ここのところ梅雨前線の影響で雨続き。

もう1週間以上自転車に乗っていない。

先日の阿蘇サイクルマラソンにも参加できなかったし、

体重も少し増えたし、ストレスがたまりつつある今日この頃。

早く青空の下、軽快にマイロードバイクで風を感じながら、

走りたーい!

5ヶ月以上もブログを書いていなかったんだなあ!

あまり無理しないで、短めに少しずつ書いていこう。

夏休みに入って、先週の金曜日は校舎内の廊下階段を

全教職員でポリッシャーや薬品を使って、はく離作業をした。

教師って、肉体労働なんだなあ。


今日は、午後から市教育センターに出張。用務内容は「総合的な学習担当者連絡会」すなわち、各学校には、各教科の担当者が一人ずついて担当教科関係のお世話係をしている。担当教科の備品管理や指導計画、研究会の案内などである。その担当者を集めて、指導計画などの共通認識をはかるものであると考える。まあ、教育委員会としては、どの学校もしっかり推進してくれということであろう。

 総合的な学習の時間の場合は、教科書が無い。各学校の特色が生かせる利点もあるが、カリキュラム作りを地域の特色などを盛り込みながら作り上げないといけないから、教師の労力は大変である。

 今回の連絡会では、いくつかの小学校の実践報告があった。指導計画の工夫や交流活動の工夫、評価の工夫が報告での重点項目だった。どの学校も独自のカリキュラムを作り、指導の工夫がなされていた。

 しかし、私が取り組んできたり、参考にしてきた今までの総合的な学習の時間の内容と大差ないもので、新鮮さはなかった(ように思う)。ある意味、総合的な学習の時間の限界が見えてきたように思う。

 それは、一つにカリキュラム作りが大変なことから、その学年の前年度の内容を踏襲し、その結果毎年同じ指導計画で進めていく傾向にあるということ。(多少の改善は見られるが)

 二つめに、学習内容が違っても、指導計画の全体計画がある程度似たり寄ったりになっていることである。すなわち、課題作り→体験活動→交流活動(発表会)→まとめの流れが定着してしまって、そこから脱却できずにいるような気がする。

 三つ目に、評価活動もポートフォリオ(資料収集ファイル)が主で、他の教科と関連してどのぐらい学力が伸びているのかという基準がはっきりしない。また、他の教科との相乗効果がどのぐらいあるのかを測る基準もないのである。(例えば、表現力や資料収集力)

 何も、総合的な学習を否定しているわけではないが、過渡期に来ていることは確かではないかと思う。もう一度総合的な学習の時間のあり方を見直す必要はあるようだ。

今日、男子の何人かに事情を聞くと、「A子はきもい」と言って、A子の触ったものなどをなすりつけたり、それをまた、他の子になすりつけるといういじわる(悪ふざけ)をしていた。関わった子は7人。理由を尋ねると、「授業中にA子が自分の鼻を手でほじっていたので、きたないと思った。」ということだ。私は、「A子は君たちに何も迷惑をかけたわけではない。そのことをきたないと言って広めるのは、いじめであり、犯罪に当たる。」ときっぱりと話した。全員素直に聞いていて、一人ずつA子に謝った。

 その場は、解決したように見えるが、根本の問題点は学級の中にそういう雰囲気があったということである。きっと、それを見ていた子もいるだろうが、誰一人(たぶん)注意をしようとせずに黙っていたし、担任にも知らせに来る子もいなかったということである。今まで、人権教育を受けてきた子どもたちだが、まだ本当に実践できるまで育てていなかったことは、今までの学習指導に足りなかった部分があると反省せざるを得ない。

 A子の母親には、事情を説明して「今度、A子さんの味方になってくれると言ってくれた子もいるし、私も責任を持って、A子さんを二度と悲しませることのないように努力します。」と話した。母親は「お願いします。」と言ってくれたが、責任を持つと言ったからには、責任の重さを改めて感じた。

 明日からも、しっかり一人一人観察しなけらばならないなあ。

最近、担任しているクラス(5年生)で「いじめ」かと思われる事件が・・同じ女の子が手袋を隠されたり、裁縫セットの糸切りばさみの名前シールをはがされ移動させられたり(ランドセルの中から本人の机の上に)、また上靴の中に押しピンを入れられたり・・・その子の母親は「なぜ、うちの子ばかり」と嘆いておられた。私は「何とか見つけて指導しますから」とか「Aさんを守りますから」とか言って、怒りを収めてもらったが・・・。

まずは、あまり話してくれないA子の心を開いて、話を聞くことからだなあ。幸いにも協力的な女子が何人かいるので、その子たちからの情報も重要だ。年度末まであと2ヶ月あまり、解決しておきたいな。

今日は、中学校ブロックでの授業研究を見に行った。小学校4校中学校2校の全職員が当番校(毎年交代で授業を公開している。今年はA小学校)参観した。当番校は、全クラスが公開授業をすることになっている。基本的には、平等に人数を割り振りして参観することになっているが、どのクラスを見ても構わない。初めに、同じ5年生の英語の授業を見に行った。始まる前から子供たちも先生も盛り上がっていて、教室に入ってくる先生一人一人に歓迎の歓声があがる。授業が始まると、英語の一言とジェスチャーやゲームなどで子供たちは体も動かしながら全員楽しそうに英語で話していた。授業後の協議会では、小学校に英語が導入されることの利点や課題が話し合われた。中学校の先生もずいぶん参加していたので、意見を聞かせてもらった。中学校先生からは、第一にローマ字を小学校でしっかり教えてほしい。ローマ字を覚えておくと中学校からの英語にスムーズに慣れる。第二に小学校のうちは、筆記ではなく音を通して英語に慣れてほしいし、楽しんでほしいということであった。中学校の先生の意見が聞けるということは、貴重な時間であったと思う。

12月に校内テーマ研究で全研授業を行う予定。

夏休みから計画し、やっとこの日を迎える。

教科は総合的な学習。内容は、福祉教材(ボランティア活動)

全国的に総合的な学習自体がしりすぼみになっている今、

 もう一度、その良さを挙げたい。

まず、教師の自由な裁量で教育計画を立てられる。

そのことは、子供たちの実態に応じた柔軟な教材が組めると言うこと。

教師は、自分で教材開発をしないといけないが、地域などの特色を生かしながら

意欲的にできるということ。

子供たちもテストなどの評価を気にせず、楽しみながら主に体験活動ができる。

(評価は、プリントなどによる自己評価や相互評価、または教師の観察など。

ポートフォリオという方法もある。)

基本的には、子供たちが自分の課題を設定し、課題を追求するために資料や体験

などで調べたことをまとめる。まとめたことをいろいろな発表方法でお互いに交流する。

うちのクラスの子は、パソコンのプレゼンテーションで発表する予定。(子供向けに

開発されたプレゼンテーションソフトを使用)

何がいいかって、教師が意欲的に教材開発や教材研究、資料提示などをすれば、

子供たちもやる気で活動してくれというところ。子供たちがすぐ反応してくれるところ

は他の教科よりいいところ。

 市内のほとんどの小学校は、5年生になると3泊4日の集団宿泊がある。場所は、学校によって山の宿泊研修所か海辺の宿泊研修所になる。わが校は、海辺の宿泊研修所に行く。

 目的は、集団宿泊を通して、仲間との協力を学んだり、自然の生き物に触れ体験学習をするなどである。

 5年生の担任になると、まず自然教室が大きな行事であり、事前の準備から事後報告までが一仕事である。教育委員会への提出書類・保護者への説明・自然教室と打ち合わせ・児童への事前指導などなど・・・。それでも子供たちにとっては体験的な学習をするいい機会であり、小学校生活の一番の思い出となるぐらいの経験であろう。

 活動内容もカッター訓練、ウォークラリー、野外調理、海の生き物の観察、天体観測など充実したものとなっている。担任以外にも指導員の先生や応援の先生も一緒に指導にあたってくれる。

 3日目の夜には、学年全体でキャンドルサービスを行い、各学級からの出し物などレクレーションで、大いに盛り上がることであろう。わがクラスも実行委員の子たちが、出し物の練習に励んでいる。調子のいい歌にあわせてダンスをするようだ。休み時間になると、教室で曲を流しながら、みんな歌にあわせて踊りの練習を楽しそうにしている。

 後は、一週間後天候がよいことを願うのみ。

しばらく、ブログの読み書きから遠ざかっていました。

理由は特にありませんが、あえて言うなら転勤先の学校で久しぶりに高学年を受け持つことになり、行事やら教材研究やら校務関係の仕事やらでブログまで手が回らなかったというところでしょうか。

 やはり、学校をかわると細かいことで少しずつ違いがあり、慣れるのに時間がかかります。

たとえば、職員打ち合わせの時間が以前の学校では、放課後に終礼という名であっていたのに、こちらでは職朝という形で1時間目の授業の前に行います。今だに、朝教室に行ってから職員室に職朝のために戻るのを忘れることがあります。同学年の先生から「職朝が終わりましたよ」といって打ち合わせ内容を教えに教室まできてくれることがしばしば、自分が情けなくなります。

 また、保護者も学校や教育に対して関心が高く、懇談会などの出席率が高いのでこちらも少し身の引き締まる思いをしました。

 教科書も今年から変わり、内容も新しくなったものが増えています。以前より、朝早く学校にきて教材研究をしていたのですが、学校を変わってからますます朝早く来るようになりました。(それだけ、教材研究に時間がかかるということです)

 5年生を担任することになりましたが、毎日子供たちと奮闘の日々です。それでも楽しく明るく子供たちと過ごしています。


 またまた通信票をつける時期
になった。この時期になると,一人一人の
子どもを細かく評価しなくてはならない。
テストの点数をパソコンに取り込んで,
観点ごとに平均を計算する。
 評価には,各教科ごとに項目があって
観点別になっている。
 例えば,国語であれば
①意欲・態度・興味・関心
②理解力
③表現力
④言語力
算数であれば,
①意欲・態度・興味・関心
②知識・理解
③表現・処理
④数学的な考え方
など
 テスト以外に,発表の回数や内容
ノートのとりかた,宿題の提出,作文
プリントの回答率,授業態度,本読み,
読書の傾向,話し方や聞き方,班学習で
の態度や意欲などなど
 図工・音楽・体育などは技能面も評価
しないといけない。そうなると,毎時間
子供たちの作品やリズム感,技の動き
などチェックしていかないといけない。
しかし,指導しながら,評価していくのは
なかなか難しいものがある。
そこで,評価の資料として,名簿に特徴的
で印象的な子を記録したり,プリントに書か
せたりなどして記録に残すようにしていくわけである。
それでも,なかなか細かいところまで見られない
場合は,まとめのテストや一人一人発表させる
ようなことをしながら評価していく。
さらに日頃チェックした項目を再度,総合的に
評価し直さないといけない。
 現在は,絶対評価の3段階評価である。
観点ごとにA(よくできる)B(できる)C(もう少し)
をつける。
 このごろ,評価や所見を記入しながら思う
ことは,通信票で厳密に評価したことをその
まま載せることがはたして,その子にとって,
本当にためになるのだろうかという疑問がある。
 通信票というのは,本人と保護者に学習した
足跡をお知らせするものである。
そのために,通信票を見て,本人は「がんばるぞ」
という次への意欲がわくものでなければならないし,
保護者にとっては,わが子がどこをがんばって,
どこを分かっていないか,今後どこを努力しない
といけないのか理解できるものでないといけない。
 そこで,理想の通信票とは,どの子に対しても
がんばったところは,大いにほめ,自信に
つながるような記載,できていないところは,
次にがんばる気持ちを持たせるような記載が
されているのがいい。
 しかし,目の前の一人一人の通信票を見ると,
Aがたくさんついている子はいいが,Cがたくさん
ついている子の場合は,もらっても自信をなくす
場合がある。もちろん,こちらの指導が
足りないのだと反省しなければいけないが・・・。
 そういう子には,個人の中でがんばった項目が
あれば,評価を上げてやることにしている。
そして,所見(文章評価)の中では,
どこをがんばったのかなるべく具体的に書くよう
にしている。それでも,現行の通知票では十分
にこちらの意図や配慮は伝わらない。
 現行の通信票は,自治体ごと,各学校ごとに
形式や内容(記載項目など)が違うが,
今後も検討しながら改善していく必要性を感じる。
「通信票は,評価である以上に子どもの励みになる
ものでなければならない。」