暇をもてあましたゆずきちさん、
クレヨンでミニカーを塗りたい!と。
私は
やめとこうよ、、、
と言ったものの、
本人は譲らず。
折衷案で、
絨毯のうえで塗らない。
終わったらミニカーを洗う。
という約束で、どうぞ、と。
嬉々として
塗るのにOKを出す前、
ふと思いました。
なんでダメなの?
部屋を汚されたくない
クレヨンは紙にかくもの
ミニカーはぬるものではない
??
それは私のつくった枠ではない?
クレヨンは塗るもので、
ミニカーはおもちゃで
塗って遊ぶものではないという定義は私がつくったものなのかも、と思いました。
じゃあ、やらせてみるか。
ただ、部屋を汚されるのは嫌なので、条件つけてやらせてみたら、
なんだか楽しそうに塗っていた。
満足したら綺麗に片付けていた。
塗っている姿を見て、
クレヨンでミニカー塗ってもいいのかぁ、
と妙に感動してる自分もいたくらいです。
子供についNOを与えがちですが、
NOと言ってしまいそうな場面ほど、
自分の枠、価値観を拡げるチャンスなのかも。
NOと言いそうなところをYESと言ってみる。
そして興味深くそのあと観察してみる。
子供のようすと、YESを与えた自分の心を。
くすぐったいような、それでいて小さくても琴線に響くような感覚があれば、それは自分の価値観をぶっ壊した証しかと。
子供の概念の自由さはすごい。
それに触れられる育児って偉大。