こんばんは。
イトーキーです。
さて、本日は大きな仕事が終わりひと段落です。
そこで改めて感じたことでも書こうかと。
小児科医であり心理学者でもあるウィニコットは
母親の役割に「見えないようで、でもたしかにある手」の存在を挙げていました。
一人立ちしようとする子供にとって存在感のありすぎる母親の手って邪魔なんですよね。
「一人でできるもん!」状態ですからね。
「あっちいって」ってなりますよね。
しかし、いざそのような手がなくなると、当然、こけたり、失敗したり。
親の心情としては「言わんこっちゃない」ですね。
上手くやろうとするのは難しいことですが
普段は見えないけど、こけそう、失敗しそうなときにスッとさりげなく、存在感薄く出してもらえると
子どもにとってはありがたいですね。
母親にとってはたまったものではないですが、子どもは自分の力で失敗しなかったと感じることが出来るから。
へんな私たちをサポートしてくださっている皆様
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カウンセリングセンターへんなのでも、つぶやきをしています。
今日は「分かると、分けられる」
それでは、また明日。
