一人暮らしを始めた父は
もうアルコールを飲まないと約束し
仲良く話したりしていました。
いつも父が口にするのは
このままここで楽に逝きたい。
そればかりでした。
そして
どんどん食べなくなってしまい
食欲がないと少しだけ。
次に飲み物も
喉が乾かないと
全然飲まなくなりました。
日に日に痩せていき
心配になり、
病院に行こ?
何度も言いました。
でも父は
病院でたくさん管を繋がれて
そこまでして生きたくない。
このまま自然に楽に逝きたい。
迷惑かけるけど、お願いだ。
そんなこと言われて
無理やり70歳の父を連れ出せない。
私はお姉ちゃんに連絡しました。
お父さんがもう長くないと思うから
会いに来てほしいと。
しかし2人の姉は
忙しいから無理
と言ってきてくれませんでした。
私は、いつ父が逝ってしまうのか
そんな恐怖の中、会いに行きました。
毎回ドアを開けるのが怖かった。
そして父との約束がもう1つ。
会いに来るのは週に1日にしよう
でした。
父は家庭を優先してほしい
今までの足りなかった時間を
今から埋めていきなさいと。
そして
いつも私が帰るときには
笑顔でまたね、気をつけてね、ありがとう
と言ってくれました。
そして3月のホワイトデーの日
お昼ご飯を食べようか、
先に父のところに行こうか悩み
そんなにお腹すいてないし
父のところに先に行きました。
すると部屋は真っ暗。
寝てるのかな?
そう思いキッチンを通って
部屋のドアを開けました。
するとドアが最後まで開かない…
あれ?って思うと
父が布団にくるまって
寝ていたのです。
お父さん、こんなとこで寝てるの?
どーしたの?
応答がない…
父の顔を触ってみると
とても冷たくなっていました。
気が動転してしまい
とにかく救急車!
そう思い泣きながら電話しました。
心臓マッサージできますか?
その言葉に
部屋の中に入り父を正面から
初めて見たとき、恐怖で
何もできませんでした。
外に出て待っていてください
そう言われ、旦那に電話をかけ
すぐに来てと伝え、
お姉ちゃんにも電話しました。
とにかく誰か来て。
恐怖と不安で耐えられませんでした。
そして救急隊の人が到着し
父を見てくれました。
亡くなっています。
そう言われたとき
崩れ落ちました。
そして、そこから聴き取り開始。
警察が来てからも
ひたすら聴き取り。
しばらくして
旦那が到着しました。
もう涙が止まりません。
どうしよう、お父さんが…
それしか言えなかった。
そして鑑識さんが到着し
そのあとも遠くから鑑識さんが来るとかで
まだまだ時間はかかりました。
そしてお姉ちゃんが到着しました。
そして鑑識さんに言われたことは
死後5日程経っていますので
少し腐敗が進んでいます。
とのことでした。
私が帰ってすぐに
父は亡くなったのだと思いました。
あんなに笑顔だったのに。
やっぱり毎日会いに来るべきだった。
約束守らなきゃよかった。
後悔しかありませんでした。
そして、全てが終わり部屋に
入れるようになったとき
布団の上に父が横になっていました。
その顔を見たとき
涙が止まりませんでした。
お姉ちゃんたちも
ごめんなさいと
ずっと泣きながら謝ってました。
そしてそこから
通夜、葬儀の連絡
なにもかもやらなきゃいけない
そして喪主は私。
手配もなにもかも私。
姉のくせに…
なにもしてくれないんだ…
そう思いながら
父にできることは
全部やろうと必死でした。
友引があったため
1日空きました。
その日に父の部屋を
片付けに行きました。
すると
お酒の空き瓶が出てきました…
いくつも…
父は約束を破っていた。
でも憎めませんでした。
そして
なぜか私は薬局へ。
手にしたのは妊娠検査薬。
確証はないけど
なにかそんな気がする。
そして陽性反応でした。
嬉しさと
この状況で喜んでいいのか
複雑な気持ちでした。
でも父が最期に
プレゼントしてくれたのかもしれない。
生まれ変わりかもしれない。
そう思いました。
そして
通夜、葬儀を無事に終え
仏壇選びや、七日毎の法要のお願いなど
やれることを全てやり
1週間くらいたったとき
急に気持ち悪くなりました。
つわりか…
そんな軽い気持ちが
まさかこんなに長引くとは
思うこともなく…
つわりとの戦いが
ここから始まったのです。