。さきに、『ギャンブル、麻薬と煙草』の稿で、ある高名なテレビジョンキャスターが出演中にパイプ煙草をお吸いになることで、カナダの友人が吃驚したと書いた。これは、一九九六年のころの話だが、いつのまにかこの方は出演中に煙草をお吸いにならなくなった。これはテレビジョンに出演中だけの禁煙をされたものとは絶対思えなかった。あの人はそういう人ではない。出演中だけ止めたとか、ましてや誰かが注意したから止めたなんていう底の浅い人ではない。ただ、いまだに歯が黒いな思っていた。しかし、最近になってこの方の前にカットグラスの灰皿があるのを見た。余計なことを観察してお詫びします。不思議に思ったことは、この方が番組中に火のついていないパイプをついに口にくわえられたことだ。とにかく、禁煙というひとつの『意志』または『悟り』には必ず成功していただきたい人の中のお一人だ。愚稿には禁煙に失敗した人はここまで、何人かは登場していただいた。『バンクーバーの恐妻家、ボブフェラーリ』『ロンドンのカータン』は失敗組だ。 禁煙挑戦者で失敗する典型的な三つのお話を聞いてみてください。
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Kはある大企業の営業部長までやっていた男だ。リストラなんかされたわけでもないのに止めて独立した。この人はコンピューター絡みの仕事で一旗あげるもくろみがあったのだ。彼が独立して数カ月して福岡に訪ねた。
「ようおいでなされた、まあ一杯やってくだしゃい」
「いやいや、どうも」
この人はよくある助平上戸なので、自分でも自覚していて女性がはべるバーなどに客と行くのは避けていると誰かに聞いた。いま二人で寿司屋にいるのだが、やつはほとんど食うものには手をつけない。飲むばっかりだ。
「さとーさん、ようやく事務所を開きました。まだ、女の子一人とわしの二人だけですが、おいおいやっていきますばってん、協力してくだしゃい」
「いやぁ、羨ましいですよ、僕が会社を作ったのは四一才の時です。遅かったです」
彼は、まだ三八才だとかだった。
「県の有力者に出資を依頼しているのですが、事業は中々思うようにはいきませんばい」
「まあ、なにやるにつけ体が資本です。宮仕えの時の五倍はつかれますよネ」 「僕は会社ではいいかげんやっちょりましたばってん五倍ではききませんとよ」僕はゲソのつまみをパクリと口に入れ、いささか熱燗をやり過ぎになるかなと考え、あがりをたのんだついでに、海苔茶づけを注文した。彼は手洗いに立ったので、その間に支払をすまそうとしたが、女将は受け取らなかった。ふと気がついたが、彼は以前ハイライトを立て続けに吸ってたのを思い出した。「しょんべんが近こうなりましてのう」
「Kさん、禁煙しましたのか」
「独立をきっかけに、たばこ止めました」
「じゃあもう三か月禁煙ですか」
「なに、三日ごとにしきりなおしですたい」
「僕も完全に止めるまではおんなじでした」
「徐々に止めると言うのはできるんですかね」
「ニコチンが体に影響するのは、個人差はありますが、せいぜい二十日前後までらしいです。つまりその後はニコチンのためよりもストレスによる再発が多いと言われています」
「きょうは佐藤さんが吸わないので僕も吸わんですたい、特になんともありましぇん」
「まったくそのとおり、本来たばこがいつまでも麻薬のようなアディクションを持続することはないのです。再発は他の理由の方が多いと僕は考えています。しかし、禁煙は単純に自分との戦いなのだそうです」
「佐藤さんは禁煙を研究ばしとるとですか」
「僕は専門家でないので、あくまで悪趣味です。おせっかいというより、意地の悪い観察者です」
「どうですか、どうしたら完全に止められますか」
「残念ながら、十人十色の止め方があると言うより仕方ありません。これで止められるという完全なパターンがないのですね」
「僕にその中から一つ選んでくれませんか」
「そうですね、怒らないでくださいよ、いま立ちあげた事業に成功することが最大の禁煙をキープ出来るファクターでないですか。今度お会いするとき吸ってなければ本物でしょう」
その晩はそこらで切り上げた。彼は案の定ツケで帰った。女将はしかし、ていねいに対応した。彼は事業の資金に退職金をほとんどつぎ込んでいるのだろう。
数年して暮れに彼から電話があった。僕はその日、会社にはいなかったので夕方近くメモをもらった。電話してみたらどうも、土木現場の飯場のようだ。 「豊橋で働いてましたが暮れに郷に帰ります。ちょっとごあいさつと思いまして」
彼は電話の向こうで悪びれるふうもなかった。その日に帰ると言うので、名古屋の僕の会社に来てもらい、師走の町に出た。威勢の良さは変わらなかった。しかし、彼はなんとかいうメンソールの煙草をしきりに吸っていた。Kの場合はストレスが禁煙を妨げた。事業は失敗で借金だけが残った。
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話は変わる。Mは漫画家だ。漫画家だからMにしよう。本当はTだがTはもう使った。Mもそういえば使ったが、二人目のMだ。この漫画家は稀に見る小まめな人で、常になにかを彼の友人たちに売り付けようとする。中古のローレックス、偽物のホイヤー、韓国製革コート、ダウンジャケット、安ものの真珠、ポーチ、財布。ところで、Mはうちの会社の製品を時々使っている。それと、彼は似顔絵を描くイベントで人手が足らないと、僕によくたのんできた。似顔絵は彼らの場合漫画としてのスタイルで描く、色紙に面相筆で線描きして簡単に彩色する。有料の場合は一〇〇〇円、カップルを一枚の色紙に画く場合は一五〇〇円と低額だ。半日で五〇人とかをこなす。僕は似顔絵ならコンテで素描する方が慣れているが、それだと時間がかかり過ぎる。だから彼らと同じ筆描きでやることにした。僕は赤ん坊を描くのを得意としている。赤ん坊は一瞬たりとも、じっとしていない。とてもまともには描けない。これには、やり方がある。少し練習するとそんなに難しくない。まず目と眉:大小、上がり目下がり目、より目間抜け目。鼻:目との三角点。口:大小、への字か真っすぐか。頬、あご:丸顔か長顔か。耳:大小と位置。額と頭:頭髪の生え際ライン。これだけを五秒位で見て、おぼえる。ついでに、お耳に入れときますが、画家でなくとも、事件現場に遭遇したらこれらを意識して記憶してください。必ずそっくりのモンタージュが作れます。その記憶を引き出すのはプロなのですから。
よく、若い人の髪の毛を赤とか青、金髪に描いた。これが、意外に人気があった。茶髪なんかまだ流行ってないころだ。やはり、髪染めの願望をみんな持ってたのだな。文句があれば、その上に黒く塗るだけだが、誰も文句はなかった。僕は図らずも仕事で色んな国を旅行したが、似顔絵かきは随分見て来た。ほとんどの人達が画家の副業に見えたが、一人三〇分も四〇分もかけてた。面相筆で描くのは筆運びにやり直しがきかない。大変な緊張が強いられる。一人六分から一〇分でこなす。 Mは順番まちの列が途切れた時、カバンから封を切っていないハイライトを出した。そして、半袖のポロシャツの胸のポケットからマッチをだした。その晩は仲間の漫画家が他に三人ほどいたが、皆たばこはすぱすぱやっていた。
「あれっ、先生止めたのではありませんでしたか」
「二週間目。周りがぷかぷかやっとると、我慢できせんだわ」
「今日が禁煙二週間目ですか」
「正確には一〇日目だぎゃ」
僕はここでできるだけ何げなく聞いてみた。
「どうです、禁煙は一〇日が限界ですか」
「これが、止められせんのですね。いつも吸ってる時は惰性だなも。それがきっかりと一〇日目まで我慢の限界を引っ張ってくると、めちゃめちゃうみゃーでいかんだわ」
やっぱり、福岡のKと同じく、『パンドラの箱』を開けてしまったのだ。禁煙一〇日目に煙草を解禁すると、脳に『ドーパミン』というホルモンが、かなり大量に分泌される。このドーパミンには麻薬と類似した作用があり、その恍惚感は人によると、強い習慣性、沈溺性があり、一〇日周期の禁煙と解禁を繰り返し、どうしても止める事ができなくなる。『一〇日坊主』の方は思いあたりますか。これが、政府御免の『見なし麻薬』と分かって、なおさら『断煙』ができなくなる方がいるので、禁煙の指導にはドーパミンの説明はタブーと考える人もあります。どうでしょうか。残念ながら、ドーパミン対策には全く参考にすることの出来る提案はありません。ただ、このドーパミンの誘惑は個人差はありますが、ある期間、数カ月から一年位で脱却できます。ドーパミンの異常な分泌を防ぐのに『ニコチン含有のチューインガム』を推奨される医師もあります。つまり、ニコチンの血液中濃度を急に下げないためです。僕はドーパミンの存在について、禁煙をしようとしている人は知っていた方が良いかと思っている。
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あなた、晩酌されますか。家ではやらないが、毎週少なくとも二回はお付き合いや接待で飲む機会があるとか、どのようなかたちにせよ、習慣的にお酒を召し上がる方で、もし禁煙をお考えでしたら参考にしてください。三番目のお話です。
覚えていますか、オーストラリアのチコ、クレアと一緒にブリスベーンに飛んだが、搭乗機の脚が出なくてシドニーに引き返した、あの、チコ。チコエックベルト。彼女はサンフランシスコでジャズ テナーサックス プレーヤーのパットと結婚し、 娘が生まれてすぐ離婚した。 今はブリスベーンに小料理屋を持っている。 彼女は親と一緒に子供の時日本からサンフランシスコに移住した一世だ。なぜか、絶対に米国市民権を受けなかった。娘の里砂(リサ)だけは米国市民権を勿論持っている。ブリスベーンのチコの小料理屋は小芋のにっころがし、昆布の鰊まき、豚の角煮、鰹のたたき、それにオーストラリアの地のものを使った豪華なキングポーンのステーキ、蒸し鮑、カンガルーのシチューといった出し物で大当たりを取った。クレアとは共通の友達で、チコはサンフランシスコ時代からの僕の親しい友人だ。とは言え、あやしいところは残念ながらない。ハンクの会社の秘書だったのだ。
彼女SF時代は禁煙に成功していた。離婚したあとでも煙草には捕まらなかった。それが、オーストラリアで店が流行ると、また煙草にはまった。チコは千鶴が本名だ。でっかい目にアイシャドーだけ、口紅はつけない。丸顔だが、ウエストは両手で握れそうな程細い、(握ったことはない)それに小柄だ。ただし、ばかにならないのは彼女はそんじょそこらのウワバミが束になってもかなわない酒豪なのだ。とは言うものの、もう伝説ではある。
「トニー、御免ね昨日は帰れなくって、ベリーランデングなんて初めてだったわ」
「昨日はびっくりしたよ、クレアはまだシドニー?」
「しばらくは、検証なんだって、トニーによろしくって」
「千鶴さん、リサはどうしているの」
「父親と一緒にドイツの両親のところに行ったわ」
別れた旦那の両親はドイツ人だ。パットもまだ一人らしい。もう夜中の一二時を回ったので客はとぎれて、板場はもうしまいにかかっている。チコは菊正宗を絶妙な燗どころで、また一本もってきた。どの店もブリスベーンはしまうのが早い。チコの店はクイーンズモールの外れにある。 飲食店以外の店は午後六時には皆しまってしまう。僕はニューヨークのように眠らない街が好きだが、まあ、せめて一二時までの飲み屋さえあればそれでいい。オーストラリアはイギリスが宗主国だ。だから、イギリスの発音だ。オーストラリヤの発音を聞くのは疲れる。『アイティーアイト ドラーストウェンティー アイト プリーズ』これはなんとかわかる。 『タイク ヤ ボック プリーズ』 慣れればなんとかなる。 オーストラリアは頑なに移民の流入を拒んできた。だがメルボルンとかシドニーは入植の歴史が古い。 車の前にカンガルーに衝突した時のガードをつけて走る。 とにかく乱暴な運転をする人が多い。 ブラインド コーナーで徐行しない。大味な事故がめだつ。 一説には『英国は囚人をオーストラリアに収容』したため、そういう、気性の粗い国民性の土台が出来たと言う人がいるが、勿論偏見だ。国土は大きいが内陸は殆ど砂漠だ。ニュージーランドは行ったことがないが。同じイギリス系の国だがニュージーランドの方はパラダイス的だと聞く。
チコはしまい際にたばこを一服静かに吸った。僕にはすすめはしなかった。白い長いたばこから立ちのぼる煙は、拡散される事なく細い青いため息となって、低いところまで下げられてある和紙を張った照明の傘の中に吸い込まれた。彼女はサンフランシスコでは、煙草をやめる前スティーディーに吸っていた。あのころは、真っ赤な口紅が白い煙草についた。僕は別に何も言わないで、小さ目の銚子から残り少なくなった酒を注いだ。チコは独り言のように言った。 「お酒飲むと、つい吸い出すの、止めてたのに」
僕は最後の一本を空けたのを潮時に、店を出た。
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三人の三日坊主が登場した。なにか作り話に見えるが、どのように解釈されてもよい。一言申し上げておかなければならない事がある。それは、三日坊主を非難したり、笑いもの扱いをしたりしてはならない。一生三日坊主の方もいくらでもおられる。三日坊主の連続で何年かのうちについに禁煙に成功する人は意外に多い。
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少なくとも三日坊主であっても断煙の意志が継続していることに気がつけばそれでいい。実は三日坊主の継続が断煙に至るごく平易な手段と言えます。つまり、徐々に断煙していくわけで、そんなに辛くはない。少なくともその言葉通り三日禁煙して、また始める。そういうことを繰り返しているうちに喫煙本数を『意識的に』減らしていく。意識的にと言うことはさほど強調しないが、そのうち達成感を感じるようになる。
断煙に至る様々な場面をみてきたが、残念ながらこれならばと言う手法はあり得ない。だが三日坊主なら誰にでも出来る。