fnesofwanri1970のブログ

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12年前の今日、綺麗に晴れた空を病院へ急がせるタクシーの中で見ました。それははっきりと覚えているのに、その後の出来事はあまりにショックだったのか記憶が曖昧です。エイズを発症して入院していた彼が亡くなったという知らせが入り、私は朝から病院に向かっていました。走るタクシーの中でいろいろな事を思い出していました。その数ヶ月前に彼と大ゲンカをしてから、一切連絡を取っていませんでした。このまま自然消滅で終わるのかと思っていた時に、彼からメールが届きました。それは「入院する事になったのだけれど、他に頼る人がいないから着替えを部屋から取ってきて欲しい」というものでした。細かい症状とかは書いていなかったので、そんなに深刻には考えていなかったのですが、病院で部屋に案内される際に、置いてある使い捨てマスクを着けるように説明を受けたので、少し様子が違うかと思ったのですが、病室で横たわる彼を見て言葉を失いました。体つきが良かった彼の脚は折れるように細くなり、鼻カニューレで酸素を吸う姿はあまりにもショックでした。話している中で、体調が良くなかったのをずっとごまかしながらこの数ヶ月生活し、ついに病院に運び込まれたという事。もしかしたらHIVになっていて、そしてエイズを発症した事を感じつつも受け止められなかったのかもしれません。私にも検査にすぐ行くように伝え、そして申し訳ないと謝り続けていました。それから毎日入院している彼の世話をしに行きました。それはケンカをして連絡を取らなかったから彼が病気になった、そんな事を罪滅ぼしするつもりだったのかもしれません。配られてくる温かいおしぼりで体を拭いたり、病院にあるコインランドリーで洗濯や乾燥をしたり、そんな事で彼が少しでも心を落ち着けてくれたら、そう思っていました。彼と付き合って最初は性交渉がありましたが、2年くらいでなくなりました。する時はコンドームをしていなかったので、彼の精液を飲んだり中に出されたりしました。彼がどのタイミングでHIVになっていたのかわかりませんが、私もきっと感染しているんだろうと思いました。彼が退院したら一緒に住んで、支えあいながら生きていこう、それを目標にしていました。でも彼は入院してから2週間あまりで亡くなりました。面会時間が終わってから様子が急変し、最期はものすごく苦しんで絶命したそうです。タクシーで病院について向かったのは地下の霊安室。無機質なコンクリートの空間に白くぼんやりと棺だけが浮かび、その中には入院中ずっと苦しそうな顔だった彼が、解放されたように穏やかな顔していました。どうして彼は体調が悪いと感じた時に、すぐに病院へ行かなかったのでしょう。少しでも早くHIVである事がわかっていれば状況は変わっていたかもしれません。それからすぐに私の検査結果が出ました。陰性でした。ホッとしたはずなのに、自分だけ生き残ったかのような罪悪感に包まれました。動画出演している高久さんは38歳。私と同世代。そして12年前に亡くなった彼は、ちょうど今の私の年齢くらいに亡くなりました。きちんと検査を受けて薬を飲んでいたら、私達はどうなっていたでしょう。亡くなった人は時が止まってしまいますが、それを追い越す年齢になって、やっと私は生きる事の厳しさと素晴らしさを感じるようになりました。それは彼が命をかけて教えてくれたのかもしれません。高久さんのようにきちんと検査を受けて薬を飲む。そこが人生の変わり目です。彼が亡くなった時は、薬もたくさんの種類を飲まなくてはいけなかったり、副作用に苦しんだりといろいろ大変でしたが、今は治療も進化しています。病気への治療法や新薬の開発は進み、恐ろしい病気だと言われていたものがどんどん過去のものになっていくのに、人間そのものの考えが変わらなくては拡大は防げません。何も分からずに怖がったり差別したり、時に見なかった事にしたり黙殺する。また一時の快楽のために危険な性行為に及んだりする人が後を絶たない限り、問題は解決しません。どうぞ自分の体や未来のために、それから大切な友達や家族、恋人のためにも検査を受けて、もしHIV陽性であったとしても早めに適切な治療を受けるようにしてください。愛する人が苦しみながら逝く姿を誰にも見せたくない、あの日薄暗い霊安室と、火葬場の釜に棺が吸い込まれていく時に、眼球が壊れるほど泣いた私はそう思うのです。どうぞ定期的な検査を受け、健康である事の大切さを噛み締めて、そして自分が生きる事が誰かの笑顔や幸せに繋がっているはず、そう信じていくべきだと思っています。↓よかったらポチッと押してください 新宿二丁目の片隅で ...