私がIBSになった時は
中学2年生
ibsという言葉すら
ありませんでした
パソコンや
スマホもありません
心療内科も
なかったように思います
中学生の私には
調べるすべもなく
世界中で
こんな症状なのは
私しかいない
サイテーだ
そんな思いで
たった一人で
思い悩み
解決策や
原因
どうすれば迷惑がかからないか
どうすれば気づかれないか
考える毎日
朝はトイレを独り占めして
家族に怒られ
朝から憂鬱
行きたくない
行かないといけない
変な責任感
授業中も
先生の声なんて聞こえず
ただ
お腹の調子
おならが出ませんように
お腹が膨らんで破裂しませんように
ずっと
ずーっと
頭の中は
そんなことばかりで
時計と睨めっこ
1分1秒が早く過ぎ去ってほしかった
嫌われるのが怖くて
いつも笑顔をつくっていて
私が世界で一番醜いから
嫌いな人なんていなかった
事あるごとに
間違えていても
自分の意見なんて言えなかった
そんな自分にも
ありがたいことに
少なからず
一緒にいてくれる
友達がいて
そんな友達にも
悩みを話すことができないくらい
小心者で
疑い深くて
今思うと
一緒にいてくれた
当時のお友達には
感謝しかないです
本当に
ありがとう
今でも
付き合いがある仲間です
この症状はなに?
聞いたことない
本当にいや😫
おならで
100年の恋も冷める
っていわれたり
おならが
笑いのネタにされる
テレビで観ても
笑えなかった
笑えるようになった今
症状が和らいだ証拠なのかな
内科でなんとなく伝えても
ストレスと言われたのかどうかすら
覚えていません
親にも
言えませんでした
今思うと
両親は忙しく
兄弟はいましたが
あまり
会話のある家庭では
なかったのを思い出しました
高校生の頃
アルバイトをはじめ
お腹の調子の悪いことに
気づかれないように
必死でしたが
楽しいことも増えてきて
苦しいことばかりではなくなって
だから余計に
治したい
忘れたい
頭の中から
お腹の調子ばかり気にすることを
消し去りたい
自分でお小遣いを稼げるようになり
どうにか
こうにか
自分で見つけた「精神科」に
すがる思いで
行ったのです
35年ほど前の
精神科
町の小さな
クリニック
診察室は
待合室と短い廊下の間に
薄いカーテンで仕切られているだけ
廊下にまで置いてある
椅子は
すべて人で埋まっていて
診察中の声が
まる聞こえでした
途中で
何度も
何度も
何度も
帰りたい思いがよぎりました
治したい
地獄のような日々を
抜け出したい
そんな思いで
必死にこらえ
診察室に向かいました
思春期真っただ中で
おならをガスと
言い換えることも知らず
我慢しても
我慢しても
勝手に
お腹の中で
ポコポコ
ポコポコ
ガスが発生してしまうこと
我慢しても
我慢しても
耐えきらず
出てしまうこと
きっと
うまく説明ができなかったように思います
いざ
先生の前に行ったとき
おならの「お」が
なかなか言い出せなかった
カーテンのすぐ裏に
人がいる
先生も男性
すべての環境が
罰ゲーム?
ここは地獄?
そのことは
約35年経った今でも
蘇ります
あの頃の自分に会えたなら
あなたは充分がんばってるよ
少し休もうか
あなたはとっても素敵だよ
私は大好きだよ
って伝えて
ぎゅっと抱きしめてあげたい
誰もが敵
そう思って
殻に閉じこもって
信じれる人が居なかった
ホントによく頑張ったね
まだまだ続きますが
私の闘い
また聞いてください
36年後の私ですが
まぁまぁ
幸せに暮らしてます
周りのみんなに感謝して
日々を過ごしてます
今回はこの辺で
失礼いたします
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