「世界中から人が押し寄せる小さな村ー新時代の観光哲学」(島村菜津著)を読んだ。
舞台は、イタリア南東部の山岳地帯、アブルッツォ州、セント・ステファノ・ディ・セッサニオという村。
イタリア半島は、日本の5分の4くらいの大きさだ。
そこに、現在700万戸の空き家が存在しているという。
完全に人が住まなくなった村も184ある。
日本にも2018年の総務省調査では、846万戸の空き家があり、空き家率は3.6%。消滅集落と呼ばれている集落も154ある。
さぁ、舞台となっているアブルッツォ州を見てみよう。
イタリアの背骨に当たるアペニン山脈の山懐に位置するセント・ステファノ・ディ・セッサニオは、標高1,250mの山懐に抱かれている。
古代ローマ帝国の要所から6マイル目の見張り台があり、急峻な山肌に張り付いたような建物構造で、階段で上り下りする。街の構造も路地が建物を縫うように上下に通る。家族が増えるたびに洞窟を掘ったり、崖を掘って建物を増築していったような設えで、基本的には1フロア1室、数階建てというのが基本パターンと理解しておこう。
中世には、皇帝の原っぱと呼ばれる草原に羊を飼い、羊毛を商品として取引し、栄えていた時代もあったが、今は、1軒のバールと食料品店、老人が暮らす数軒の住居があるに過ぎない。
そこに、イタリア北部の青年がやってきて、魅せられたのだろう。
1軒の建物を買って修復し、農家民泊のようなことを始めたのだ。
その修復が、徹底しているのだ。
建物が建てられ、活用されていた時代に即して、材料を集め、調度品を集め、ススも自然のままに残し、ロウソクで照明する。ただし、現代的な快適さを取り入れるために、冷暖房やバスタブは置かれた。でも、冷蔵庫やテレビ、電話はない。Wi-fiはある。
このバリアフリーとは無縁の不便な民宿に、ヨーロッパ中から世界中から客足が絶えず、じわじわと人気を集めているのだ。
価格は、€135から一棟貸しは€2,500。€1=\155とすると21,000~\387,000と結構高い。
この青年ダニエーレは、この地区の独特の文化を守ろうとする使命感に火が付いたそうだ。単なる空き家の活用とか、不動産経営ではなく、文化的プロジェクトだという。
偽善的な儲け主義ではない本物を見抜いた人々の感性が呼応しあっているのだろう。
ダニエーレは、次々空き家を購入し、改修し、今では3棟、10部屋+レストラン+レセプション棟からなる宿(アルベルゴ)を経営している。
分散するという意味のディフーゾとの造語で、「アルベルゴ・ディフーゾ」(分散型宿)として、マネする地域もあるが。
保全・修復を基本とした文化的プロジェクトだという意義を忘れて、分散型民泊業を営んでも感性に響かない。
日本の古民家は、石造ではないので保全・修復が難しいところもあるが、現代の建物より構造材はしっかりしている。農耕文化、町屋文化が感じられる。
安全と快適性も取り入れながら分散型の宿や体験館、コワーキングスペースとして活かす道があるのではないか。