7月8日、「歴史秘話ヒストリア 日本刀ものがたり~あなたの心を一心両断~」

が放送された。


まず、「刀」といっても、何?と思う人もいるだろう。

そんな人に、「刀の鑑賞ポイント」を参つ紹介しよう


壱「刀文」・・・波のような模様をしている

        色が少し白い(灰色?)

弐「地鉄」・・・刀文と違い、真っ直ぐな模様。

参「鐔」・・・・(?)


の参つだ。

よくわからない者は、色々調べてみて下され・・・ エルモ


次に「日本刀に魅せられた戦国武将」について。


大阪城城主:豊臣秀吉はたくさんの名刀を集め、それを

家臣に褒美としてあげ、やる気を出させていた。

(刀狩令によって)

徳川家康の時代になると、とある刀の噂が話題となる。

それは、「村正」の刀。

「村正」は家康の祖父・父が斬られており、又、家康の長男:信康が

自害(切腹)する時も、使われた刀である。

なので、家康や城下の者たちも「村正‘‘呪いの刀だ!!’’」と騒いだ。

それから、村正は使われなくなった。


これにて、「日本刀に魅せられた戦国武将」終。


次は、「刀鍛冶職人」について。

舞台は幕末動乱。

新撰組の副長:土方歳三の愛刀として有名な「和泉守 兼定」。

会津藩の刀工ー11代目の兼定が作ったもの。

争いの主役が刀から、鉄砲へ変わっていく中、

兼定は刀を造り続けます。

兼定、67歳。

ある日、政府から「日英同盟」の友好の証に刀を送りたいと頼まれる。

そして、兼定は人生最後の「刀」を造るため、生涯最後の挑戦をします。

兼定はこの依頼を受けた3ヶ月後病にて死す。

(明治36年 3月)


これにて「刀鍛冶職人」についての話、終。


今時代は、「日本刀ブーム」が起きている。

久能山東照宮や、徳川美術館にも

さまざまな日本刀が飾ってあるだろう。


現代も、「刀鍛冶職人」はいます。

刀を造り続けています。

儂も、日本刀がこの世からなくなってほしくないと

思っている。

何故なら、「日本刀は、様々な歴史を思い出させてくれるから。」



次回のヒストリアは「恐竜」についてだな音譜

とっても、わくわくしておる。

実は儂、恐竜が大好きなのじゃWハート



今日の画像☟
日本刀
テーマにちなみ、「日本刀」

誰の日本刀かわかりませんが、

桜の模様だったので、載せてみたぞ。


珍重珍重三味線