人生においてはサッカーよりも大切なものがたくさんある。
(1992年5月)
パルチザン(オーストリア)の監督を辞任した際のコメント。
1992年3月、
ボスニアの連邦からの独立を押し止めようとするユーゴ連邦軍がオシムの故郷サラエボに侵攻。
同4月、
オシムは家族に会うために試合の合間を縫ってサラエボに帰郷。
その後、次男を伴って仕事場のあるベオグラードに戻った2日後、サラエボへの爆撃が始まった。
戦車260台、追撃砲120砲、無数の狙撃銃がサラエボの周囲を取り囲み、1395日にわたって続けられる「サラエボ包囲戦」が始まった。
オシムには、サラエボに戻る手段はなく、ベオグラードにいるしかなかった。
5月21日、
指揮を執るパルチザンは、ユーゴカップを制覇した。
これを置き土産に、オシムは監督を辞任。
「私のサラエボが戦争にあるのに、サッカーなどやっていられない。」
サラエボ侵攻に対するオシムなりの抵抗だった。
【オシムの略歴】
・1941 ユーゴスラビア・サラエボ生
・1978 ジェリェズニチャル 監督
・1986 ユーゴスラビア代表監督
・1991 パルチザン・ベオグラード 監督
・1992 パナシナイコス 監督
・1994 シュトゥルム・グラーツ 監督
・2003 ジェフ千葉 監督
・2006 日本代表監督
