「日本で治療します。」
即決でした。
医師からオーストラリアで治療するのも可能ですと説明を受けたが旦那の意志は固かった。
これまでの医師、看護師など病院側の対応をみて旦那は日本での治療を決めました。これでオーストラリアで治療となれは再度オーストラリアの病院で1から検査しないといけない可能性があったからです。その時間はありませんでした。
私は病名が判った時点で保険代理店へ連絡を入れた。担当者は驚きを隠せないでいた。
たった半年前に加入した、30代半ばで入院歴もない健康な男性が保険金給付の申請をすることになったからだ。
「悪性リンパ腫ですか…。はい、対象になりますので書類を送付して下さい。この度は…病気に罹ってしまったのは残念ですが加入されていて良かったですね。」
と担当者は複雑な胸の内を明かした。
半年前、義母の癌が判明し家族への遺伝の可能性もあるからオーストラリアの保険とは別に日本でガン保険にだけ加入しておこう、そう決めたのでした。
まさかこんな早く申請する日がくるとは。
手術後一旦自宅へ帰宅し、2週間後に抗がん剤治療のため一ヶ月の入院をし、その後半年程通院して抗がん剤治療をするという流れでした。
病院から帰宅後、旦那は手術の傷のせいで寝られずかなり苛立たっていた。私は子供が騒がないようにするのに神経を使った。
就寝の際、旦那のイライラはピークに達し、
「Do something!! It's painful!!!」
大きな声を出し始めた。私は子供が起きないように小声で話そうとした。それが却って良くなかったのか余計旦那は怒り始めた。
私の疲れもだんだん溜まっていった。
少しだけ寝たい、10分いや5分でも。
そう思い旦那や子供から少し離れて横になった途端言われました。
「傷の痛みでこっちは寝れないのに、良いご身分だな。俺が死ねば良いと思ってるんじゃないか?!」
実家へ帰る事も考えました。そんな時に義母の言葉が私の頭をよぎりました。
「あの子は私の大切な子供、とても良い子であり、良い旦那であり良い父親よ。だから彼を信じて側に居てね。」