ONE DAY. I MET YOU. -15ページ目

ONE DAY. I MET YOU.

零れては落ちる言葉を必死に繋いでみる。



とりあえず自分に嘘だけは吐きたくない。


言い訳したくない、けどうまく行かない。



あー早寝早寝!
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たまにはこっちを上げてみる。

mixiにもtwitterにも書かない事を。

正直今の自分の音楽の方向が全く分からない。何をすべきか。そもそも何がしたいのか。

今も昔も今いるメンバーで何が出来るのかを考えていた。自分の中に表現したい感情はあるんだけど音楽にならない。主体性を持ったソリストに作曲家に編曲家になりたい。

でも、しゃしゃるでも叫ぶでもないソロは未だリズムセクションに依存してばかりでリズムの状況に大幅に左右されてしまう。それを誘導、説明、会話出来るだけの語彙も技術もない。

リズムに対して言う意見は、自分の中に他者を閉じ込める様で怖いし、明らかな予定調和になりそうだ。でも作曲家で在る以上は、音楽の指針が必要な筈。それが主体性?でもジャズは自由な筈だから。やっぱりバランス感覚と技術が絶対的に必要だよね。

兎に角最近演奏聴いたり、演奏したりするたび、そんな事を考えてる。今日のライブも非常に素晴らしかったけど、落涙する程じゃなかった。何かが心を詰まらせたままだ。

じゃあ具体的に何から始めるべきなのか。確かに聴音や技術がまずは必要だけれど、どれも中途半端で何処から手を付ければ良いか分からない。それに加えて時間が無いから、個人的な練習を継続できないし、前に進めてない気がする。得るものは相変わらず多いんだけど。これは本当に幸せだと思う。



まぁ来週に控える久々のリーダーバンドリハで又色々考えてみよう。恐怖感は其処で拭える気がしなくもない。


なんとなく、そこに、でも確かに存在する不安、恐怖。それはどこか泣き出す前の感覚に似ていて、予感、と言う言葉が一番近しいのかもしれない。

いまの自分に必要なのは間違いなく涙と、過ちが過ちであったと認識させてくれる媒体。

叫ぶ事が芸術ではないけれど、然るべき段階を踏んで発せられる声は、魂の震えになると信じたい。

大人になれ、落ち着けと言われるし、成りたいのだけれど、まだ成れない故の焦燥感、苛立ち。


そこから発生する欲求に基づいて音楽をしてみても、それは面白いかもしれない。

確かなのはそれは煩い叫び声ではなく、然るべき段階、手順に出来るだけそって発する何かであるべきだ。もう赤ん坊になりたい訳じゃない。赤ん坊が題材の作品は芸術だけれど、赤ん坊は芸術ではなく、自然だ。


その何か、が、一体何なのか僕は全く知らないし、知る必要もない。少なくとも自分自身がやりたい音楽は一定ではないし、永遠でもない。


寒い。冬が近い。月が僕を見下ろして、地面に落ちた僕の影は曲がり角を曲がると街頭に消された。


秋が終わる。
埋もれさせない為には、
読んだり書いたりすればいい。


皮肉な事に今も昔も僕は変わらず、
その事実に恥ずかしくも、
なんだか嬉しかったりする。


俺変わらねー。




ただ、確実に前には進めて居るのだ。
うん。