ヘルパーを生業とする男の、福祉から学ぶ"生きるとはなんだ!" -13ページ目

ヘルパーを生業とする男の、福祉から学ぶ"生きるとはなんだ!"

福祉業に身を置いていて感じること。
食レポとかもして、生きることの喜びを自らに実感させようと思います。
あとは適当に。。。

 






重度知的障害車グループホームで勤務していた頃。



入居者の1人、当時67歳でもともと軽度の知的障害。愛の手帳は3度。


(都では愛の手帳、その他県だと療育手帳です。参考までに医療券のマル障は愛の手帳1度2度までです。)


キレやすくすぐ殴りかかっちゃうのだけど、普段は気の良いおじいさん。


ご両親を亡くされてから鬱っぽくなって。


それから物忘れが酷くなっていきました。


数秒前のことは覚えてません。


覚えてないというより、記憶そのものをしていないというか。



お寿司屋さんで14皿も食べて「もう食べられない」って言ってたのに、



お店出た途端に、


「お腹空いたなぁ。何食べようか?」


っていうくらい。



そんな彼は、その翌年に他県にある特養に引っ越すことが決まっていました。



特養に入れば、移動支援は使えません。家族もご高齢ですし、対応がかなり難しい。


特養の職員との外出は、限界があります。



泊まりの旅行に行けるのは、今のうち。



彼は幼少期、新潟にあるおじいちゃんとおばあちゃんのお家に遊びに遊びに行った思い出があって、懐かしんでました。



おじいちゃんおばあちゃん元気かなぁ。会いたいなぁ。遊びに行きたいなぁ。


と。


すでにお亡くなりになってることは忘れてますし、伝えても忘れちゃいます。


そうだ、おじいちゃんとおばあちゃんが住んでいた家を見に行こう!


幼少期に遊びまわった田舎を懐かしみに行こう!

そんな企画を立てました。

もちろん、行くのは私。

一泊二日です。

移動支援を使って行きますが、1日8時間までしか請求できないので、給料は2日分のみ。あとはボランティアです。

そんなわけで、ご家族に住所を聞き、新潟県の田舎町へ2人で一緒に行ってきました。


しかし、家の前についても、思い出せず。

しまいには、見知らぬ民家指差して「自分が今住んでいるグループホーム?」って聞くくらい。


幼少期によく遊んだという近くの公園に行きましたが、その公園は出来て10年しか経ってない。

全く覚えてません。

思い出というのは、風景だけで構成されてるわけではなくて。

風景が思い出を思い出す引き金になるかと思ったのですが、彼はそうではなかったようです。


入居者さんとの新潟旅行は、私にとっては、とても有意義なものでした。


記憶とはなにか、、、ということものすごく考えさせられ、思い出の大切さを痛感した二日間でした。


ご飯食べた直後に、ご飯食べたいと言います。

数歩歩けば、今どこを歩いているのか、どこに向かっているのかわからなくなります。

数秒毎に、お昼ご飯は何かを聞きます。

どこいくの?
ここどこ?
何時に出るの?
お昼なに食べる?
どこでお茶飲めるの?
今日のママ(女性夜勤者)は誰?

という質問をひたすら、間隔を1分も開けずに聞き続けます。

気になったことが、聞いても覚えられないから、気になり続けてしまう。


気になり続けることで疲れやしないのだろうか?

と思うのだが、足の痛みといった分かりやすい疲れでもないと、疲れていることに気づけません。



認知機能低下、記憶障害の重さとしては重〜中度くらいでしょうか。

"記憶そのもの"をしていないから、思い出すというものではないし、

"記憶していた"としても、"記憶した"ということを"記憶していない"から、記憶を探ることもしない。


同じ質問を延々と繰り返す彼は、毎回が"初めて"聞いています。


記憶の補完として、タイムスケジュールを記載したしおりを作って渡しましたが、どこにしまったかわからなくなってしまいます。


常に開いて見せておくのだが、"しおりに書いてある"ということが記憶できないから見ない。


ここに書いてますよと毎回答えるのだが、全く定着しない。
えっ!?そーなんだー!と驚き、毎回リアクションが新鮮。


反復することで定着するのなら効果的なのだが、その日だけのことなので効果がないのです。

以前に比べても、確実に定着しなくなっている。

しおりに書いてますよー
と毎回答えるコミュニケーションの仕方に若干の冷たさを感じ、疲れぬ範囲で言葉で答えるようにしました。


目に映る古い民家を見ては、
ここにおじいちゃんとおばあちゃんが住んでるんだー、まだいるかな?
と話します。

なので母方の元実家がどこかも、行ったという事実も記憶してません。


思い出の神社も覚えておらず、朝ホテルを出発してから、電車の中も、公園の中も、神社の中もずっと

"お腹すいたな。今日お昼なに食べる?"

と、まるで常日頃の口癖のように、まるで呼吸を当たり前にするかのように延々と繰り返し質問していました。

今回の旅行が彼にとってなんだったのか?

彼がどう楽しんだのか?

もはや俺の知るところではないが、今回撮った写真でフォトブックを作って、記憶に残らなくても形に残しました。


忘れたい思い出、忘れたくない思い出。

思い出ってなんでしょうか?