大統領と煙草」


クリントン大統領(当時)の自叙伝を拝見すると実に愛すべき、人間味に溢れた人物かが分る。それでも申し訳無いがクリントン米国大統領にご登場お願いする。彼は一九九六年八月二三日の記者会見でたばこの販売・宣伝の抑制処置を発表した。これは大変結構なことですが大統領ご自身は葉巻の愛好家で有名だった。一言いっとくが世界のおもな指導者は現在(一九九六)たばこや葉巻は大体吸わない、橋本龍太郎首相(当時)以外は。G7のテーブルにも灰皿はない。知る範囲の大会社の社長、銀行の頭取、学長、これらの人々はほとんど喫煙とは縁がない。責任のある地位にある人々だから健康が大事と言うより『ステイタスアピアランス』つまり『地位相応の顕示』をしているとも言える。つまり喫煙は『恥』なのだ。『自分をコントロールできないことを暴露する』ことになる。

 この記者会見の前に大統領はヒラリー夫人と娘のチェルシーの圧力に屈して既に葉巻を止めたと言われている。記者会見の発表はたばこ産業へのある種の挑戦と受け止めた。ところでホワイトハウスは既に一九九三年一月から屋内は全面禁煙になっている。それで大統領はベランダで葉巻をやっていたそうだ。ところが大統領は一九九五年の六月にボスニアヘルツゴビナ紛争で撃墜され、救出されたパイロットをホワイトハウスに招待したとき大統領は補佐官らと一緒に室内で葉巻をふかしたことが暴露報道された。 驚いたのはその後のホワイトハウスの対応だ。報道官が『大統領はこれから時々火のついてない葉巻を口にくわえる』と発表したことだ。(新聞報道より) 大統領の名誉のため、あまり冗談は言いたくないが、ふと故チャーチル元英国首相を思い出した。チャーチルは無上の葉巻好きで有名だった。彼はいま天国でも葉巻を燻らしているだろうか。僕は天国は禁煙になっていないのではないかと思っている。しかし煙草をふかしている天国はあまり高いレベルでないような気がする。それから、勿論その天国の煙草は実際煙も出るし、香もあるが想念の産物だろう。大統領の火のついてない葉巻が、もしそれで煙(勿論想念の)を出すか、出したと同じ効果があったなら彼は阿闍梨、太師あるいはリシと言われる霊的段階に到達された方かも知れません。もしそうでなければ離乳期の赤ちゃんのゴムの乳首(言い過ぎでしょうか)、これを『幻想煙草』と言う。ハッカ入りのパイプがあるのをご存じでしょう。大統領の名誉のために申し上げときますが、彼は色々の機会をとらえて禁煙を支持しておられる。決して大統領を非難、卑下したりするつもりはない。しかし、どういう経緯かは分かりませんが、『火のついてない煙草』をくわえることはいかに禁煙が大きな困難を伴って入るかを垣間見る思いだ。

いま米国で最も関心が高い健康問題はエイズだろう。そのエイズ死亡者と交通事故死亡者全部を足したより喫煙が原因で亡くなる米国人の方が多い。事故が怖くて車の運転をしない人、エイズが怖くてフリーセックスをしない人というのはあまりない。しかし癌がこわくて煙草を止めたという人は結構増えて来た。新たに禁煙を始めた人の統計は複雑だが、いずれにせよこれを怖がる人は増えてきた。また癌が煙草に起因するという認識は確実に高くなっている。クリントン大統領がフィリップモーリス(米国最大の煙草産業)と政治生命を賭して戦うなら世界は拍手を惜しまないだろう。しかし民主党はたばこ産業からの少なからぬ献金を断念しなければならないが。

 米国で抑制された煙草の売り先は、より一層米国以外の諸国に販売攻勢がかけられるだろうことは間違いない。橋本龍太郎首相(当時)はどんなたばこ吸っていたのかな。

 米国にはFEDERATION OF ANTI-TEEN SMOKINGと言う組織が出来たと聞く。米国の場合若い人たちの喫煙は忽ちマリファナに結び付き、マリファナから阿片、性犯罪から拳銃とエスカレートし、大きな社会問題と認識されだしたが、アジアの国での一七才以下の喫煙も緊迫した問題となっている。

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 としよりの方なら、とにかくその内になんかで死ぬのだから、煙草を吸おうが吸うまいが、だれも彼らにはたいした提案はしない。早い話がもう手遅れだ。しかし、未成年者は喫煙による疾病は恐れてはいるが明日明後日の恐怖としての実感は希薄のようだ。煙草をやらないからといって癌にかからない保証はないが、有効な時期に止めた人が、九〇才まで生きた場合僕はこれを率直に『禁煙の褒賞は長生きだ』とうけとめたい。必ずしもそうでないかも知れないが。それはたぶんどうでもよく、『褒賞』としてもらえる利益は抽象的だが、架空のものでなく、実体のあるものに転換さえできる利益と納得しても良いものだ。

 確かに癌は二〇世紀が解決できないで先送りしようとした疾患の中で、インフルエンザに比べてもより難度の高い課題でしょう。インフルエンザもさることながら、人間は多くの疾病疾患の原因を勝手に創造しているといわれてもしかたない面がある。哺乳類としての人間は今は多分一〇〇才まで健康に生きられる。たった二〇〇〇年前は精々三〇才が限度だったようだ。人間として今ここにいるのは何か用事があるからだと思う人は、煙草の呉れる快楽には、『生きられる予定時間の放棄』という代償を払っていることに気がつかなければならない。ここで、またとしよりの事になるが、彼らには実質止めたことによる褒賞を論ずるなら、何歳で止めたらいいとか言う必要がある。六〇才だとか五五才で止めないともう遅いですよと警告するべきなのでしょうか。別のいいかたでは『癌にならないように煙草を止める』という次元の低い提案しかできないのでしょうか。

 癌にならないための煙草を吸える期間の限定にはかなりのバリエーションがあるのですが、一般には喫煙年数二〇年程度といわれています。これは古謡『天神さんの細道』のようだ。往きはよいよい帰りはこわい、怖いながらも通りゃんせ。古謡には謎が多い。例のマザーグースもそうだか、『天神さんの細道』の童唄には恐怖を覚える意味を感じさせる。『帰りはこわい』とはどうして怖いのでしょうか。

 二〇才で煙草を始めて、四〇才で止めれば禁煙のアワードは貰える。四〇才は社会の中ではまだ被管理群にはいる。当然ストレスは強く、煙草を止めるのにふさわしい年令ではないかもしれない。だから、この細道が三〇年だとしたい人もいるのだ。それだけが理由でないが、一四や一五で煙草を始めることをどうしても避けたいわけだ。

 人間の体は巨大な製造工場であるのみでなく、修理工場でもある。だから、煙草を止める時期にもよるが禁煙にはそれなりの効果はある。癌に罹らないために止めました。それでいいのだが、癌にかかるかも知れない恐怖はさきほども考えたが、緊迫性があるわけでない。つまりどうも癌の恐怖は禁煙を促す決め手には、あまりならないようだ。ならば煙草を止められた人達の苦行、珍談をできるだけたくさん観察してみようかといつのころからか思ったのである。 『健康のため』という禁煙パターンを僕は『クリントン型』といわしていただき、ヒラリー夫人とお嬢さんのチェルシーを讃えたい。禁煙に成功できる最大の効果は『幸福な家庭』なのだ。






 三日坊主の三人」


 三日坊主とは『何事も飽きやすく、長続きしない人』と広辞苑では説明している。坊主とは何で坊主なのか、いつ頃言われ出したかなんかは分からない。これは坊主になろうとしたが三日で飽きたというのでなく、坊主は『奴』『小僧』『者』と言うのとまあ同じだろう。偉い坊様じゃなく、『なまぐさ坊主』『お天気坊主』の類いだ。ただ、これが江戸時代に始まった語彙なら、もしかすると煙草を止められなくて、禁煙が我慢できなくなる人のことだとした方が辻褄が合う。

 日本禁煙協会の調査では、医学的に禁煙三日目が一番喫煙再開の率が高いと言うデータがあるそうだ。だから、煙草に当てはめるとこの言葉は事実をよく言い当てた語彙と言える。三日目あたりが最も血液中のニコチンの減少が生理的には禁断症状として顕著に出るのだそうだ。一〇人中六人までここでギブアップする。そんな経験はないですか。三日目からはじわじわと脱落する。時代によって違うのだが、半年で一〇人中九人が脱落する。 そのくせ、一〇人のうち九人煙草を止めたいという、なんらかの意志、願望をもっているらしい。だから、ほとんどの人は一度ならず、何度も繰り返し、くり返し禁煙に挑戦したことがある。ただの一度も禁煙を試みたことはないといわれる『確信喫煙者』は実は一〇%より少ないと言われている。

 三日坊主は、勿論煙草に限ったものじゃない。一般に、つまり飽きっぽいことをいう。だが、『ゴルフ道具を買ったが、三日でやめた』『スーツを新調したがすぐ飽きた』『結婚したが三日目で飽きた』などいずれもあんまりあり得ない。一方禁煙が三日目で我慢できなくなるのを『三日坊主』というのは実にぴったりする。だから、この言葉は煙草が世の中に出始めた直後に発生したのだと、こじつけた方がよい。僕は色々の人がやった禁煙を紹介したいと思う。どちらかと言うと、成功した人を多く登場させている。『二世のハンク』『よしかわの板前さんの常』『ミュンヘンのハンス』『穴頭黒人のベンジャミン』,

皆僕の思いでの中ではドラステックな禁煙成功者だ。『脳溢血で倒れてから止めたT』はこれからどうなるかわからない。だから僕はまだ彼を禁煙達成者の中に入れていない。さきに、『ギャンブル、麻薬と煙草』の稿で、ある高名なテレビジョンキャスターが出演中にパイプ煙草をお吸いになることで、カナダの友人が吃驚したと書いた。これは、一九九六年のころの話だが、いつのまにかこの方は出演中に煙草をお吸いにならなくなった。これはテレビジョンに出演中だけの禁煙をされたものとは絶対思えなかった。あの人はそういう人ではない。出演中だけ止めたとか、ましてや誰かが注意したから止めたなんていう底の浅い人ではない。ただ、いまだに歯が黒いな思っていた。しかし、最近になってこの方の前にカットグラスの灰皿があるのを見た。余計なことを観察してお詫びします。不思議に思ったことは、この方が番組中に火のついていないパイプをついに口にくわえられたことだ。とにかく、禁煙というひとつの『意志』または『悟り』には必ず成功していただきたい人の中のお一人だ。愚稿には禁煙に失敗した人はここまで、何人かは登場していただいた。『バンクーバーの恐妻家、ボブフェラーリ』『ロンドンのカータン』は失敗組だ。 禁煙挑戦者で失敗する典型的な三つのお話を聞いてみてください。

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 Kはある大企業の営業部長までやっていた男だ。リストラなんかされたわけでもないのに止めて独立した。この人はコンピューター絡みの仕事で一旗あげるもくろみがあったのだ。彼が独立して数カ月して福岡に訪ねた。

 「ようおいでなされた、まあ一杯やってくだしゃい」

 「いやいや、どうも」

この人はよくある助平上戸なので、自分でも自覚していて女性がはべるバーなどに客と行くのは避けていると誰かに聞いた。いま二人で寿司屋にいるのだが、やつはほとんど食うものには手をつけない。飲むばっかりだ。

 「さとーさん、ようやく事務所を開きました。まだ、女の子一人とわしの二人だけですが、おいおいやっていきますばってん、協力してくだしゃい」

 「いやぁ、羨ましいですよ、僕が会社を作ったのは四一才の時です。遅かったです」

彼は、まだ三八才だとかだった。

 「県の有力者に出資を依頼しているのですが、事業は中々思うようにはいきませんばい」

 「まあ、なにやるにつけ体が資本です。宮仕えの時の五倍はつかれますよネ」 「僕は会社ではいいかげんやっちょりましたばってん五倍ではききませんとよ」僕はゲソのつまみをパクリと口に入れ、いささか熱燗をやり過ぎになるかなと考え、あがりをたのんだついでに、海苔茶づけを注文した。彼は手洗いに立ったので、その間に支払をすまそうとしたが、女将は受け取らなかった。ふと気がついたが、彼は以前ハイライトを立て続けに吸ってたのを思い出した。「しょんべんが近こうなりましてのう」

 「Kさん、禁煙しましたのか」

 「独立をきっかけに、たばこ止めました」

 「じゃあもう三か月禁煙ですか」

 「なに、三日ごとにしきりなおしですたい」

 「僕も完全に止めるまではおんなじでした」

 「徐々に止めると言うのはできるんですかね」

 「ニコチンが体に影響するのは、個人差はありますが、せいぜい二十日前後までらしいです。つまりその後はニコチンのためよりもストレスによる再発が多いと言われています」

 「きょうは佐藤さんが吸わないので僕も吸わんですたい、特になんともありましぇん」

「まったくそのとおり、本来たばこがいつまでも麻薬のようなアディクションを持続することはないのです。再発は他の理由の方が多いと僕は考えています。しかし、禁煙は単純に自分との戦いなのだそうです」

 「佐藤さんは禁煙を研究ばしとるとですか」

 「僕は専門家でないので、あくまで悪趣味です。おせっかいというより、意地の悪い観察者です」

 「どうですか、どうしたら完全に止められますか」

 「残念ながら、十人十色の止め方があると言うより仕方ありません。これで止められるという完全なパターンがないのですね」

 「僕にその中から一つ選んでくれませんか」

 「そうですね、怒らないでくださいよ、いま立ちあげた事業に成功することが最大の禁煙をキープ出来るファクターでないですか。今度お会いするとき吸ってなければ本物でしょう」

 その晩はそこらで切り上げた。彼は案の定ツケで帰った。女将はしかし、ていねいに対応した。彼は事業の資金に退職金をほとんどつぎ込んでいるのだろう。

 数年して暮れに彼から電話があった。僕はその日、会社にはいなかったので夕方近くメモをもらった。電話してみたらどうも、土木現場の飯場のようだ。 「豊橋で働いてましたが暮れに(くに)に帰ります。ちょっとごあいさつと思いまして」

 彼は電話の向こうで悪びれるふうもなかった。その日に帰ると言うので、名古屋の僕の会社に来てもらい、師走の町に出た。威勢の良さは変わらなかった。しかし、彼はなんとかいうメンソールの煙草をしきりに吸っていた。Kの場合はストレスが禁煙を妨げた。事業は失敗で借金だけが残った。

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  話は変わる。Mは漫画家だ。漫画家だからMにしよう。本当はTだがTはもう使った。Mもそういえば使ったが、二人目のMだ。この漫画家は稀に見る小まめな人で、常になにかを彼の友人たちに売り付けようとする。中古のローレックス、偽物のホイヤー、韓国製革コート、ダウンジャケット、安ものの真珠、ポーチ、財布。ところで、Mはうちの会社の製品を時々使っている。それと、彼は似顔絵を描くイベントで人手が足らないと、僕によくたのんできた。似顔絵は彼らの場合漫画としてのスタイルで描く、色紙に面相筆で線描きして簡単に彩色する。有料の場合は一〇〇〇円、カップルを一枚の色紙に画く場合は一五〇〇円と低額だ。半日で五〇人とかをこなす。僕は似顔絵ならコンテで素描する方が慣れているが、それだと時間がかかり過ぎる。だから彼らと同じ筆描きでやることにした。僕は赤ん坊を描くのを得意としている。赤ん坊は一瞬たりとも、じっとしていない。とてもまともには描けない。これには、やり方がある。少し練習するとそんなに難しくない。まず目と眉:大小、上がり目下がり目、より目間抜け目。鼻:目との三角点。口:大小、への字か真っすぐか。頬、あご:丸顔か長顔か。耳:大小と位置。額と頭:頭髪の生え際ライン。これだけを五秒位で見て、おぼえる。ついでに、お耳に入れときますが、画家でなくとも、事件現場に遭遇したらこれらを意識して記憶してください。必ずそっくりのモンタージュが作れます。その記憶を引き出すのはプロなのですから。

 よく、若い人の髪の毛を赤とか青、金髪に描いた。これが、意外に人気があった。茶髪なんかまだ流行ってないころだ。やはり、髪染めの願望をみんな持ってたのだな。文句があれば、その上に黒く塗るだけだが、誰も文句はなかった。僕は図らずも仕事で色んな国を旅行したが、似顔絵かきは随分見て来た。ほとんどの人達が画家の副業に見えたが、一人三〇分も四〇分もかけてた。面相筆で描くのは筆運びにやり直しがきかない。大変な緊張が強いられる。一人六分から一〇分でこなす。 Mは順番まちの列が途切れた時、カバンから封を切っていないハイライトを出した。そして、半袖のポロシャツの胸のポケットからマッチをだした。その晩は仲間の漫画家が他に三人ほどいたが、皆たばこはすぱすぱやっていた。

 「あれっ、先生止めたのではありませんでしたか」

 「二週間目。周りがぷかぷかやっとると、我慢できせんだわ」

 「今日が禁煙二週間目ですか」

 「正確には一〇日目だぎゃ」

 僕はここでできるだけ何げなく聞いてみた。

 「どうです、禁煙は一〇日が限界ですか」

 「これが、止められせんのですね。いつも吸ってる時は惰性だなも。それがきっかりと一〇日目まで我慢の限界を引っ張ってくると、めちゃめちゃうみゃーでいかんだわ」

 やっぱり、福岡のKと同じく、『パンドラの箱』を開けてしまったのだ。禁煙一〇日目に煙草を解禁すると、脳に『ドーパミン』というホルモンが、かなり大量に分泌される。このドーパミンには麻薬と類似した作用があり、その恍惚感は人によると、強い習慣性、沈溺性があり、一〇日周期の禁煙と解禁を繰り返し、どうしても止める事ができなくなる。『一〇日坊主』の方は思いあたりますか。これが、政府御免の『見なし麻薬』と分かって、なおさら『断煙』ができなくなる方がいるので、禁煙の指導にはドーパミンの説明はタブーと考える人もあります。どうでしょうか。残念ながら、ドーパミン対策には全く参考にすることの出来る提案はありません。ただ、このドーパミンの誘惑は個人差はありますが、ある期間、数カ月から一年位で脱却できます。ドーパミンの異常な分泌を防ぐのに『ニコチン含有のチューインガム』を推奨される医師もあります。つまり、ニコチンの血液中濃度を急に下げないためです。僕はドーパミンの存在について、禁煙をしようとしている人は知っていた方が良いかと思っている。

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 あなた、晩酌されますか。家ではやらないが、毎週少なくとも二回はお付き合いや接待で飲む機会があるとか、どのようなかたちにせよ、習慣的にお酒を召し上がる方で、もし禁煙をお考えでしたら参考にしてください。三番目のお話です。

 覚えていますか、オーストラリアのチコ、クレアと一緒にブリスベーンに飛んだが、搭乗機の脚が出なくてシドニーに引き返した、あの、チコ。チコエックベルト。彼女はサンフランシスコでジャズ テナーサックス プレーヤーのパットと結婚し、 娘が生まれてすぐ離婚した。 今はブリスベーンに小料理屋を持っている。 彼女は親と一緒に子供の時日本からサンフランシスコに移住した一世だ。なぜか、絶対に米国市民権を受けなかった。娘の里砂(リサ)だけは米国市民権を勿論持っている。ブリスベーンのチコの小料理屋は小芋のにっころがし、昆布の鰊まき、豚の角煮、鰹のたたき、それにオーストラリアの地のものを使った豪華なキングポーンのステーキ、蒸し鮑、カンガルーのシチューといった出し物で大当たりを取った。クレアとは共通の友達で、チコはサンフランシスコ時代からの僕の親しい友人だ。とは言え、あやしいところは残念ながらない。ハンクの会社の秘書だったのだ。

 彼女SF時代は禁煙に成功していた。離婚したあとでも煙草には捕まらなかった。それが、オーストラリアで店が流行ると、また煙草にはまった。チコは千鶴が本名だ。でっかい目にアイシャドーだけ、口紅はつけない。丸顔だが、ウエストは両手で握れそうな程細い、(握ったことはない)それに小柄だ。ただし、ばかにならないのは彼女はそんじょそこらのウワバミが束になってもかなわない酒豪なのだ。とは言うものの、もう伝説ではある。

 「トニー、御免ね昨日は帰れなくって、ベリーランデングなんて初めてだったわ」

 「昨日はびっくりしたよ、クレアはまだシドニー?」

 「しばらくは、検証なんだって、トニーによろしくって」

 「千鶴さん、リサはどうしているの」

 「父親と一緒にドイツの両親のところに行ったわ」

 別れた旦那の両親はドイツ人だ。パットもまだ一人らしい。もう夜中の一二時を回ったので客はとぎれて、板場はもうしまいにかかっている。チコは菊正宗を絶妙な燗どころで、また一本もってきた。どの店もブリスベーンはしまうのが早い。チコの店はクイーンズモールの外れにある。 飲食店以外の店は午後六時には皆しまってしまう。僕はニューヨークのように眠らない街が好きだが、まあ、せめて一二時までの飲み屋さえあればそれでいい。オーストラリアはイギリスが宗主国だ。だから、イギリスの発音だ。オーストラリヤの発音を聞くのは疲れる。『アイティーアイト ドラーストウェンティー アイト プリーズ』これはなんとかわかる。 『タイク ヤ ボック プリーズ』 慣れればなんとかなる。 オーストラリアは頑なに移民の流入を拒んできた。だがメルボルンとかシドニーは入植の歴史が古い。 車の前にカンガルーに衝突した時のガードをつけて走る。 とにかく乱暴な運転をする人が多い。 ブラインド コーナーで徐行しない。大味な事故がめだつ。 一説には『英国は囚人をオーストラリアに収容』したため、そういう、気性の粗い国民性の土台が出来たと言う人がいるが、勿論偏見だ。国土は大きいが内陸は殆ど砂漠だ。ニュージーランドは行ったことがないが。同じイギリス系の国だがニュージーランドの方はパラダイス的だと聞く。

 チコはしまい際にたばこを一服静かに吸った。僕にはすすめはしなかった。白い長いたばこから立ちのぼる煙は、拡散される事なく細い青いため息となって、低いところまで下げられてある和紙を張った照明の傘の中に吸い込まれた。彼女はサンフランシスコでは、煙草をやめる前スティーディーに吸っていた。あのころは、真っ赤な口紅が白い煙草についた。僕は別に何も言わないで、小さ目の銚子から残り少なくなった酒を注いだ。チコは独り言のように言った。 「お酒飲むと、つい吸い出すの、止めてたのに」

 僕は最後の一本を空けたのを潮時に、店を出た。

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 三人の三日坊主が登場した。なにか作り話に見えるが、どのように解釈されてもよい。一言申し上げておかなければならない事がある。それは、三日坊主を非難したり、笑いもの扱いをしたりしてはならない。一生三日坊主の方もいくらでもおられる。三日坊主の連続で何年かのうちについに禁煙に成功する人は意外に多い。

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 少なくとも三日坊主であっても断煙の意志が継続していることに気がつけばそれでいい。実は三日坊主の継続が断煙に至るごく平易な手段と言えます。つまり、徐々に断煙していくわけで、そんなに辛くはない。少なくともその言葉通り三日禁煙して、また始める。そういうことを繰り返しているうちに喫煙本数を『意識的に』減らしていく。意識的にと言うことはさほど強調しないが、そのうち達成感を感じるようになる。

 断煙に至る様々な場面をみてきたが、残念ながらこれならばと言う手法はあり得ない。だが三日坊主なら誰にでも出来る。